「触らない痴漢」急増 陰湿行為重ねられパニック障害発症も…高い犯罪可能性、難しい立証(2024年10月16日『産経新聞』)

電車内を中心に「触らない痴漢」が増えている(写真と本文は関係ありません)
「痴漢」といえば、電車内などで女性の身体に触る犯罪行為だが、最近は新たな手口が増えている。女性の首筋に息を吹きかけたり、髪の毛のにおいをかいだりー。身体に触らない、いわば「触らない痴漢」だ。SNSで被害を訴えるケースが目立っているが、立証が難しく、被害女性は泣き寝入りしているのが実情だ。
毎朝同じ男が至近距離に
関東地方に住む20代の女性会社員は毎朝、同じ時間、同じ車両に乗車する電車内で触らない痴漢の被害に遭った。至近距離から首筋に吹きかけてくる生温かい吐息。相手はいつも同じ男で、必要以上に背後に接近してきた。
「直接、身体を触れられていないが、すごく気持ち悪い」
女性会社員は数日続いた身の毛もよだつような不快な思いに耐え切れず、最寄り駅の鉄道警察隊に被害を訴えた。だが、返ってきたのは同情の言葉ではなく、「勘違いじゃないか」の一言だった。触られていないことを理由に詳細な取り調べもなかった。
両親の反応も同じだった。「あなたに隙があるからじゃないのか」「気にしすぎ」。誰も理解してくれないことに女性会社員は混乱しつつも、普段通り電車通勤を続けたが、痴漢行為はエスカレートするばかりだった。
「ものすごく不快だけど、誰も私の言うことを理解してくれない。男は悪いことをしていないということなのか。逃げることは正しいことなのか。我慢しなければならないのか」
数カ月間、毎日のように「触らない痴漢」被害に遭い、悩み続けた女性は過呼吸パニック障害を発症した。もう電車に乗れなくなった。会社は休職し、入院する事態となった。
大学生の35%が被害
「Z世代」に特化したクイックリサーチサービス「サークルアップ」が2月、大学生の男女約200人を対象に実施した調査によると、女性の3人に1人に相当する35%が「触らない痴漢」被害に遭ったと回答した。
具体的な非接触被害はさまざまだ。「(電車内などで)真横に来てにおいを嗅がれた」のほか、空いている席があるのにわざわざ隣に座ってくる「トナラー」、米アップル社の通信機能「AirDrop(エアドロップ)」を悪用し、わいせつ画像や動画を送りつける「エアドロップ(エアドロ)痴漢」といった具合だ。
防犯アドバイザー・犯罪予知アナリストの京師美佳氏は、エアドロップ痴漢を除く非接触型痴漢について「昔からあった」と指摘する。最近になって非接触型痴漢被害の訴えが目立つ背景には「インターネットの発達で今まで声を上げられなかった女性らが発信する機会が広がり、『触らない痴漢』という言葉の流行とともに、話題を集めるようになった」と分析する。
迷惑行為防止条例違反に該当
とはいえ、犯罪行為として立証できるのか。横浜合同法律事務所の清水俊弁護士によると、「首筋に息を吹きかける」「髪のにおいを嗅ぐ」「乗客が少ないのに隣の席に座る」といった行為は、「公共の場所または公共の乗物において、人を著しく羞恥させ、または人に不安を覚えさせるような方法で卑わいな言動をすること」と評価されれば、各都道府県の迷惑行為防止条例違反に該当するという。
個別でみれば、「首筋に息を吹きかける行為」は「有形力の行使」として暴行罪が成立する余地もある。わいせつ画像や動画を送りつける「エアドロ痴漢」は、わいせつ電磁的記録頒布罪が成立する可能性もあるという。
ただ、清水氏は「加害者の特定、犯罪行為を立証するための証拠を確保するのは難しく、実際には刑事・民事の責任追及までは難しいのではないか」と指摘する。
にらむ、せきばらい…重要な自己防衛
立証が困難ならば自己防衛しかない。京師氏のアドバイスはこうだ。まずは不快感を示すため、「振り返ってにらむ」「せきばらいをする」などの行為で男性側の反応をみる。それでも続くならば「周りの人に自身の発言や表情で助けを求める」「通常の痴漢同様、駅員や警察に訴える」といった行動が必要だという。
同時に、「自意識過剰とかいろいろと批判されようが、不愉快なものは不愉快だと発信する強さを日本の女性は持たないといけない。早期に対応しないと精神的ショックはジャブを受けたように積み重なり、トラウマで苦しむことになりかねない」と警鐘を鳴らす。
触らない痴漢に限らず、「痴漢」の常習犯を減らす方法はないのか。厳罰化に加えた対処法として、加害者を「治療」する試みの重要性を訴えるのは著書『痴漢外来』で知られる、筑波大の原田隆之教授(犯罪心理学)。痴漢などの性犯罪を依存症ととらえ、認知行動療法を活用した再犯防止プログラムを実施している。原田氏によると、これまで約1千人がこのプログラムに参加。再犯率は約4%に抑制されるなど一定の効果が出ている。
一方で、同プログラムを含めた治療を実施する医療機関は東京や大阪など大都市圏に数施設しかない。現状を踏まえ、原田氏は痴漢行為の解決について「司法の問題であって医療の問題ではないと思っている人も多く、専門家の中にもアレルギーがある。『うちの病院に痴漢の方が何十人も来られたら困る』という人も。医療側の意識改革が必要だ」と訴える。(植木裕香子)
 
