イグ・ノーベル賞 18年連続日本人が受賞 ブタはお尻からも呼吸(2024年9月13日『NHKニュース』)

 

ノーベル賞のパロディーで、ユニークな研究などに贈られる「イグ・ノーベル賞」の受賞者が発表され、ことしは、ブタなどの動物に「お尻から呼吸する能力があることを発見した」として、日本などの研究チームが「生理学賞」を受賞しました。日本人の受賞は18年連続です。

イグ・ノーベル賞」は、1991年にノーベル賞のパロディーとしてアメリカの科学雑誌が始めた賞で、人をクスッと笑わせつつ考えさせる研究に贈られます。

日本時間の13日、ことしの受賞者が発表され、東京医科歯科大学大阪大学で教授を務める武部貴則さんらの研究チームが「生理学賞」を受賞しました。

研究チームは、肺による呼吸が難しい状態になったブタなどの動物の腸に、高い濃度の酸素を含んだ特殊な液体をお尻から送り込む実験を行いました。

その結果、どの動物も血液中の酸素が大幅に増え、このうちブタでは一定の条件のもとで、呼吸不全の症状が改善することが確認できたということです。

主催者は「多くの哺乳類にお尻から呼吸する能力があることを発見した」と評価していて、日本人の受賞はこれで18年連続となりました。

このほかにも
▽第2次世界大戦中などに行われた研究で、標的を認識するよう訓練されたハトを弾頭の中に入れて飛ばす誘導ミサイルの研究を行ったアメリカの著名な心理学者が「平和賞」に、
▽投げたコインの表と裏の出る確率に偏りがあること示すため、35万回以上、実際に投げる実験を行ったオランダなどの研究チームが「確率賞」にそれぞれ選ばれるなど、9つの研究が受賞しました。

武部教授「お尻には秘められた能力が」 

日本時間の13日、アメリカのマサチューセッツ工科大学で行われたイグ・ノーベル賞の授賞セレモニーでは、武部教授の研究チームもスピーチを行いました。

まずはじめに武部教授が「お尻には、呼吸できるという秘められた能力があることを信じてくださってありがとうございます」と英語であいさつすると、会場は大きな笑いに包まれました。

このあと研究チームのメンバーがブタの人形や、酸素に見立てた風船を使って、研究の内容や意義をユーモアたっぷりに説明していました。

スピーチの後、NHKの取材に対し、武部教授は「話が滑らないか気にしていたので安心しました。皆さん『お尻』と聞くとちょっとおもしろい話題のように感じると思いますが、いつもとは違って医療の新たな可能性を感じてもらえればうれしい」と話していました。

そのうえで「研究をしても一定の評価をされないと長く続けられない面がある中、今回の受賞は大きな意義があると思いました。『変なことをやっていても大丈夫だ』という勇気をもらった気がするので、これからも変わった視点から研究を続けたい」と話していました。

武部教授 専門は「再生医学」 画期的成果を相次ぎ発表

今回の研究は腸からの呼吸がテーマですが、武部貴則教授(37)の専門は実は「再生医学」です。世界の研究者がしのぎを削るこの分野で、画期的な成果を相次いで発表してきました。

共同研究者とともにヒトのiPS細胞から肝臓の機能を持つ細胞のかたまりを作ることに初めて成功し、世界で注目を集めたのは11年前、26歳のときでした。

その後、2019年にはヒトのiPS細胞から肝臓やすい臓など複数の臓器を同時に作り出すことにも成功し、将来の移植につながる可能性があると期待されています。

こうした臓器や組織の一部を再現した細胞のかたまりは「オルガノイド」と呼ばれ、さまざまな病気の仕組みの解明や、薬の候補となる物質の効果を確かめる研究などにも役立てられています。

また、武部教授は若手の研究者を支援する活動も行っています。

3年前、新たな法人を立ち上げて関心を持つ企業などを募り、研究環境を整備するための支援などを行ってきました。

これまでの研究や取り組みについて、武部教授は「基本的に『人と違うことしか考えない』ことを意識しています。世界を変える発見というのは普通と違う着想から出てくると思うので、ほかの人からはふざけていると思われるようなことにも挑戦できる環境が大事だと思います」と話していました。

研究のきっかけは「ドジョウ」

武部貴則教授などのグループが今回の研究を始めるきっかけとなったのは、田んぼなどに生息する「ドジョウ」でした。

ドジョウは酸素が少ない環境ではえらだけでなく腸でも“呼吸”できるという特徴があるため、哺乳類の中にも同じように腸から酸素を吸収できるものがいるのではないかと考えたのです。

実験では肺の機能が低下したブタのお尻から高い濃度の酸素を含む特殊な液体を入れ、体内に酸素がどれくらい取り込まれるかを調べました。その結果、血液中の酸素の量が大幅に増えたということです。

さらに▽酸素を含む液体を注入したマウスは酸素が少ない環境でも活発に動き回る様子が確認できたほか、▽呼吸不全の症状のあるブタに酸素の液体を注入したところ、症状が改善したということです。

この研究の論文は3年前の2021年、新型コロナウイルスの感染拡大によって各地の医療機関で重い肺炎の患者が相次ぐ中、発表されました。

呼吸不全の新たな治療法として、実用化に向けた研究は現在も進められていて、ことし6月には武部教授が創業したベンチャー企業などが安全性などを確認する臨床試験を始めています。

武部教授は「受賞の一報を聞いたときは複雑な心境でしたが、『人を笑わせ、考えさせる研究』という主催者の哲学を知り、感動しました。人工呼吸器を使うのが難しい患者などへの新たな治療法になる可能性があり、遅くとも4年後の2028年には医療機器としての実用化を目指したいです」と話していました。

