悩む「移住者」たち…珠洲の避難所でハサミ握る美容師の決意 「先が見えない」不安語る家族も(2024年2月14日『東京新聞』)

 
 人口減少への危機感から移住の後押しに力を入れ、年間移住者を100人近くまで伸ばしてきた石川県珠洲(すず)市。能登半島地震で甚大な被害を受け、「こんな時こそ」との思いで珠洲に残り、支援に臨む人がいる。一方、市外に避難したまま「しばらく戻れない」と考える家族も。珠洲に残るか、離れるか―。移住者の決断に行政も気をもむ。(上井啓太郎、鈴木沙弥)

◆「何とかしたい」無償でヘアカット

避難者の髪をカットする吉井謙太さん(左)=石川県珠洲市で

避難者の髪をカットする吉井謙太さん(左)=石川県珠洲市

 能登半島の先端に近い珠洲市折戸町。住民の優しさや海に囲まれた自然に魅せられ、美容師の吉井謙太さん(46)は2021年に金沢市から移住した。自身も被災し、営んでいた町唯一の美容室の片付けや他の住民の手伝いに追われる。「折戸のために何かしたい。ちょっとでも美しくなって喜んでほしい」と考え、1月15日から避難所でヘアカットを無償で続ける。
 「これまで出会えなかった人とも深くつながれた感じがする」と前向きな吉井さん。「2次避難などでバラバラになるかもしれないが、可能な限り、寄り添いたい」と決意を述べた。

◆いずれ戻りたいが…5年先か、10年か

今後の生活について不安を語る田垣芳憲さん(左)と夏芽さん=金沢市橋場町で

今後の生活について不安を語る田垣芳憲さん(左)と夏芽さん=金沢市橋場町で

 珠洲をいったん離れることを決めた人もいる。田垣芳憲さん(34)と夏芽(なつめ)さん(30)夫妻は地震以降、金沢市の宿泊施設に滞在する。金沢美術工芸大の学生だった時、奥能登国際芸術祭の作品制作に携わった夏芽さんが珠洲の魅力に引かれ、22年12月、当時1歳半の長男と3人で愛知県大府市から移ってきた。
 築50年以上の珠洲市上戸町の家は床板が外れ、壁も落ちた。2月末まで今の宿泊施設に滞在し、その後は金沢市でみなし仮設住宅(民間賃貸住宅の活用)に入るつもりだ。珠洲に戻りたい気持ちはあるが、「子どもの安全や教育環境を考えると、5年、10年先になるのでは」と残念がる。

◆市の後押しで年間80人が移住

 金沢市民でないと、金沢市での保育園利用に制限がある一方、住民票を移し珠洲市民でなくなると、「被災者支援を受けられなくなるのでは」との不安も。夏芽さんが4月に第2子の出産を控える中、「先が見通せない状態がストレス」と芳憲さんは打ち明ける。
 珠洲市は空き家バンクの活用や移住者向けの家賃補助に力を入れ、21、22年度には80人前後の移住を確認。市の担当者は「地震で一時的に避難した人たちが、戻ってくるか分からない」と困惑。県地域振興課移住推進グループの担当者も「移住者数が今後どうなるのか、全く分からない」と心配する。
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◆離職した移住者はなし いずれ人手不足も

 移住者の雇用の受け皿になっている珠洲市特定地域づくり事業協同組合によると、地震の影響で受け入れ先での仕事がなくなったが、今のところ離職者はいない。組合は「事業所が本格的に再開すれば人手不足になり、需要は高まる」と指摘する。
 特定地域づくり事業協同組合の制度は2020年度に始まり、人口が急激に減少する地域で業者が組合を結成し、季節ごとに人手が必要な事業所に人材を派遣する。珠洲市では22年4月に事業を開始し、組合と雇用契約を結んだ移住者が宿泊施設や製炭会社、酒造会社などで働いてきた。

◆復興を助けたい若者の応募もあるのでは

 地震前、契約者は9人いたが、うち8人が県外の実家に戻っている。組合が意向を確認すると、23年度末までの契約の3人はそのまま終了する見込みだが、契約期間が残る6人は珠洲に戻る意向という。
 各事業所の被害は大きく、24年度に契約者を12人に増やす計画は、地震を受けて6人に修正。事務局長の糸矢敏夫さん(68)は「募集すれば、復興の手伝いをしようと考える若者が応募してくれるのではないか。将来的にチャンスが来ると思う」と期待する。