現職の岸田首相が出馬するか否かが最大のポイント(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
【サプライズだった東京都知事選】
7月7日に実施された東京都知事選挙は、事前に予想された通り、現職の小池氏が3選を果たした。自民党、公明党、国民民主党都連、都民ファーストの会が自主的に支援した効果が表れたほか、小池氏に対する批判票が分散した影響もあったと考えられる。
【著者作成グラフ】自民党支持率の推移。波形を見てもわかるように、岸田政権で構造的な変化が起きている
サプライズとして受け止められたのは、前参議院議員の蓮舫氏を抑え、前広島県安芸高田市長の石丸氏が得票数で2位につけたことだ。蓮舫氏は立憲民主党、共産党、社民党からの支援を得たものの、既存政党からの支援を受けなかった石丸氏に敗北した。
都知事選の結果は、立憲民主党にとって打撃であったと言えよう。衆院補選や静岡県知事選など主要選挙で連勝した勢いが止まった。9月に控える立憲民主党の代表選では、共産党との共闘の是非が問われることになりそうだ。
都知事選での小池氏勝利は、表立った活動を控えた自民党にとって勝利と言えるか難しいところだが、いずれにせよ主要選挙での連敗は止まった。仮に蓮舫氏が勝利していれば、政権交代への危機感が高まり、総裁選では挙党一致で国民人気の高い候補を選ぶ流れが生じやすかったと考えられる。
【出馬表明などは8月下旬に本格化へ】
国会閉会と前後して、菅前首相は岸田首相に対する批判を強め、総裁選では刷新感が重要と言及するなど、事実上の退陣要求を行っている。
総裁選への出馬を表明する動きはまだ広がっていないが、このところ複数の主要候補から、利上げの必要性など経済政策を巡る発言が相次いでいる。お盆明けの8月下旬に本格化するであろう出馬表明へ向けて、自身の存在をアピールする動きが生じている。
総裁選では、外交・安全保障政策で差別化を図りづらいため、経済政策が重要な争点になりそうだ。
9月末に、岸田首相は自民党総裁の任期満了を迎える。前倒しがなければ、総裁選は9月下旬に実施されることになる。毎日新聞は7月6日付け朝刊で「9月20日案」を報じた。岸田首相による総裁選出馬の可能性を考慮して、首相が国連総会に出席するよりも前の日程とする案が挙がっているようだ。
仮に9月20日に総裁選が実施される場合、9月8日までの告示となる。8月下旬から9月初めにかけて、候補者が出揃う見込みだ。総裁選出馬に際しては、党所属国会議員20名の推薦人を集める必要がある。
■ 分裂状態にある安倍派の現状
【総裁選の構図は?】
2023年12月16日の拙稿「絞られる次期首相の条件、「ポスト岸田」の一番手は初の女性首相か」では、自民党総裁選が大まかに3つの陣営に分かれることになると予想したが、現時点でもその見立ては大きく変わらない。
巷間では、麻生副総裁と菅前首相によるキングメーカー争いになるとの見方が多い。主流派と非主流派の対立に、保守派が割って入る構図となろう。
かつて党内第1派閥であった旧安倍派は、政治資金問題の影響で幹部が失脚するなど分裂状態にあると目される。大まかには、萩生田前政調会長を中心とするグループ、福田元総務会長を中心とするグループ、そして保守派の3つに分かれていよう。
萩生田前政調会長は非主流派に近いとみられる。保守派は、旧安倍派以外の議員も結集して第3の陣営を構成するだろう。
【総裁候補は?】
主流派、非主流派については、ともに誰が中心的な候補となるのか定まっていない。場合によっては、主流派、非主流派それぞれで複数の候補が乱立する可能性もあろう。
一方、保守派では、高市経済安保相が総裁選の有力候補だ。