202痴漢防止、広がる対策 JR東、通報アプリ実証実験(2020年3月8日『毎日新聞』)
 
 恐怖や羞恥心で声を上げられない被害者の弱みにつけこむ卑劣な痴漢行為。その約7割は、電車内や駅構内で起きているとされる。「負担を感じずに痴漢被害を伝えられないか」。そんな発想のもと、JR東日本が2月、スマートフォンの専用アプリで被害を通報する実証実験を始めた。被害者側の視点から痴漢を防ぐアイデアや取り組みが広がりつつある。(松崎翼)
 「最初は電車の揺れに合わせるように触り、徐々にエスカレートしていく。声を上げられるのは10人に1人くらいだ」
 ◆発生リアルタイムで
 痴漢撲滅に取り組む一般社団法人「痴漢抑止活動センター」の松永弥生代表理事(54)は指摘する。混雑した車内では体が密着せざるを得ないなど、痴漢か否かの線引きが難しいケースもあり、被害を受けても泣き寝入りしてしまうケースは多い。
 こうした中、JR東は2月下旬から被害の多い埼京線(大宮-新宿間)で、痴漢を通報する専用アプリの実証実験を始めた。アプリで被害を報告すると車掌がタブレット端末で確認し、「○号車のお客さまより、痴漢の通報がありました」などと車内放送する。
 痴漢の発生をリアルタイムで乗客全員に知らせることにより、抑止効果が狙えるとみている。スマホの操作は目立つこともなく、被害者が躊躇(ちゅうちょ)なく通報できるというメリットもある。
 JR東は列車内などを中心に防犯カメラを拡充し、専門部署で集中監視。テロなどを含めた非常時には画像を警察に伝送するシステムを導入するなど、安全や安心の確保を急いでいる。
 ◆被害者もグッズ考案
 警視庁によると、平成29年中には痴漢(迷惑防止条例違反)は約1750件発生。このうち午前7~9時の通勤通学時間帯に約3割が集中して起きている。警視庁生活安全特別捜査隊の斎藤ひとみ隊長も「痴漢は被害者にとって大きなストレス。鉄道事業者ともさらに連携を深め、被害を減らしたい」と力を込める。
 痴漢抑止活動センターは被害者のアイデアを基にグッズの普及にも取り組んでいる。「私たちは泣き寝入りしません」などと書かれたカラフルな缶バッジ。女子高校生がスクールバッグにつけるなど若者にも親しまれやすいデザインで、9割以上の利用者が効果を実感できたという。
 グッズを考案した女性(21)は通報アプリを使ったJR東の試みにも期待を寄せる。何より変えたいのは痴漢被害への無関心さだといい、「痴漢を許さない空気こそが、痴漢の抑止になる。ひとごとだと思わず、積極的に関わる意識を持ってくれたら」と訴えた。

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