人は長生きしたいと言うけれど、病気、おカネ、医者……実際に長生きすると思わぬところで苦しんだりもする。91歳の評論家と63歳の精神科医が痛快に語った「楽しく老いるコツ」から大いに学ぼう。
老いを実況中継してみる
和田 樋口さんはもうすぐ92歳を迎えるというのに、脳が若いですね。
樋口 えっ、脳波がないですって?
和田 脳が若いです(笑)。最新刊『うまく老いる』(講談社+α新書)の対談でお会いする前は、「怖い方だろうな」と勝手に思っていました。インテリ東大女子の走りで、女性の地位向上運動のリーダー。老年医療などに関する政府諮問委員会の重鎮だけに、私もぴしゃりとやられてしまうのではと。でも実際は、こうしてユーモアに溢れていらっしゃる。
樋口 和田さんはメディアで老いについてよく発言し、著書も売れている東大の後輩です。いつも世間から注目されているので、お話ししてみたいという好奇心が抑えられなくなり、対談をお引き受けしたんですよ。
和田 樋口さん、最初に老化が始まるのはどこだと思いますか?
樋口 さて?
和田 答えは「意欲」です。何かすることを億劫がってサボり始めたら老いが進んでしまう。高齢になるにつれて、意欲や好奇心と関わりの深い脳の前頭葉の働きが低下するからです。樋口さんは好奇心旺盛で意欲も高いので、前頭葉が若々しい。
樋口 日本で100歳を迎えている人は9万2000人もいて、その約9割が女性です。今は自分の老いそのものに、好奇の目を向けています。
和田 年をとった人にしかわからない世界が広がってきますからね。
樋口 私はよく「老いの実況中継」と言って、自分の体験を皆さんにお知らせしているんですよ。70代のときには、京都駅の和式トイレでしゃがんでいたら立ち上がれなくなったという事件に遭いました。結局、トイレットペーパーをぐるぐる巻いた両手を床について、「えいやっ!」と立ち上がりました。
和田 40歳を過ぎると、筋肉は年間1%ずつ減っていくと言われています。80歳になる頃には若い頃の6割程度の筋力で身体を支えなければなりませんから、立ち上がれなくても仕方ない。
樋口 その頃から私、自称「公共トイレ評論家」になりまして、トイレに手すりがあるかどうかチェックするようにと各所で話したり、書いたりしてきました。SDGs(持続可能な開発目標)の目標の一つに「安全な水とトイレを世界中に」とありますが、エスディー爺ズならぬエスディー婆ズの私にしてみれば、高齢者のトイレ問題も解決すべき課題ですね。
77歳のときには感染性胸腹部大動脈瘤で救急搬送されたこともありましたが、手術後はケロッと元気になりました。動脈のこぶをとって体重は7kgも減り、大太りから小太りに。これがホントのこぶとり婆さん。
和田 お上手ですね(笑)。70代は「老いと闘う時期」。放っておけばどんどん低下する脳や運動の機能を使う習慣を身につけることが必要なんです。
樋口 80代になると昨日まで平気だったことが突然できなくなる。そんな不意打ちはショックですが、この老いを受け入れて生きなければならないと思い直すんです……だから、バカみたいに長生きしているわけですが。
前頭葉を鍛えるには?
和田 仰る通り、80代で大事なのは上手なシフトチェンジ。「老いと闘う時期」から「老いを受け入れる時期」に切り替えるのです。受け入れるとは、杖や車いすなどモノの力を借りたり、人に堂々とたよったりすること。トイレに手すりをつける、介助サービスを利用するなど知恵と工夫を総動員しましょう。
樋口 私はそれを「依存力」と言っていますが、すごく大切なことです。スマホにしても能力がないから使っていませんけれど、優秀な助手に助けてもらっています。おかげさまでZoom会議も大丈夫ですよ(笑)。
和田 日本人の「人に迷惑をかけてはいけない」という考え方は美徳でもありますが、年をとったときにはマイナスに働きます。人の力を借りる能力はぜひ身につけてほしい能力です。
樋口 90歳になると、まるで未知との遭遇の日々です。あるとき突然、崩れるようにフワーッと倒れたんです。90代は「転倒適齢期よ」と言って同年代の皆さんに注意を促していたんですが、段差がないところで転ぶのは、老いの上級者しかできない新技だと思います。
和田 高齢者は低血糖や低ナトリウム血症により、一瞬、意識が飛ぶ意識障害を起こすことがあります。そのとき、筋肉に力が入らず、倒れることがあるんですよね。
樋口 転ぶことも、そういう年齢なのだと受け入れるのがよいのでしょう。私の90代はまだ始まったばかり。成長の伸びしろはないですが、老いの伸びしろはたっぷり。これからも「老いの実況中継」は続けていきますよ。
和田 樋口さんのように好奇心と意欲を保つことが上手な老い方のコツですね。
樋口 今後もし意欲が低下してきたら、何をするのがよいですか?
和田 たとえば、シニアの皆さんが好きなパズルを解いて鍛えられるのは頭頂葉と言われています。また、読書で鍛えられるのは側頭葉です。前頭葉は面白いところで、意外にも知能は関与していないんですよ。
樋口 へぇ~、そうなんですか。
和田 前頭葉を鍛えるには、テレビや雑誌などにある意見を鵜呑みにせず、「そうかもしれないが、別の見方もあるよね」と様々な面から物事を考えることが大切です。それと、自分の考えを言葉にするアウトプット。感じたことを人に話したり文章にしたりするのには前頭葉を使いますから。
樋口 では、私の老いる体験をもっと話していこうと思います。
「週刊現代」2024年2月17日号より 「医者と数値の言いなりにはならなくていい」…精神科医・和田秀樹氏が91歳の樋口恵子氏に語った「生き方上手」のコツに続く。