「全て、争わない」 マスクごしにくぐもった声で起訴内容を認めたのは、柿沢未途前法務副大臣(53)だ。昨年12月28日に逮捕され、年末年始を拘置所で過ごし、やや痩せたようだ。後ろに流していた髪を前におろし、ノーネクタイ姿で衆議院議員時代からの溌剌とした印象は一変していた。
2月14日、昨年4月の江東区長選挙を巡り、公選法違反に問われた初公判で、柿沢氏は「多くの人を巻き込み、私の責任は重い」と謝罪。続く20日の被告人質問でも謝罪後に「公訴事実について一切争わないこととした」と述べた。
一方で検察の尋問には「お答えを差し控える」との回答を何十回も連呼し、実質的に黙秘していた。事件の発端や経緯を尋ねられても、「お答えを差し控える」を繰り返し、検事が「責任を認めているならあなたの口からお話しすべきだ」と語気を強めた場面もあった。
検察は、江東区内で同じ自民党ながら対立を深める山崎孝明前区長とその長男の一輝前都議(51)との確執に触れ、「山崎親子の影響力を削ぐために対抗馬の擁立を考えた」と指摘した。
「区長選告示4日前に79歳で急逝しましたが、山崎区長は4期務めた大物区長で、『都議会の首領(ドン)』こと内田茂元幹事長とも昵懇で強い影響を誇っていた。江東区全域を選挙区とする東京15区は柿沢氏の父の弘治元外務相の地盤でもあり、先代からの強固な後援会を背景に野党国会議員として山崎親子と対立しながら当選回数を重ねていった。
ややこしくなったのは柿沢氏が自民へ入党したこと」(自民党東京都連関係者) ’21年の衆院選で党本部は柿沢氏ともう1人の候補の双方に推薦を出した。これは異例のことだが、「勝ち上がった方を公認」とのサインだ。柿沢氏が保守分裂選を制し、5度目の当選を果たすと、当選後に自民党へ追加公認された。
しかし、山崎親子の抵抗もあり、自民党東京都連に所属できず、山形県連の預かりとなり、さらに党公認候補となる選挙区支部長に1年以上就けなかった。山崎親子との対立を深める中、昨年4月の区長選を迎えた。
木村弥生前区長(58)を当選させることで、山崎家の影響力を削ぎ、自身の地盤固めにつなげるーー。 公判では、柿沢氏が主体となって、木村氏に出馬を要請し、選挙戦略や政策も立案したことが明らかとなった。さらに木村氏の出馬会見のスピーチ原稿の添削も柿沢氏が行った。父の代から仕えた区議を木村陣営の選対本部の中心人物に据え、自身の秘書4人も派遣。
「柿沢プロデュース」の選挙運動を展開していたことも明らかとなった。 「地盤強化の一環として、選挙を控えた区議、元区議など自民党公認の12人に陣中見舞いと称して現金20万円ずつ渡すことを柿沢氏が決め、秘書らに指示。木村氏を当選させるための報酬として計280万円を準備。
7人は受け取りを拒むも、5人は受領。うち2人は3月までに返還。残りの3人は被買収で在宅起訴となった」(司法担当記者) 今国会でも話題となっている「政治とカネ」の問題が、別の形ながらこの法廷でも明るみとなった。
政治に信頼を取り戻すーー、昨年末から何度も耳にするフレーズだが、この裁判でも、国会議員は現金の見返りに自身の支援を求め、地方議員のカネに対する甘い認識が露見した。 関西を地盤とする衆議院議員はこう補足する。
「党から私が支部長の政党支部に活動費が入金されると、『俺たちがお前にバッジをつけさせてやっている』と地方議員からすぐに還流を求められる(苦笑)。地方議員の政治団体に還流させ、領収書を取りますが、『もっとよこさないと選挙で落ちることになるぞ』と暗に裏金を要求されたのは一度や二度ではない。
’21年の新潟5区の衆院選では泉田裕彦議員(61)が星野伊佐夫前県議(84)と思われる男性の声で、『とにかく必要経費をばらまこう。2000万(円)や3000万(円)なんか、もったいながったら人生終わりだよ』など裏金を要求された録音テープを公表しましたが、あの手の地方議員はどこにでもいる。
国会で裏金の使途を追及されても、『地方議員に渡してます』なんて口が裂けても言えないでしょう」 東京15区では不祥事が続いている。自民党の前支部長だった秋元司元衆議院議員(52)はカジノを含む統合型リゾート施設(IR)事業を巡り、収賄と組織犯罪処罰法違反で逮捕され、空席となった。そして支部長となった柿沢氏が公選法違反で逮捕され、支部長ポストはいま空いている。
2人続けて立件される異例な状況で、4月の補選に向けて候補者選定が進んでいない。党本部は東京都連に丸投げし、公募となりそうだ、と前述の東京都連関係者は眉を寄せ、こう語る。 「東京都では警視庁が選挙にはたいへん厳しく目を光らせ、昭和のような選挙はできない。が、15区は小選挙区制が導入されても、
長らく江東区単一の選挙区のままで、保守分裂で争ってもいた。豊洲や有明にはタワーマンションがいくつもあるのに選挙戦を見ていると昭和を思い出す」 昨年11月、柿沢氏は支援者300人に「現金は江東区議選を応援するための陣中見舞いで区長選は関係ない」と自身は公選法を遵守している旨を主張した文書を送っていた。 しかし、逮捕勾留後、一転し、冒頭に記したように買収を認めた。
この公判は審理を迅速に行う「百日裁判」で実施され、3月14日にも判決が出る予定だ。 支援者は嘆息混じりに柿沢氏の今後をこう予測する。
「検察にベタ折れしたことで、公民権停止が5年から3年に引き下がるだろう。3年間は出馬できないが、その後は可能となる。推定無罪で十数年と裁判で戦うよりもさっさと認め、3年後の出馬を見据えた大人の対応だろう。 都議時代にも飲酒運転の不祥事を起こし失職した際、丸坊主にして支援者宅を一軒ずつ回って再起した。今回も秘書の面倒を見て、謝罪すれば古くからの支援者はミトさんを許すかもしれん」 昭和の慣習に従ったままの政治家、そしてそんな土壌は刷新すべきではないか。 取材・文:岩崎 大輔