「誰も声を上げないと為政者はやりたい放題」シールズ元メンバーは、弁護士になった今も国会前で叫び続ける(2024年5月4日『東京新聞』)

<その先へ 憲法とともに④>
 「平和を守らぬ政治家いらない」「市民は見てるぞ」「政権変えよう」…
 4月26日夜。国会正門前に、軽快なリズムのコールが響く。「#さようなら自民党政治」と題したデモ。自民派閥の裏金問題が表面化した昨年末から、交流サイト(SNS)などを通じて集まった若者たちが毎月数回、政治に対する怒りの声を上げている。
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国会正門前のデモで発言する久道瑛未さん=4月26日、東京・永田町で
 
 「日本が戦争する未来って実はもう2、3年後とか、本当にすぐそこまで迫ってきてしまってるんじゃないかという危機感をみなさんと共有したいと思って、ここに立っています」
 デモの冒頭、弁護士の久道瑛未(ひさみち えみ)さん(28)が、詰めかけた100人超の聴衆を前にマイクを握った。「防衛に関することを閣議決定で決め、憲法違反を上塗りするのはやめろと言いたい。憲法を無視しても何とも思わない、人々の人権を何とも思わない、そんな自民党憲法改正なんて絶対させちゃいけない」と批判した。
◆原点は2015年「思い出すだけで泣ける、悲痛な叫び」
 2015年からずっと「憲法違反」の安保法制が日本にはある。そこでたがが外れてしまい、日本はずっと戦争への道を突き進み続けている…というのが、久道さんの現状認識だ。
 安保法制は日本が攻撃を受けていなくても、存立危機事態に他国を武力で守る集団的自衛権の行使ができると定めた安全保障関連法。日本が戦後堅持してきた憲法9条に基づく専守防衛の転換とも指摘された。
 その安保関連法が成立した15年9月19日未明。前日から国会前で抗議の声を上げる人の渦の中に、当時東北大2年だった久道さんもいた。「民主主義って何だ」「憲法守れ」―。安保関連法に反対する学生グループ「SEALDs(自由と民主主義のための学生緊急行動、シールズ)」の一員として仙台から駆け付け、「日本の平和と憲法を守れ」との思いで叫び続けた。
 「思い出すだけで泣けてきそうだけど、あの時そこにいた人たちはみんな悲痛だった。本当に成立を止められると思っていたし、そのために一市民としてできるのは声を上げ続けることしかなかった。叫びに、全てを託した」。しかし、安保関連法は参院本会議で、自民、公明両党などの賛成多数で可決、成立した。
◆社会の中の構造的な理不尽の解消、が根底に
 それから間もなく9年。弁護士になった今も立場は違えど、国会前に立つ。行動の根底には「社会の中にある構造的な理不尽の解消のために貢献したい」との一貫した思いがある。
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安保関連法案や憲法9条などについて考えを話す久道さん=東京都内で
 
 宮城県出身。弁護士を志したのは、高校2年のことだ。紛争地域などで国際協力に取り組んできた高校OBの医師山本敏晴さんの講演で、子どもを兵士にするため母親をその場で殺害させるといった内戦地の実態を知り、自分が生きる環境との隔たりに大きな衝撃を受けた。「理不尽なことで苦しむ人たちがいなくなるような社会になればいい」。そのために将来、法律の専門性が役立つのではと考え、進路を定めた。
 14年に東北大法学部に進むと、日本にある構造的な理不尽の数々に触れるようになる。入学してすぐ、社会問題に関心のある学生有志の団体に参加。沖縄の米軍基地関連や福島原発事故の被害を知って、現地を訪れるなどして当事者の話に触れた。「負担を押し付けられた一部地域の人たちの人権が侵される状態がずっと続いているのに、それに対して多くの人が問題意識を持っていない状況を変えなくてはいけないと感じるようになった」
憲法の価値がゆがめられてしまう社会に恐怖心
 2014年7月、第2次安倍政権が歴代内閣の憲法解釈を変え、集団的自衛権の行使容認を閣議決定した。
 久道さんはその頃、大学で憲法の授業を受け始めていた。授業で習った9条の話とは整合しない憲法解釈の変更。「自分が先例として学んだ政府見解や学問の世界での共通認識が、目の前で変わっていくことへの危機感を覚えた」。その後に続く、安保法制の議論。
 「理不尽と闘うよりどころである憲法の価値がゆがめられてしまう社会に恐怖心を抱いた。憲法の価値をないがしろにするような社会で弁護士になっても、自分のやりたいことは達成できないのではないか」
◆「東北でもやればいいじゃん」でシールズ東北立ち上げ
 くすぶる気持ちを抱いていた15年、同じ問題意識を持ってデモで声を上げる同世代の姿が背中を押した。「まだ何も力はないと思っていたけど、同じ学生が社会に影響を与える姿を見て、自分にもできることがあると思わせてもらった」。すぐにシールズの公式アカウントに、参加したいとメッセージを送った。
 ただ、グループに招待されて訪れたシールズの会議で議題となっていたデモの計画などは全て東京での動きだった。中心メンバーだった奥田愛基(あき)さんに相談すると、「東北でもやればいいじゃん」。7月、「SEALDs TOHOKU(シールズ東北)」を立ち上げ、約20人が参加した。
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安保関連法案に抗議の声を上げ、市街地を練るシールズ東北のデモ=2015年8月、仙台市で(久道さん提供)
 