高市経済安保相はこのところ地方行脚を積極的に行っている。仮に主流派や非主流派で候補が乱立するようであれば、党員票が国会議員票と同数扱いとなる総裁選第1回目投票で勝ち残る可能性は相応にある。また、勝ち残らずとも、決選投票においてキャスティングボートを握る可能性がある。
主流派では、現職の岸田首相が出馬するか否かが最大のポイントとなろう。岸田首相は、支持率向上を図るべく突如として電気代・都市ガス代の補助金復活を打ち出すなど、依然として続投を諦めていないとみられる。
7月24日に、岸田首相の側近である木原幹事長代理は、首相が総裁選の再選を断念することはないとの見方を示した。8月後半にも出揃う見込みの内閣支持率の帰趨が重要となろう。
ただ、岸田首相には、菅前首相など非主流派のみならず、麻生派や旧茂木派など主流派の一部議員からも退陣要求が出ている状況だ。推薦人20名を確保できるかやや不透明な上、仮に出馬となれば、他の有力候補も名乗りを上げる可能性が高く、主流派は分裂状態で総裁選に臨むことになろう。
■ 意外な顔も並ぶ主要候補の顔ぶれ
茂木幹事長は、岸田首相の出馬の有無にかかわらず、名乗りを上げる可能性が高いだろう。茂木幹事長は、総裁選への対応を問われて、「夏の間によく考えたい」と述べた。現時点では、主流派の最有力候補と目される。
上川外相は、一時注目度が上がったが、地元の静岡県知事選で自民が敗北した後、勢いが落ちている。ただ、岸田首相が出馬せず、かつ自民党が下野するとの危機感が再び高まるようであれば、憲政史上初の女性首相として有力な候補となり得る。
河野デジタル相は、やや難しい立ち位置だ。麻生派に属するものの、前回の総裁選では派閥を越え、非主流派の候補として、石破元幹事長の支持を得て総裁選に臨んだ。麻生副総裁と菅前首相が挙党一致で協力するような局面となれば有力候補たり得るが、先述の通り、両者はキングメーカーの座を争って対立状況にある。
林官房長官の出馬は、対立していた安倍元首相の盟友である麻生副総裁の理解を得られるか否かがポイントとなろう。
非主流派では、加藤元官房長官の名が有力候補として浮上している。6月6日に、菅前首相と小泉元環境相、萩生田前政調会長、旧二階派の武田元総務相とともに会食に参加したことがきっかけで、有力視する向きが増えている。加藤氏は菅政権時の官房長官であり、さらに遡れば菅氏が官房長官の時の副長官であり、信頼が厚い模様だ。
石破元幹事長は、世論調査で常に上位をキープしている。立候補できれば、総裁選第1回目投票で勝ち残る可能性が高い、有力候補であろう。問題は、推薦人20名を確保できるか否か、そして決選投票において国会議員の支持が広がるか否かだ。安倍元首相と対立していたため、非主流派の候補となるようであれば、萩生田前政調会長を中心とするグループが離脱する可能性がある。
小泉元環境相は、世論調査で常に上位をキープしており、かつ菅前首相にとっても肝煎りの候補と目される。しかし、父の小泉元首相から50歳になるまで総裁選に出馬しないよう言い渡されており、それを守るとの見方が有力だ。
野田元総務相は、かねてより総裁選出馬への意欲を示している。前回の総裁選では、旧二階派の支援を得て出馬した。今回も、党内情勢次第で出馬に至る可能性がある。また、若手の候補としては、小林鷹之前経済安保相等の出馬が取り沙汰されている。
■ 決選投票のカギを握る女性首相候補
【自民党総裁選の行方は?】
岸田首相の出馬の帰趨など不透明な要素が多く、現時点では候補者を絞ることが難しい状況だ。総裁選が本格化する8月下旬頃になれば、ある程度絞られてこよう。
ただ、主流派と非主流派が決選投票で協力するとは考え難い。主流派と非主流派が決選投票であいまみえるようであれば、高市経済安保相がどちらにつくかがカギを握る。高市経済安保相が決選投票に残るようであれば、1回目の投票で敗れた主流派か非主流派のどちらかが味方して、初の女性首相誕生に至る可能性もある。
