手話言語条例に関する社説・コラム(2024年11月4・24日・12月19日)

【優しい社会の一歩に】手話言語条例(2024年12月19日『福島民報』-「論説」)
 
 手話言語条例の制定が全国で進み、県内では県と19市町村が定めている。講演会やテレビ番組などで接する機会が増え、手話は身近になりつつある。ろう者のオリンピック「デフリンピック」が来年11月に東京都を中心に開かれ、県内ではサッカー競技が予定されている。一層の普及と理解を深める好機と捉え、誰もが尊重し合う社会づくりを加速させたい。
 「手話は言語」との認識を広め、ろう者が手話を使いやすい社会づくりを目指す趣旨が条例にはある。国連が2006(平成18)年に採択した障害者権利条約で、正式に「言語」と認められた。国内では2011年の障害者基本法の改正で「言語(手話を含む)」と明記された。
 全日本ろうあ連盟によると、全国で11月現在、549自治体が条例化した。東北地方で初めて2015年に定めた郡山市は、東日本大震災を踏まえて「災害時の対応」を盛り込んだ。手話を使った救出を防災訓練に取り入れ、簡単な手話を描いた「コミュニケーションボード」を避難所に設置している。学校や医療機関、公民館などでの手話講座の開催にとどまらず、手話動画や市民参加の手話歌の配信にも力を入れる。さまざまな機会を増やす努力は、ろう者への理解促進に役立つ。
 郡山市は専任職員3人を採用し、市民ら約40人の登録者とともに手話通訳に対応している。2010年度の利用は医療や教育現場を中心に約1900件だったが、近年は5千件前後に増えている。施策の周知が進んだ結果でもある。ただ、市町村が単独で手話通訳者を雇用するのが財政的に難しい場合もあり、協力する体制づくりも必要だろう。
 救急現場での手話対応も進めたい。郡山市と郡山地方広域消防組合は昨年、市障がい福祉課と救急車をつなぐ遠隔手話サービスを始めた。現在は市内限定だが、市町村の枠を超えた連携も望まれる。さらに、県内12消防本部が統一した取り組みを導入すれば、ろう者の一層の安全・安心確保に結び付くはずだ。
 「ありがとう」「大丈夫ですか」など、周囲がちょっとした手話を使えるようになるだけでも、暮らしやすさは増すのではないか。誰一人取り残さない地域づくりの一歩にもなる。(湯田輝彦)

大館市手話条例5年 意思疎通の工夫続けて(2024年11月24日『秋田魁新報』-「社説」)
 
 大館市の手話言語条例(手話言語の普及及び障害者のコミュニケーション手段の利用の促進に関する条例)が2019年の施行から5年を経過した。手話は言語であるとの認識に立ち普及を図る条例だ。聴覚に加え、視覚や音声・言語など障害の特性に応じた意思疎通や情報入手の環境を整えると記している。
 全日本ろうあ連盟によると、今月19日現在、本県など38都道府県と、大館市を含む500以上の市区町村に手話言語条例がある。岡山県では県と全27市町村が制定している。本県市町村では大館市が唯一だ。
 条例がなくても手話講座を開いたり手話通訳者を設置・派遣したりしている市町村は多い。一方で大館市は、意思疎通に支障のある人への理解を促そうと条例化を選択し、施策に対して市民の協力を求める条文を盛り込んだ。施行5年を機に、その趣旨をさらに浸透させたい。
 条例に基づく具体的な試みとして、22年12月の市議会定例会から県の事業を活用した手話通訳を開始。通訳は市長の行政報告に限られているが、市福祉課によると、手話利用者とみられる市民が議場を訪れることもある。手話通訳が政治参画意識を高めているとみることもできるのではないか。
 今年9月には同課窓口などで民間の遠隔手話通訳サービスを導入。タブレット端末のビデオ通話画面に映る通訳者の手話を介し、手話利用者と職員がやりとりする仕組みだ。10月末までに延べ20人ほどが使用し、おおむね好評だという。
 端末では筆談もできる。このほか職員の話をその場で文字にして画面に示す機能もあり、手話を使わない聴覚障害者らのサポートも想定している。この機能は多言語対応で、市はインバウンド(訪日客)らとコミュニケーションを図る際の活用も模索している。
 近年注目されている軟骨伝導式の集音器付きイヤホンも導入した。耳の軟骨部分に軽く接触させて音を伝え、聞こえを助けるもので、耳をふさぐ従来の補聴器とは異なる。こめかみ周辺に当てる骨伝導式イヤホンに比べても圧迫感がないとされる。加齢により聴力が低下している人の助けにもなり、週に1、2人が利用している。
 高い水準で手話通訳ができる人の養成には時間がかかる。その代わりに活用できる情報通信技術(ICT)を導入していることは注目に値する。より円滑にコミュニケーションが図れるよう、多様な選択肢を提示する工夫を続けてほしい。
 条例は「障害の特性に応じたコミュニケーション手段」の例として、手話のほか要約筆記や点字、音訳なども挙げている。これらの利用環境をどう整えるかが今後の課題だ。市民を巻き込みながら意思疎通手段の確保に努めることで、大館市が目指す「健康福祉都市」の実現に近づけてもらいたい。

