大阪・関西万博で「2億円トイレ」複数設置の計画…能登の下水道復旧を邪魔することは本当にないのか(2024年2月21日『東京新聞』)

 

無駄遣い批判が根強い大阪・関西万博で、さらに1カ所あたり2億円のトイレが複数設置されることが判明した。能登半島地震では下水道被害によりトイレが使えない地域も続く中での話だけに、疑問の声が噴出。建設業の残業規制徹底が4月から始まることもからみ、万博工事と能登の復旧・復興工事の「競合」も不安視される。今やる理由がどんどん減っていく万博。中止・損切りのリミットは迫っている。(安藤恭子、山田祐一郎)

地震発生から50日がたっても…

 ほぼ全域の約4700戸で断水が続く石川県珠洲市。同市宝立町の自宅に暮らす角谷和仁さん(65)は地震発生から50日が過ぎた今も、自宅トイレの便座を活用し、袋を入れ替えて用を済ませている。
避難所入り口に設置された仮設トイレ=1月5日、石川県輪島市で

避難所入り口に設置された仮設トイレ=1月5日、石川県輪島市

 避難所の小中学校には仮設トイレがあるが、自宅から2〜3キロあり、トイレのたびに車を運転して向かうのは現実的でない。「消臭スプレーや凝固剤を使い、大変だけどもう慣れました」と苦笑する。
 山からくんだ水をトイレに使っている家もあるが、建物の危険性を調べる「応急危険度判定」で「危険」と判定された角谷さん宅の場合、床下の配管や敷地内の浄化槽も破損している恐れがあって、使用を控えているという。「水道の復旧を待ち望んでいるが、水が来たとしても、トイレまでつながるかどうか」と懸念する。
 石川県によると19日現在、珠洲市を含む7市町の約2万3700戸でなお、水道を使うことができていない。一日も早い被災地のトイレの環境改善が待ち望まれる一方で、にわかに注目されているのが1カ所当たり約2億円という大阪万博のトイレだ。

◆大規模な設備で「取り立てて高額と言えず」

 経済産業省によると、東京ドーム34個分の広さの万博会場の約40カ所に、公衆トイレ約1650基の整備を計画。このうち8カ所が若手建築家の設計による「デザイナーズトイレ」。契約前のものも含め3カ所で「2億円トイレ」を計画している。同省の担当者は、1平方メートル当たりのトイレの建設資材の相場からみて「妥当な額」と説明する。
能登半島地震の「復旧・復興支援本部」の会合で発言する岸田首相(右)=16日、首相官邸で

能登半島地震の「復旧・復興支援本部」の会合で発言する岸田首相(右)=16日、首相官邸

 19日の記者会見で「2億円は適切か」と問われた林芳正官房長官は「コストダウンに向けた博覧会協会の不断の努力がなされるように、政府として管理監督を徹底する」と述べた。2億円トイレは50〜60基ある大規模な設備といい、斎藤健経産相20日の会見で「取り立てて高額とは言えない」との見方を示した。
 なお、デザイナーズトイレの1カ所が江戸初期に大坂城再建のための石垣用に切り出されながら使われなかった京都府木津川市の「残念石」を、トイレ建物の柱に使う計画だ。費用は約6300万円だが、こちらも「文化財保護の観点から不適切」と有識者に批判され、物議を醸している。

◆「そのお金で被災地にもっと仮設トイレ建てられる」

 大阪府在住のジャーナリスト西谷文和氏は「2億円あれば、被災地にもっと仮設トイレが建てられる」と嘆く。そもそも西谷氏の取材によると、万博会場の上下水道の処理能力は1日約8万人だが、来場者数想定は1日平均約15万人と大きく上回る。「いくらトイレをきれいにしても、処理しきれない汚物はタンクにためて回収する『くみ取り万博』になるかもしれない」
 建設費の上振れやパビリオン建設の遅れなど、万博を巡る問題が相次ぐ中で起きた能登半島地震に、西谷氏は「府民の万博離れが加速した」とみる。「大阪は既に地下鉄のラッピングや巨大モニュメントなど、公式キャラの『ミャクミャク』だらけ。万博が不人気ならば、もっと宣伝費をかけざるを得なくなる。万博のための人、モノ、カネはもう被災地に回してほしい」

