「参謀役」がいない総裁選 ポスト岸田候補は官房長官を考えているか 有元隆志(2024年8月18日『週刊フジ』)

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森元首相は、岸田首相の政局観に厳しかった
月刊『正論』で森喜朗元首相の連載「元老の世相を斬る」をしていたとき、森氏から2021年の自民党総裁選の際、岸田文雄首相があいさつに来たときの話を聞いた(21年11月号)。
 
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岸田首相
森氏「岸田さん、あなたは政局が分かっていない。1年前の総裁選が終わってから私はあなたに言ったよな。今から聞きますよ。幹事長は誰にするんですか」
岸田氏「え~、まだそんな」
森氏「それはそうだな。どこの派閥がどうするかまだ分からないから言えないでしょう。官房長官ぐらいは決めているんでしょう」
岸田氏「いないんですよ、それが」
森氏に人事の話をしたら広まってしまうと警戒したのかもしれない。官房長官は「女房役」と言われるように通常、同じ派閥から選ぶが、岸田首相が選んだのは自身と同じ宏池会ではなく、森氏と同じ清和政策研究会に所属していた松野博一氏だった。松野氏に最初から頼むつもりだったら、森氏にそんな言い方はしなかっただろう。
森氏の話を聞いて、「岸田政権は長期政権にはならないだろうな」と思った。というのも、短命に終わった第1次安倍晋三内閣と違って、第2次安倍内閣が連続在職日数で歴代最長になった理由を、岸田首相は分かっていないことになるからだ。
第2次の時は安倍元首相が第1次の反省を踏まえて、優先順位をつけて慎重に政権運営にあたったこともある。だが、森氏も指摘したように、官房長官の存在はカギとなった。
第1次では官房長官塩崎恭久氏だったが、第2次では菅義偉氏だった。塩崎氏は能力はあったかもしれないが、調整役としては適任ではなかった。菅氏との違いは大きかった。
佐藤栄作内閣の保利茂氏、中曽根康弘内閣の後藤田正晴氏に代表されるように、戦後の長期政権で官房長官は重要な役割を演じている。
松野氏は手堅かったが、岸田首相とは異なる派閥ということもあり、遠慮もあった。むしろ存在感を発揮したのは、官房副長官で岸田首相の側近だった木原誠二氏である。
松野氏が政治資金パーティー収入不記載問題で辞任した後は、ようやく同じ派閥の林芳正氏が就いた。ただ、林氏は能吏ではあるが、永田町、霞が関ににらみを利かす存在とはいえない。林氏自身、「ポスト岸田」に意欲を隠しておらず、岸田首相が心底から林氏を信頼しているとは聞いたことはない。
長々と岸田政権のエピソードを書いたのは、9月の総裁選に出馬しようとしている候補者たちが、果たして官房長官候補を考えているか疑問に思ったからだ。
ある自民党ベテランは「『参謀役』がいない総裁選」と形容する。参謀役は政権ができると官房長官の候補となる。
森氏は自身の経験を踏まえ、「総裁選の候補者は心の準備だけでなく、態勢を考えているのだろうか。船でも船長の下、機関長、操舵手などいろいろな役回りの人がいるが、船の運航に支障がでないようにできるかが大変大事」と強調した。この点については森氏が言う通りだろう。 (産経新聞特別記者・有元隆志)