主催者「日本の研究がこれからも受賞することを願っている」 

1991年にイグ・ノーベル賞を立ち上げて以来、現在も主催者を務めるマーク・エイブラハムズさんが、NHKのインタビューに応じました。

日本の研究者の受賞が20年近く連続していることについて、エイブラハムズさんは「何世代にもわたって、これほど多くの受賞者を生み出している日本に感謝したい。これまでに会った日本の受賞者はみな、単に科学的なアイデアだけでなく生き方そのものが個性的なのが特徴です」と話していました。

また、日本人に受賞者が多い理由については「日本とイギリスは突出して多くの受賞者を出していますが、それは日本とイギリスでは、本当に風変わりなアイデアを思いついた人を排除することなく大切にして、自分たちの中の1人として受け入れてきた結果です。そうした小さなことの積み重ねがあって、両国はいまや誰もが使っているさまざまな技術の開発に大きな成功を収めてきたのです」と分析していました。

そのうえで、エイブラハムズさんは「日本の研究がこれからも受賞することを願っています。何であれ、いまやっていることを続けてください。みんなを楽しませるためにお願いします」と日本の研究者にエールを送っていました。

このほか、エイブラハムズさんはイグ・ノーベル賞の選考過程についても話してくれました。

選考の対象になる研究は世界中から日々、寄せられる推薦の中から選ばれています。

最近では年間およそ1万件の推薦が届くということで、エイブラハムズさんはそのすべてに目を通し、絞り込む作業を行っているということです。

「人をクスッと笑わせつつ、考えさせる研究」という賞の基準に従って、各国の研究者やジャーナリスト、学校の先生などが協力し、議論を交わしながら選考しているということです。

エイブラハムズさんは「本当におもしろいか、誰でも即座に笑えるものか、そしてすぐに理解でき、好奇心を持ってもらえるか、本当によく議論します。難しいのは英語以外の言語でもそうなるかで、英語から他の複数の言語に翻訳することもあります。単に研究を選んでいるのではなくて、それを友達に話したくなるように、正確かつ分かりやすく表現できるかどうかにも、とても注意しています」と話していました。

ことしで34回目となるイグ・ノーベル賞ですが、今後についてエイブラハムズさんは「やがて太陽が膨張して地球は消滅してしまうでしょうが、それより1年は長く続けたいですね」と科学的なユーモアを交えて話していました。

去年のイグ・ノーベル賞

過去に受賞した研究の中には、実用化されたものもあります。

明治大学の宮下芳明教授らの研究グループは去年、電気が流れる箸やストローなどを使い、電気の刺激で味覚がどのように変わるか調べた研究で、イグ・ノーベル賞を受賞しました。

企業とともに研究を続け「電気を流すことで塩味を濃く感じられるスプーン」として、ことし5月に実用化しました。

弱い電気を舌と食べ物に流すことで、塩味のもとになるナトリウムイオンが舌に集まり、わずかな塩分でも塩味を感じられるという仕組みです。

これまでに2回数量限定で抽せんで販売しましたが、いずれも予定数を大きく上回る応募がありました。年内に3回目の販売を行おうと、準備を進めているということです。

宮下教授は「減塩食がほとんど普通の食事と同じような味の濃さに感じられるということが大きなメリットだと思います。研究の社会的な意義を理解してもらうのに一番苦労してきましたが、受賞をきっかけに理解が進みました。食に関する幸せをどんどん増やす方向に頑張っていきたいです」と話しました。

その上でイグ・ノーベル賞について「一瞬役に立たないことをやっているように見える研究でも、ちゃんとビジョンを持って、人を幸せにするとか、豊かにするということを目指していることが伝わるといいなと思います。科学の面白さが多くの人に広がってほしいです」と話していました。

家族の腎臓病の影響で減塩食を続けてきた人は、スプーンを使うことで味の変化を感じられ、食事や料理を楽しむことができるようになったと話しています。

千葉県八千代市に住む駿河かおりさんは、腎臓病を患う夫のため、結婚以来30年近く料理に極力塩を使わないようにしてきました。

移植手術を受け、夫の症状は改善されましたが、いまもだしや香味野菜を多く使い、塩分を控えた食事を続けています。

去年のイグ・ノーベル賞のニュースで電流を使って塩味を感じられる研究を知りました。

スプーンを使って食べると、塩味だけでなくだしなどのうまみもはっきりし、よりおいしく感じられるようになりました。料理を作る際にも、新しく工夫をしようと、前向きな気持ちになれたといいます。

駿河さんは「新しい技術の助けを借りて食生活を工夫してみようとか、前向きな気持ちで料理ができるようになりました。減塩の料理は味が物足りないと思われがちですがこの製品を使って食事が楽しくなるのはとてもいいなと思います」と話していました。

すでに実用化に向けて動きだしたケースも

イグ・ノーベル賞」の受賞をきっかけに、実用化に向けて動きだしたケースもあります。

千葉工業大学創造工学部の松崎元教授などのグループは「取っ手」や「ふた」、「つまみ」などを回す際の“つまむ”という動作の規則性に着目した研究で、おととし受賞しました。

この研究は20年以上前に発表されたものですが、受賞後、大手医薬品メーカーといったさまざまな企業から連絡が相次ぎ、いまは高齢者でもあけやすい容器のふたなどの共同開発が進んでいるということです。

松崎教授は「タッチパネルやスマートフォンなど『つまむ』動作の必要がない場面が増えてきているが、生活の中には容器のふたのように指先を使うものもたくさんある。力が弱くなってきた高齢者でも快適に使えるように、よりよいものを作っていきたい」と話していました。

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