 翌月、仙台市で初めてのデモを企画し「戦争法案絶対反対」「東北だって黙ってないぞ」と中心部を練った。集まった数百人を前に「抑止力の名の下に憲法を、平和国家の在り方をねじ曲げて推し進めようとしている安保法制は、いま政府がやらなくちゃいけないことなのか」とスピーチした。それに東北では、原発事故後の福島から避難させられ、居住の権利を奪われ故郷に戻れない人たちがいる。「人権侵害への対応はないがしろにして、目に見えない危機をあおって戦争リスクを高める政府は絶対許しちゃいけないですよね」と呼びかけた。
 その後はほぼ毎週末、街宣や集会を開き、抗議の意思を示した。安保関連法成立後は、東京のシールズと同じく16年夏の参院選後に解散。司法試験に向け勉強に専念した。「あの時シールズの学生たちが多彩に声を上げ、全国にもその運動が派生したのは一つの時代の変わり目だったと思う」と振り返る。そして、今も「シールズをやっていたことを誇りに思っている」。
◆若者が「戦争したくない」と声を上げなければ
 一方で、敵基地攻撃能力(反撃能力)保有や武器輸出ルールの緩和など、戦後日本の安保政策の転換は現在の岸田政権でも続く。そうした現状に「安保法制から脈々と戦争準備が進んでいる」と懸念を募らせる。さらに「危機的な状況だと報じるメディアも安保法制の時ほどの盛り上がりがないため、呼応する市民も当時と比べものにならないくらい少ない」と危惧する。
 
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安保関連法案や憲法9条などについて考えを話す久道さん=東京都内で
 
 誰も声を上げなかったら為政者のやりたい放題の政治がまかり通ってしまう。それに今、パレスチナウクライナで起きている惨状を目の当たりにして「戦争がどういうものか想像できる人が『戦争反対』『平和を守れ』と当たり前に声に出していかないと、戦争しても別にいいのではと思う若い世代はどんどん増えるんじゃないか」と思う。「だから、若者が『戦争したくない』と声を上げる役割はより重みを増している」
 2022年に弁護士登録し、東京の法律事務所に所属する。第二東京弁護士会憲法問題検討委員会にも属し、安保法制廃止や立憲主義の回復を求める街宣を行うなど、意見発信を続ける。
 「憲法は私たち国民の命と権利を守る最大の武器であり、盾だと思う。憲法があることで日本の平和を守れるし、国際社会の平和構築のために日本だけが果たしていける役割があるはず。平和主義を掲げる9条の価値をいま一度見つめ直してほしい」(曽田晋太郎)
◆デスクメモ
 当時19歳の久道さんにシールズの会合で取材したことがある。震災と原発事故からまだ4年余り。東北の復興を地方から考えたいと語る真っすぐな瞳が印象的だった。安保関連法が成立し、落胆した国会前のコールはいつしか「選挙に行こうぜ」に変わった。民主主義は続いている。(恭)
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<連載:その先へ 憲法とともに>
 ロシアのウクライナ侵攻など国際情勢の不安定化を理由に、防衛費の増額や武器輸出のルール緩和がなし崩し的に進む。平和国家の在り方が揺らぐ中、言論の自由、平等、健康で文化的な生活など、憲法が保障する権利は守られているだろうか。来年で終戦80年を迎えるのを前に、さまざまな人の姿を通して、戦後日本の礎となった憲法を見つめ直す。