【衆院解散・総選挙の可能性は?】
過去をみると、新政権発足の直後に内閣支持率が上昇しやすい。「ご祝儀相場」と呼ばれる状態だ。メディアが新総理・総裁を好意的に取りあげるため、そして不祥事や政権運営の不手際などマイナス材料が少ない段階のためだ。
総裁選が主流派と非主流派の主導権争いの様相を呈しているため、世論調査等で必ずしも人気が高くない新総理・総裁が選出される可能性もある。9月の自民党総裁選および立憲民主党代表選を経て、内閣支持率や政党支持率がどう推移するか次第で、早期解散の有無が決まろう。
早期の衆院解散・総選挙となる場合、自民・公明の連立与党で過半数を確保できるか否かが最大の焦点となる。仮に確保できない場合でも、自民党を中心とする政権となる可能性が高いが、連立政権の枠組み変化、例えば連立相手の追加などが生じることになる。経済政策も、連立を新たに組む政党の主張が考慮されることになろう。
■ 有力候補の財政スタンス
【経済政策の行方は?】
政治情勢が不透明なため、先行きの経済政策も不透明だ。誰が新総理・総裁になるかで、そしてどの党が連立政権に加わるかで、政策の方向性は変わってくるためだ。
各候補は、出馬表明に際して政策案を公表するほか、各種討論会を通じて政策論争を展開する見込みだ。また、衆院解散の機運が高まれば、各政党は総選挙に向けて政策案を公表することになろう。自民党の総裁候補、そして主要政党が公表する経済政策を確認する必要がある。
また、主流派のうち、茂木幹事長は2023年初に党内で少子化対策の議論が進む中、先んじて児童手当の所得制限撤廃を主張するなど、どちらかといえば分配重視のスタンスであった。
ただ、政策スタンスは過去と変わり得るため、今後の各候補の発言に注目する必要がある。例えば、非主流派の石破元幹事長は、地方創生を持論としており、どちらかといえば分配重視とみられたが、直近では、社会保障・財政改革の必要性を強調している。
なお、金融政策を巡っても、各候補でスタンスに違いがある。ただ、誰が新総理・総裁になっても、そして連立政権の枠組みが変わろうとも、当面は金融政策の正常化、すなわち利上げが推進される方向性に大きく変わりはないだろう。
【政治の金融政策の影響は?】
まず、2024年内については、日本銀行の政策委員の顔ぶれは変わらない。植田総裁を中心とする体制が続こう。
10月の金融政策決定会合は30~31日に開催される。上述の通り、総裁選後に衆院解散・総選挙が実施されるか否か、やや不透明だ。仮に決定会合の後に総選挙が実施される場合、政策変更が総選挙の結果に影響を及ぼしかねないとの判断から、政策変更が見送られ得る。
2025年以降、政治が金融政策に影響を与えるとすれば、それは審議委員人事を通じてであろう。ただ、いずれにせよ、金融政策を正常化する方向性に変わりはないだろう。
また、非主流派を率いる菅前首相は、かつて金融緩和を重視していた。低金利により企業活動を支援することを重視していたとみられる。
菅氏が自ら出馬する可能性は現時点では低そうだ。非主流派から候補が選ばれる場合、菅首相がその候補に対して経済政策の路線を合わせることを求めるか否かは不透明だ。例えば、非主流派の有力候補である石破元幹事長は、利上げの必要性を主張している。
いずれにせよ、金融引き締めに慎重、もしくは金融緩和に肯定的な審議委員が選ばれても、マイナス金利政策などへ逆戻りする可能性は低いだろう。かつてリフレ派に位置づけられた安達審議委員ですら、現在では執行部に近いスタンスだ。仮に金融緩和に肯定的な審議委員が選ばれても、利上げのペースを巡って議論が分かれる可能性がある、といったところだ。
【宮前 耕也(みやまえ こうや)】