「まさか追い出し部屋に」北海道大准教授 4平方mにたった1人(2024年5月9日『毎日新聞』)

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「旧スタッフ」の男性准教授が作業する事務スペース。4平方メートルの広さしかない=札幌市北区で鳥井真平撮影
 
 学生の指導ができなくなって、4年目の春が来た。
 北海大理学研究院の化学部門に所属する50代の男性准教授は2021年4月から、たった1人で研究を続けている。同じ研究テーマに取り組む同僚や学生は周りにいない。
 
 <2010年ノーベル化学賞ご受賞おめでとうございます>
 
 札幌市北区のキャンパスに建つ研究棟に、ノーベル賞を受賞した化学部門のOB、鈴木章名誉教授をたたえるポスターが張られている。その前を通り過ぎ、薄暗い階段を上り、男性は研究室にたどり着く。
 与えられた事務スペースは4平方メートル。机と椅子、書棚、ホワイトボードを置くと、大人2人がすれ違うのもやっとだ。ふと、20年12月の出来事を思い出す。
 「研究室から出て行って、部屋を空けてください。部門の決定なので従って」。当時の部門長から言い渡された言葉だという。
 この春、理学部の学生に配る化学部門のパンフレットが完成した。14の研究室を紹介した全8ページのどこを探しても、自分の名前はなかった。「まさか追い出し部屋に入れられるなんて。まるで幽霊だ」。男性は自嘲気味につぶやいた。
きっかけは教授の退職
 北大化学部門では教授と准教授、助教が一体で研究室を運営する「講座制」を採用している。教授が退職や転出をした場合、研究室は閉鎖されたり、後任の教授に引き継がれたりする。
 男性は任期のない准教授として14年に北大に着任した。19年3月、研究室の教授が定年退職し、後任教授が研究室を引き継いだ。当時の部門長らには「協力して一緒にやって」と言われ、研究室に残った。
 その春から新教授の下で研究を始め、大学院生4人の指導にも当たった。20年度は学部生も指導した。ところが20年9月、事態が変わる。
 部門のある教授から、研究室に新しい准教授と助教を迎えることになったと告げられ、こう言われたという。「場所がないので研究室にはいられないですよね」
 転出に向けた話し合いが始まると思いきや、同12月に「部門の決定」を言い渡された。今後「学生はつかない(指導させない)」とも。指導していた学生は「テーマは何でもいい。先生と研究をしたい」と慕ってくれたが、…
 
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北海道大の教授会が「内部基準」作成、一部教員に研究室業務させず(2024年5月9日『毎日新聞』)
 
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「旧スタッフ」の40代准教授の実験室。一緒に実験に取り組む同僚や学生は一人もいない=札幌市北区で鳥井真平撮影
 
 「問題を把握しておきながら、見殺しにするんですか」。今年1月、40代の男性准教授は教授陣との面談の席で声を詰まらせた。
 北海道大の関係者によると、教授が不在になった後に残った准教授や助教は、化学部門に在籍していても「旧スタッフ」「旧研究室スタッフ」と呼ばれるようになる。毎日新聞の調べでは、2021年度以降、少なくとも9人が旧スタッフとして扱われ、今年4月時点で4人が該当しているとみられる。
 男性もその一人だ。23年度に続き24年度も学生の配属がなく、1人で研究を続けることが決まった。
 研究者データベースで確認すると、男性ら旧スタッフは過去、ハードルが高い国の科学研究費補助金「基盤研究A」(支給額2000万~5000万円)を獲得したり、評価の高い学術誌に論文を発表したりしている。だが「1人職場」では研究成果も滞りがちだ。
 男性によると、教授側は面談で「シリアスさの認識が甘かった」などと謝罪したという。一方で「現行制度が問題と考えていない人の意見もそれなりにたくさんある」などと述べ、24年度も学生を配属しない方針は譲らなかったという。
伏せられた慣例変更
 複数の旧スタッフは「教授陣には何度も面談で改善を求めたが、変化はなかった」と口をそろえる。
 北大関係者によると、化学部門では従来、教授退職後も新任教授が旧スタッフを引き受け、次のポスト獲得を支援するのが慣例だった。ところが、毎日新聞が入手した内部文書によると、化学部門の教授会に当たる「講座委員会」は20年度、その慣例を変え、新たに「内部基準」を作成していた。
 その主な内容はこうだ。
 新任教授は研究室で旧スタッフを引き受けない▽合意を得た上で教授退職後、1年間をめどに居室を移動する▽研究活動継続のために1人当たり50平方メートル目安で研究環境を確保▽新たな学生は配属しない▽既存研究室に所属はするが、研究室業務は原則担当させない――。
 北大関係者によると、この基準は講座委員会のみで共有され、その他の教員には伏せられ…