40歳で長老
放送作家・鈴木おさむ氏が提唱した「ソフト老害」が昨今話題だ。鈴木氏は今年3月末で放送作家を引退することを明かしたが、きっかけの一つは、“大御所”である自分の一言で構成が変わり、若手が作った映像がボツになったことだ。こうしたこともあり鈴木氏は自身が「老害」であることを認識したのだという。
筆者(ネットニュース編集者・中川淳一郎)は33歳になった頃から自分を老害だと認識し、39歳でその度合いが高まり、40歳の時に7年後のセミリタイアを宣言した。鈴木氏ほど大きな仕事をしていたわけではないが、ウェブ記事の編集業界においては40歳にして「長老」的な扱いになっていたのである。本稿ではソフト老害扱いされないための処世術について書いてみる。
2006年、32歳からこの仕事は開始したが、当時はまだ紙メディアのステイタスが高く、ネットメディアは格下扱いされていた。いや、それどころか紙メディアの編集者やライターからバカにされていた。一方、紙メディアは30代後半~50代の編集者・ライターが主要な席をすべて埋めており、30代前半の自分の席は少なかった。だったらさっさと将来性に賭け、ネットメディアに本格的に参入しなくてはならない、と考えた。
このままずっとやってほしい
そして、某IT企業のポータルサイトの編集責任者的なポジションをフリーランスとして与えられた。この時に雇ったライターは、週刊誌の若手契約記者軍団だった。20代が中心の彼らは、雑誌の編集部では企画を出しても通ることが少なく、連日のように(芸能人の)張り込み業務などを上司から命令される過酷な状況にいた。そんな中、記事を自由に書いてもいい、という私の方針を聞きつけ、続々と彼らが集結。自分の都合が良い時に好き放題記事を送ってくるようになる。
時々それらの記事がYahoo! トップを飾ったり、2ちゃんねる(当時)で話題になったりすると、彼らは嬉しそうに「いや~、ネットって反応があって楽しいですよね。何より、中川さんが自由に書かせてくれるから本当にありがたいです!」と言うのだ。かくして自由に書きたいライターは私に過度な敬意を示し、私はこの時点で自分がソフト老害になったと認識した。
そして、2010年、36歳の時に大手出版社のニュースサイト編集にも参画し、ここでも編集については私が最終チェックをするような立場になった。大手出版社なだけに年上の正社員もプロジェクトに参画したが、皆さん丁寧である。「我々は経験ないので、あなたの知見をぜひとも伝授してほしい」といった接し方をしてくれるのである。当初、3ヶ月ですべて慣れるだろうからそこで私は去る予定だった。だが、思いのほか成果も出て「このままずっとやってほしい」と言われ、結局私は編集部に残った。
誰であろうと敬語で
となると丁寧な扱いを受けるわけで、ここでも再び「老害度合い」は上がっていく。このままいくと自分の編集スタイルが古くなっても同じ扱いをされかねない。いつ誰が引導を渡すのか、と周囲が困り顔で接してくるのは嫌だなと思い、40歳の時に「47歳で辞めます」と両方の編集部には伝えたのである。
こうして自らがソフト老害化していることを認識した場合、いかにして他者から老害だと思われないようにするべきか。心掛けたのは基本的には「好かれること」である。実は老害というのは“年齢がもたらすものではない”のだ。
最初に登場したポータルサイトの編集部は32歳の私が最年長だったが、出版社の編集部は私より年上が多かった。だが、一定のポジションを得た人間であれば、年齢関係なく老害的な言動を取ってしまうのである。そのため、以下を心がけた。簡単なことである。
【1】誰であろうと敬語で喋る
【2】メールの返事はすぐにする
【3】自分のやり方を押し付けず、やりたいことを提案されたらほとんどの場合「それ、いいですね!」と相手を立てる
【4】飲みに若手から誘われたら時々おごる(年に一度の高級焼肉を要求するライターもいた)
【5】何か問題があっても謝罪するのは自分という決まりにした(ポータルサイトの場合。出版社では社員が担当した)
恐らくこれらをやることで周囲から老害だと思われることはなかったと思うので、皆さんもソフト老害だと思われたくないのであれば、これらを実践するだけでいい。
ワシらの頃は
一方で、今の時期には、ソフト老害の姿を具体的に見ることができる機会がある。
それはプロ野球のキャンプに訪れるOBや野球評論家の姿である。さすがに現在の60代以下は「ワシらの時代の方がスゴかった」的な物言いはせず、現代のトレーニング法を尊重し、選手や監督・コーチをホメる。だが、高齢のOB・評論家は時にこんなことを言いがちだ。
「ワシらの頃は1シーズンを乗り切る体力を作るため、走り込みをしたものだ」
「筋トレをするよりも素振りをしなさい」
「なんですか、このトレーニング方法、コーチが目立つためだけにやっていますよ」
そして、彼らが期待の若手にバッティングフォーム等の指導をしている映像を見たこともあるだろう。だが、正直選手からすると「古臭いんだよ……」と思っているかもしれない。さらには、「あなた達がいた時よりも今のピッチャーの方が遥かにレベルが高いんですけど……」「僕はダルビッシュ有さんからも直接指導を受けているのですが……」と思っているかもしれない。OB・評論家がグラウンドを去った後、選手同士で「はぁ~、毎年〇〇さん、ここに来るんだけど、監督も困ってるし、バッティング指導されるオレらもしおらしくはしているけど、本当は有り難迷惑なんだよね」なんて会話をしているかもしれない。
ストイックな姿勢を
こうしたOB・評論家の姿は基本的には「私の方がキャリアの短いあなたよりも野球に詳しい」といったプライドから来るものであろう。若手評論家の中には驚くほど腰が低く、選手から教えを請い、彼らのストイックな姿勢を絶賛する人もいる。こうした評論家は「ソフト老害」と選手から思われることはない。そういった意味では、前田智徳氏(52歳・元広島)や里崎智也氏(47歳・元ロッテ)といった若手野球評論家の姿勢は、自身が職場でソフト老害扱いされないための参考になるかもしれない。
中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう) 1973(昭和48)年東京都生まれ、佐賀県唐津市在住のネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』『よくも言ってくれたよな』。最新刊は『過剰反応な人たち』(新潮新書)。
デイリー新潮編集部