大館市手話言語の普及及び障害者のコミュニケーション手段の利用の促進に関する条例
平成31年3月28日条例第3号
大館市手話言語の普及及び障害者のコミュニケーション手段の利用の促進に関する条例
本市は、ノーマライゼーションの理念のもと、健康で、互いのつながりを大切に支え合う「健康福祉都市」の実現を目指している。市民が互いを理解し、地域で生活し、社会に参加するためには、障害の有無にかかわらず、互いの意思を伝え合う手段が必要である。
手話は、ろう者が互いの気持ちを理解するために大切に育んできたものであり、障害者基本法においては言語として明記されているものの、手話を言語ととらえる考え方や、手話を使って意思疎通ができる環境は未だ十分に広がっているとは言えず、手話言語を普及させるための施策に、より一層取り組んでいかなければならない。
また、障害者が生活を営む中で情報の取得や意思疎通を行うためには、障害の特性に応じたコミュニケーション手段を適切に選択できる環境が重要、かつ、不可欠であることから、日常生活及び社会生活の様々な場面において障害の特性に応じたコミュニケーション手段を確保し、その利用を促進するための施策を進めていかなければならない。
私たちは、このような認識のもと、障害のある人もない人も、互いの違いを理解した上で、互いの人格と個性を尊重し、支え合う地域社会を実現するため、本条例を制定するものである。
(目的)
第1条 この条例は、手話言語の普及及び障害者のコミュニケーション手段の利用の促進に関し、基本理念を定め、市の責務並びに市民及び事業者の役割を明らかにするとともに、手話をはじめとする障害の特性に応じたコミュニケーション手段の利用促進に関する施策の基本事項を定め、これを推進することにより、障害のある人もない人も、互いを尊重し、支え合う地域社会の実現に寄与することを目的とする。
(定義)
第2条 この条例において、次の各号に掲げる用語の意義は、それぞれ当該各号に定めるところによる。
(1) 障害者 身体障害、知的障害、精神障害発達障害を含む。)その他の心身機能の障害(以下この号において「障害」と総称する。)がある者であって、障害及び障害者基本法(昭和45年法律第84号)第2条第2号に規定する社会的障壁により継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態にあるものをいう。
(2) 障害の特性に応じたコミュニケーション手段 手話、文字の表示、要約筆記、点字、音訳、代筆、代読、触覚を使った意思疎通、コミュニケーション支援のための機器その他障害者が他者と意思疎通を図るための手段をいう。
(3) 市民 市内に居住する者及び市内に通学し、通勤し、又は一時的に滞在する者をいう。
(4) 事業者 市内において事業活動を行う個人及び法人その他の団体をいう。
(5) コミュニケーション支援者 手話通訳者、要約筆記者、盲ろう者通訳・介助者、点訳者、音訳者その他障害者との意思疎通支援を行う者をいう。
(基本理念)
第3条 障害の特性に応じたコミュニケーション手段の利用の促進は、障害のある人もない人も、相互の違いを理解し、互いの人格と個性を尊重することを基本に行われなければならない。
2 障害者が障害の特性に応じたコミュニケーション手段を選択して利用する機会の確保は、その選択して利用する機会の確保の重要性及び必要性を理解した上で行われなければならない。
3 手話に対する理解の促進と手話の普及は、手話が独自の言語であり、ろう者が大切に育んできたものであるとの認識のもとに行われなければならない。
(市の責務)
第4条 市は、前条に規定する基本理念(以下「基本理念」という。)にのっとり、障害の特性に応じたコミュニケーション手段の理解及び普及を図り、利用を促進するため必要な施策を総合的かつ計画的に実施するものとする。
(市民の役割)
第5条 市民は、基本理念に対する理解を深め、障害の特性に応じたコミュニケーション手段の利用の促進に関して市が実施する施策に協力するよう努めるものとする。
(事業者の役割)
第6条 事業者は、基本理念に対する理解を深め、障害の特性に応じたコミュニケーション手段の利用の促進に関して市が実施する施策に協力するよう努めるものとする。
2 事業者は、障害の特性に応じたコミュニケーション手段の利用の機会を確保し、障害者が利用しやすいサービスの提供及び働きやすい環境の整備に努めるものとする。
(施策の推進方針)
第7条 市は、次に掲げる施策を実施するものとし、施策の推進のため、秋田県及び他の市町村との連携及び協働に努めるものとする。
(1) 障害の特性に応じたコミュニケーション手段の普及に関すること。
(2) 障害の特性に応じたコミュニケーション手段を選択する機会の確保及び利用する機会の拡大に関すること。
(3) コミュニケーション支援者の配置、派遣及び養成に関すること。
2 市は、前項各号に掲げる施策と市が別に定める障害者の福祉に関する計画との整合性を図るものとする。
(意見の聴取)
第8条 市は、障害者施策に関する協議会等において、この条例の施行状況について意見を聴くものとする。
2 市は、前条の推進方針に従い施策を実施するときは、障害者、コミュニケーション支援者その他関係者の意見を聴く機会を設けるよう努めるものとする。
(学ぶ機会の提供)
第9条 市は、障害者及びコミュニケーション支援者と協力して、市民及び事業者が障害の特性に応じたコミュニケーション手段への理解を深める機会の提供に努めるものとする。
(学校における理解の促進)
第10条 市は、学校教育の場において、障害の特性に応じたコミュニケーション手段に接する機会の提供その他の取組みを通じて、その理解の促進に努めるものとする。
(公の施設等における啓発)
第11条 市は、公の施設等において、障害の特性に応じたコミュニケーション手段について積極的な啓発に努め、理解の促進を図るものとする。
(情報の発信等)
第12条 市は、障害者が市政に関する情報を正確に得ることができるよう、障害の特性に応じたコミュニケーション手段を利用した情報発信及び情報提供に努めるものとする。
2 市は、災害時において、障害の特性に応じたコミュニケーション手段を利用した災害情報の伝達及び意思疎通支援に必要な措置を講ずるよう努めるものとする。
(コミュニケーション支援者の配置等)
第13条 市は、意思疎通支援を行うため、関係団体と協力して、コミュニケーション支援者の配置、派遣及び養成に努めるものとする。
附 則
この条例は、平成31年4月1日から施行する。

