給与のデジタル払い 解禁から間もなく1年も導入進まず…いまだに申請事業者は4社だけ?(2024年3月2日『日刊ゲンダイ』)

林佳樹金融ジャーナリスト

銀行・証券・保険業界などの金融界を40年近く取材するベテラン記者。政界・官界・民間企業のトライアングルを取材の基盤にしている。神出鬼没が身上で、親密な政治家からは「服部半蔵」と呼ばれている。本人はアカデミックな「マクロ経済」を論じたいのだが、周囲から期待されているのはディープな「裏話」であることに悩んで40年が経過してしまった。アナリスト崩れである。

導入企業はなかなか増えず(楽天グループの会長兼社長の三木谷浩史氏)/(C)日刊ゲンダイ
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 DX社会を象徴する画期的な新サービスとみられている給与のデジタル払いが遅々として進んでいない。給与のデジタル払いは昨年4月に解禁されたが、1年近くが経過したいまも導入したという企業は聞いたことがない。それもそのはず、所管する厚生労働省に申請した事業者は、PayPay、auペイメント、楽天グループ、「Airペイ」を展開するリクルートホールディングスの4社にとどまり、審査そのものが長引いているためだ。

 給与のデジタル払いは、銀行口座を介さずにスマートフォンの資金決済アプリ口座に給与を直接入金できるようにするものだ。労働基準法では企業などの雇用主は現金で賃金を支払うことを原則として定められているが、例外として厚生労働省令で銀行振り込みなども認められている。
 この例外規定に資金移動業者のアカウントも加え、デジタルマネーでの支払いを可能にするもの。米国では「ペイロール」と呼ばれるプリペイドカードに給与を振り込む仕組みがあり、2022年で推計約840万枚が利用されている。日本でも同様の仕組みを導入することで、キャッシュレス決済拡大の起爆剤としたいという政府の思惑がある。  
 しかし、「デジタルマネーの事業者が経営破綻した場合に給与などの支払いが滞る恐れがある」「マネーロンダリングに悪用される懸念も残る」など数々の問題点が銀行界などから指摘された。 

 このためサービスを提供する資金移動業者は金融庁に登録した上で、厚労相の指定を受けることを義務付け、かつ指定を受ける資金移動業者は、財産的基礎を有するかを個別に審査される。

 さらに新たに口座残高上限額を100万円以下に設定している資金移動業者に限定することや、破綻時に口座残高全額をすみやかに労働者に保証する(保証機関と契約)ことなどの要件が加わった。また、月1回は手数料なくATMなどで換金できることも条件となる。これら労働者の保護を目的とした制度面の制約やコスト増もあり、参入する資金移動業者の多くは二の足を踏んでいるのだ。

 また、デジタルマネーで支払われる給与は、犯罪者にとっては格好の標的となる可能性もある。20年に発生したドコモ口座を介した銀行預金の不正流出問題に類似したシステムの抜け穴を突いた犯罪も起こる可能性は捨てきれない。「スマホのウォレットから知らないうちに給与が引き出されていた」といった事態にならないよう万全の措置を講じなければならない。審査が長引くのも無理もないことか。