視覚と聴覚の両方に障害がある「盲ろう児」。文字、音声といった情報を得ることやコミュニケーションに大きな困難がある。その盲ろう児や保護者、教員らを支える新しい支援事業が、東京都盲ろう者支援センター(新宿区)で6月から始まっている。当事者の切実な声に迫りながら、全国で初めてというこの事業がなぜ必要なのか考えた。(中山高志)
◆検索しても、なかなか情報が見つからない
9月下旬、神楽坂近くにあるセンターの「盲ろう児支援室」を訪れた。触ったり体を動かしたりして遊べる遊具がある広々とした部屋だ。この日は「盲ろう児支援事業」の一環である「交流広場」があり、子どもたちがうれしそうにはしゃぐ様子を、親たちが談笑しながら見守っていた。
支援者(右)から太鼓の使い方を教わる盲ろうの生徒・向井咲海さん。9月の交流広場に参加した=東京都新宿区の東京都盲ろう者支援センターで(七森祐也撮影)
「全く見えていない、聞こえにくい状態なので、周りの状態が分かりません」。東京都板橋区の小林裕子(ひろこ)さん(41)は長男の蒼士(あおし)くん(8)が盲ろう児だ。この日は発熱で一緒に来ることができなかったが、これまで親子で交流会に参加している。
三重県で蒼士くんを出産した裕子さん。産まれた時は全盲難聴と言われた。どう育てていったらいいのか。ネットで「盲ろう児」と検索してもほとんど情報は得られなかった。「適切な教育を受けさせたい」との思いから、三重県や愛知県で教育機関を探したが「盲」か「ろう」はあっても「盲ろう」はなかった。
◆「どう育てていいか想像もつかない」不安な親たちをつなぐ
ある公的窓口で蒼士くんのことを相談すると「そんな子(盲ろう児)はいるはずがない」という趣旨の言葉を受け、無理解さにがくぜんとした。その後よりよい教育環境を求めて一家で都内に転居。蒼士くんは、盲ろう児の指導経験がある筑波大付属視覚特別支援学校(文京区)に通っている。
小林蒼士くん(家族提供)
センターが始めた支援事業について「アドバイスももらえるし本当に心強い」と感謝する裕子さん。「盲教育、ろう教育と分けるのではなく、盲ろう児のための教育や相談先を確保することが大切なんです」と訴える。
この日の交流広場は、研究者や保護者でつくる「全国盲ろう教育研究会」のメンバーも見学していた。会に参加する堺市職員の浅田塁さん(36)は、妻と娘の祈里(いのり)ちゃん(2)との3人で訪れた。祈里ちゃんも盲ろう児だ。
楽しそうに遊ぶまな娘を見つめながら、浅田さんは「つながりがないのでどう育てていいか想像もつかない」と苦悩をのぞかせつつ「この事業には期待している。オンライン中心だが積極的に関わっていきたい」と話した。
娘の祈里ちゃんを抱き上げる浅田塁さん=東京都新宿区の東京都盲ろう者支援センターで
◆専門の教育機関がない状況、まず改善しないと
「盲ろう児支援事業」はセンターの取り組みの一環で、6月に台東区から現在の新宿区に移転した時に始まった。センターは、当事者らでつくる認定NPO法人「東京盲ろう者友の会」が東京都の委託事業として運営している。
これに対し、盲ろう児は先天的に視聴覚に障害があることが多く、情報の入手、認識やコミュニケーション手段の獲得は後天的な盲ろう者よりもさらに難しい。
しかし国内に盲ろう児を指導する専門の教育機関はなく、父母らは子育てで苦悩や困難に直面し、在籍する療育、教育機関などの指導員らも関わり方に戸惑うことが多い。事業はこうした状況を、専門家のアドバイスや当事者同士のつながりなどにより改善しようと始まった。
◆専門家が相談に乗り、保護者同士で意見交換も
取り組みのうち相談事業は、来所や電話、オンラインで専門家が保護者、教員らの声に耳を傾ける。「本人は身ぶりサインで歌ってほしい歌を出してくるが、数が多くなるとサインが追いつかない。どのような方法があるか」「体調が安定せず学校に継続して通うのが難しい」などさまざまな声が寄せられる。特別支援学校を訪問して教員らの研修を受け持ったりする。
交流広場では、月1回のペースで盲ろう児や保護者、支援者がセンターの支援室に集まり、子どもたちに遊んでもらいながら保護者同士で話ができるようにしている。これまで3回開催し、親子ら合わせて24人が参加するなど早くも実績を重ねている。
センターを運営する東京盲ろう者友の会理事長の藤鹿一之さん(58)はメールでの取材に対し「盲ろう児の障害を早く発見し、早めに専門的に支援していくことが重要です。盲ろう児にとって明るい未来を開けるよう支援していきたいと思っています」と期待の声を寄せた。
◆専門の学校はなく、指導方法は各学校で手探り
盲ろう児を取り巻く教育環境はどうなっているのか。国立特別支援教育総合研究所が2017年に実施した調査によると、全国の特別支援学校に在籍する盲ろう児は166校、315人。学校種は視覚28、聴覚20、知的27、肢体26などとさまざま。子どもの86%は知的や肢体などにも障害があった。盲ろう児に特化した特別支援学校はなく、視覚や聴覚などの各学校で指導方法を手探りしながら受け入れている。
当時研究所で調査に当たり、筑波大付視覚特別支援学校長などを経て、現在はセンターで盲ろう児支援事業を担当する星祐子さん(66)によると、知的などほかの障害もある子の場合、「盲ろう」について学校の把握が不十分な場合があり、実際にはもっと多い可能性が高いという。
盲ろう児支援事業を担当する星祐子さん
星さんは筑波大付視覚特別支援学校にいた時、盲ろう児の指導に当たった。もともとノウハウがあるわけではなく、星さんを含め小学部の教員全員で手話の指文字を覚えたり、ろう学校に教えを受けたりして手探りで指導方法を探っていったという。
盲ろう児教育の課題について星さんは
・数が非常に少ない希少性
・全国各地にいるという点在性
・一人一人が本当に違うという多様性
の3点を挙げる。その上で「盲ろう教育の継続性は大きな課題。そのためにも、最低限の情報を提供できる窓口はあった方がいい」と話す。
事業開始から4カ月近く。交流広場には東京だけでなく神奈川県や千葉県など近隣県からも参加者があり、支援の必要性を改めて痛感しているという。「就学前も含めて盲ろう児を支援するというのは全国でも初めての取り組み。ここにとどまらず、全国に広がってほしい」と願う。
盲ろう者 目(視覚)と耳(聴覚)の両方に障害がある人を指すが、日本では法的に定義が確立していない。2012年度の全国盲ろう者協会の調査では、身体障害者手帳に視覚、聴覚障害の両方が記載されている人は全国で約1万4000人。コミュニケーション手段は障害の状態や盲ろうになる経緯などにより異なる。手話の形を手で触って読み取る「触手話」や、盲ろう者の指を点字タイプライターに見立てて指をタッチして伝える「指点字」などがある。
◆年内の「交流広場」は3回、問い合わせはセンターに
年内の交流広場の予定は以下の通り(いずれも午前10時~12時)。
【第4回】10月19日「楽器遊び」スチールドラムやハンドベルなどで楽しむ
【第5回】11月16日「保護者の講演『乳幼児の頃の子育てを振り返って』&懇談会」小学部3年の盲ろうのお子さんの保護者である小林裕子さんの講演、参加保護者同士の懇談
【第6回】12月21日「クリスマスツリーをつくろう!」オリジナルのツリーをつくる(材料費300円)