手話言語条例 全自治体成立普及の力に(2024年11月4日『山陽新聞』-「社説」)
 
 手話を言語として尊重し、使える環境づくりを自治体に促す「手話言語条例」が、岡山県と県内27市町村で成立した。都道府県単位の全自治体でそろうのは全国初だ。
 働きかけた聴覚障害者らの努力が実ったと言える。手話普及の力にしたい。
 条例は鳥取県が2013年に全国で最初に制定した。岡山県では17年3月の高梁市が皮切りで、今年9月の早島町で全自治体が出そろった。県内で働きかける中心となったのは、県聴覚障害者福祉協会と、支援者らでつくる手話通訳問題研究会、手話通訳士協会の3団体である。
 条例は、22年成立の県の場合、手話は言語であるとの認識に基づき、普及のための施策の策定と実施を県の責務とした。具体的には、県民が学ぶ機会の確保や、障害者への情報の発信、手話通訳者の養成、学校での利用促進などに努めるとしている。
 制定の意義を理解するには手話がかつて学校でさえ、多くの場合、使うことを禁じられたのを知らねばならない。ろう教育も健常者と同じように学ぶことが重視され、相手の口元を見て会話を理解する「口話法」が奨励された。
 こうしたやり方が00年代に人権侵害との批判が強まり、特別支援学校で手話教育が広がり始めた経緯がある。
 条例の効果は既に表れているという。制定を機に市民向けの手話体験会などを開く自治体は多い。県聴覚障害者福祉協会によると、職員に採用した障害者を講師に職員の手話勉強会を開く自治体も増えているそうだ。行政サービスの向上につなげてほしい。
 同協会も、新たに紙芝居を作り幼稚園や保育所での出前講座に力を入れている。東久示会長は「市民の理解を得て、いつでもどこでも手話でコミュニケーションができるようにしたい」と期待する。
 それには課題もある。特に大きいのが、手話通訳者の不足だ。岡山県内で120人足らずで、地域に偏りもある。
 養成には年単位で時間がかかる。その講座を開き、派遣を仲介する自治体などの取り組み強化が欠かせない。
 能登半島地震やその後の記録的豪雨では、障害者への災害時の情報提供や支援の在り方が改めて問われた。災害時に不安を抱える状況は岡山県でも同じである。
 まず日常生活の中での情報提供が大切だ。その上でやっと災害時のアクセスを確かにできよう。自治体と当事者、支援者の連携も求められる。
 手話通訳の確保は来年11月、東京を中心に開かれる聴覚障害者の国際スポーツ大会「デフリンピック」でも課題だ。それに向け、自治体の条例レベルを超えた対応を可能にする手話言語法制定の期待もある。とはいえ、国の動きは鈍い。検討が急がれる。