◆盟友への遠慮を欠かさない馳浩・石川県知事

 被災地の現状からみるとお金の使い方に疑問が浮かぶ万博トイレ問題。ただ、地元石川県の馳浩知事は「私は関西万博はやるべきだと、終始一貫して思っている」という立場で、そんなお金があるなら被災者支援に回すべきでは?という世間の声には同調しないようだ。
石川県災害対策本部員会議に臨む馳浩知事=1月11日、石川県庁で

石川県災害対策本部員会議に臨む馳浩知事=1月11日、石川県庁で

15日の新年度予算案発表会見では、万博関連予算1千万円を計上。韓国に県内の文化団体を派遣し交流する事業で、「23年度は韓国から芸能団を招いており、継続的に交流しながら万博を目指そうという試み」(県担当者)だという。馳氏が日本維新の会の顧問だが、それとの関連を問われると、同氏は「私は維新の顧問。馬場(伸幸)代表をはじめ、松井(一郎前大阪市長)さん、吉村(洋文)府知事とは古い友人でもある」と関係の深さをアピール。この非常時でも万博への配慮を忘れていない姿勢を示した。

◆建設業界は4月からさらに人手不足に?

 とはいえ、万博と能登半島地震の復旧復興を両立するのは今後さらに困難になりそうだ。
 建設業界では、これまで猶予されてきた時間外労働の上限規制が4月以降、徹底され、人手不足に拍車がかかる。4月以降は災害時の復旧復興事業に限り、例外として時間外労働が認められることになる。厚生労働省の担当者は「緊急を要する能登半島地震の関連工事については届け出れば、例外規定が適用されるだろう」と説明する。
 一方で万博関連工事については昨年、パビリオン建設の遅れから、時間外労働上限の適用除外を求める声が上がっていた。この担当者は「万博は災害ではなく法律上、例外を適用する規定はない」。具体的な要請については「こちらでは承知していない」とした。

◆被災地、万博現場とも「発電機が手に入らない」

 能登半島地震を受け、高市早苗経済安全保障担当相は1月、岸田首相に開催延期を進言。だが、林官房長官は、万博関連の資材調達に伴い復興に具体的な支障が出るとの情報には接していないとして、延期の必要性を否定した。
 本当に万博は復旧・復興の妨げにならないか。建築エコノミストの森山高至氏は「政府は大手ゼネコンの説明を聞いてそのような判断をしたのだろう。だが現場では人材と資材の競合が既に深刻となっている」と指摘する。「被災地でも万博の現場からも『発電機が手に入らない』という声を聞く。また双方の中間地点の滋賀県岐阜県では状況はより深刻で、電線がなく、スーパーマーケットの工事がずっと止まっている」。今後、被災地では仮設住宅の建設が本格化するとみられ、森山氏は「現場としては、残業ができ、被災者のためとなる能登復興を優先したいのでは」と話す。

◆中止の判断が遅れるほど高くつくコスト

 万博は、中止の判断が遅れるほどコストがかさむ。大阪・関西万博の登録申請書には、開催中止の場合、参加国に対し、直接生じた費用を一定の割合で補償するほか、博覧会国際事務局(BIE)に対し、入場券売り上げの想定額の2%を支払う規定がある。設定されている補償上限額は今年4月12日までに中止した場合は約2億3000万ドル(約348億円)だが、13日以降は約5億5000万ドル(約835億円)。開幕予定日1年前を境に大幅に増えることになる。
 市民団体「どないする大阪の未来ネット」は昨年9月以降、「中止でええやん」と銘打ってオンラインと紙で署名活動を続ける。9日には13万4000筆余の署名を近畿経済産業局に提出した。同団体の馬場徳夫事務局長は「延期の場合、さらに工事費用や運営費用が増える恐れがある。1年程度の延期で、震災復興への影響がなくなるわけでもない。補償額が上がる前に関係者は一日も早い中止の決断を」と訴える。

◆デスクメモ

 万博会場全体が仮設の施設なのだから、2億円トイレもやはり仮設トイレということになる。しかもそれは地上にある上物だけの話で、その仮設トイレのための上下水道整備費用が128億円もかかる。どう考えても、被災地で今後も使われる上下水道を復旧させる方が先ではないか。(歩)