「子どもの頃、母から塙(はなわ)先生をお手本にしなさいと励まされました」。戦前、来日したヘレン・ケラーは古書を網羅した群書類従666冊を編さんした江戸時代の全盲の学者、塙保己一(ほきいち)への尊敬の念を語った
▲奇跡の人と偉人をつなぐ人物が米国で電話を発明したグラハム・ベルという。妻が聴覚障害者でろうあ者のための言語教育を研究していた。幼いケラーの両親に相談を受け、サリバン先生が在籍していた盲学校を紹介した
▲その前に英語の発音矯正のためにベルを頼った日本人留学生がいた。音楽や障害者教育に名を残す明治の教育者、伊沢修二。ベルは伊沢と交流し、日本語を習った。その際に知った塙の業績をケラーの両親が耳にしたらしい
▲縁は現代につながる。伊沢が校長を務めた東京盲啞(もうあ)学校の後身、筑波大付属視覚特別支援学校で学んだ木村敬一さんは塙保己一奨励賞の受賞者。29日未明、パリのコンコルド広場で開会するパラリンピックで東京に続く金メダルを目指す全盲のスイマーである
▲抜群の記憶力で古典をそらんじた塙にはその才能を理解し、読み聞かせてくれる協力者がいた。視覚障害を持つスイマーはターン時などに棒でタッチして合図する「タッパー」にサポートされる
▲「泳いできた闇の中は、温かくて居心地がよくてとても幸せな場所」「無限の可能性に満ちた大海原」。木村さんは自著「闇を泳ぐ」に記した。限界を感じさせないアスリートたちは次世代の「お手本」。12日間の熱戦に声援を送りたい。