「能登半島地震で被災した北陸に希望をもたらす」と喧伝(けんでん)される大阪・関西万博だが、今度は「万博を契機にした東北復興」なる訴えも登場した。国の機運醸成シンポジウムでそう銘打たれ、万博PRの謳(うた)い文句にされた。「盛り上げるには何でもアリか」と思えるが、そんな姿勢は以前からあり、NHKのキャラクターにまでPR役を任せてきた。しかし肝心の機運は、低調ぶりに拍車がかかる。やはり開催の是非を問うべきでは。(森本智之、木原育子)
◆「復興のためというなら、万博ではなく被災者にお金を…」
では、東日本大震災からの復興と万博がどうつながるのか。これを議論すると万博の機運が高まるのか。
先の担当者は「一番効果的に機運醸成するには、その地域の関心と合致したテーマのシンポジウムを開くこと。そうやって各地域を万博に巻き込んでいきたい」と説明。今後も同様のシンポを全国で開くという。
東北復興と万博を結びつける手法に違和感を抱くのが、原発事故被害者団体連絡会の代表で福島県在住の武藤類子さん。「東京五輪の時も復興五輪と言われた」と切り出し、「万博にも莫大(ばくだい)なお金がかかるわけですよね。復興のためというなら、万博ではなく被災者にお金を投じてほしい」。
◆お家芸?
「何でもアリ」の機運醸成といえば、思い出すのは日本維新の会の面々だ。
能登半島地震の発生から間もない今年1月5日の会見では、馬場伸幸代表が「万博が開催される来年の春ごろには震災復興が進んでいるだろう。北陸の皆さまもより明るい将来に向かって歩みを進める一つのイベントになるのではないか」と機運醸成に結びつけた。
◆テレビ局も巻き込まれたか
さらに調べてみると、NHKの人気バラエティー「チコちゃんに叱(しか)られる!」のチコちゃん、フジテレビ「ひらけ!ポンキッキ」のムックもPR役に起用されていた。万博の公式キャラクターといえば、ミャクミャクがいるのだが…。
チコちゃんは22年と23年に1回ずつ、内閣官房が主催する小学生向けのPRイベントに登場。ミャクミャクとも共演した。担当者は「知名度、好感度の高いチコちゃんとコラボすることで万博への関心を高めてもらうのが目的」と述べた。
気になるのはテレビ局側の考え方だ。万博への賛否が割れる中、自局のキャラクターが推進側のPR役を担っていると、報道機関として批判すべき時に矛先が鈍ることはないのか。
NHKに尋ねると、キャラクターなどの外部協力は「依頼内容の趣旨を個々に判断し、関連団体を通じて実施している」とし「報道機関として、正確な事実に基づいて、公平・公正、不偏不党、何人からも干渉されることなく自ら律して放送にあたっている」と説明。フジテレビは「当社の報道内容に影響を与えることはございません」と回答した。
◆100億円をポンと
「何でもアリ」にも見える万博の機運醸成。推進側の「熱量」は関連費用を見ても明らかだ。
国費は40億円。国会で岸田文雄首相は万博の会場建設費について「増額を認めるつもりはない」と強調していたのに、機運醸成の追加費用は新年度予算案であっさり2億円を計上した。
これに加えて大阪府市分は54億9000万円。「開催直後や終盤に向けて追加する場合もある」(府市万博推進局)とさらに増える可能性を示唆している。
◆協力依頼の筆頭に「放送局(10社)」
機運醸成にご執心なのは、万博の準備で中核を担う万博協会もだ。昨年6月に「関係者の力を結集する司令塔」という機運醸成委員会の第1回総会を開催。同月公表の行動計画では「協力依頼」の内容として「マスメディアを通じた認知度向上PR」を掲げた。
同年10月の第2回総会の資料では行動計画の実施状況が挙げられ、「全国各地での協力依頼」の筆頭に「放送局(10社)」を挙げた。課題として「視聴者(特に子ども)にワクワク感を持ってもらえる画像の準備」などと書き込んだ。
目を引く放送局への接近。万博協会広報部の担当者は「番組制作に時間を要するテレビのバラエティーやドキュメンタリーなども含めて、さまざまなジャンルに取り上げてもらいたかった」などと説明。今後について「メディアの方々に少しでも取り上げてもらえるよう期待している」と繰り返した。
◆「意識的に距離を保つことは当たり前」だが
今後、万博の推進側が機運醸成に躍起になるほど、「報道機関に接近」は増える可能性もある。
元NHKプロデューサーで武蔵大の永田浩三教授(メディア社会学)は「国が旗を振るイベントの場合は特に注意が必要。意識的に距離を保つことは当たり前だ」と指摘。厳しい目を向けるべき国側に対し、批判が緩む事態を危ぶむ。
「東京五輪では、推進側に担がれた映画監督がドキュメンタリーを撮ったが、五輪自体に批判的な証言は乏しかった」
その上で「国のやることに異を唱える少数者の意見をむしろ積極的に伝えるぐらいで、ようやくバランスが取れる。推進側に乗っかる方が楽だが、メディア側にはいつの時代も冷静さが求められる」と見据える。
◆万博を中止にして残念がるのは誰か
ただ現状では、機運醸成に向けた推進側のもくろみは外れている。むしろ逆効果になっているのではないかと思う数字が出ている。
府市万博推進局が公表する万博の機運醸成に関するアンケートによると、地域別の興味・関心度は大阪府で2022年末に47.2%だったのに対し、23年末は36.8%に。首都圏は32.0%から21.8%となり、全体を見ても42.2%から34.1%に低下した。
大阪在住のジャーナリストの今井一(はじめ)さんは「どれだけ公金を投入しても、万博は盛り上がらない。幕引きするべきだ」と説く。「海外では戦争で多くの人が苦しむ。国内でも能登地震があった。みんな自分のことで精いっぱい。万博を中止にして残念がるのは高額報酬をもらっている役員ぐらい。皆がありがたがる」
◆デスクメモ
今後あり得るのが「機運醸成は道半ば」と膨大な費用がつぎ込まれる状況。それよりやることがある、と言いたい。現状で機運醸成は失敗。あの手この手を使っても。その限界に向き合うべきじゃ。相当額を投じながら失敗した責任も誰かが取らねば。叱られるだけで済む話ではない。(榊)