国内での最後の死刑執行から26日で2年となった。自民党の政権復帰後は、基本的に数カ月~半年に1回のペースでの執行が続いていた中、異例の長さの空白期間といえる。慎重姿勢の背景には、執行を巡る失言による法相の辞職や、死刑が確定していた袴田巌さん(88)の再審開始が影響したとの見方がある。
直近の執行は2022年7月26日にあった。秋葉原無差別殺傷事件の加藤智大死刑囚が対象で、当時の古川禎久法相が命じた。
後任の葉梨康弘法相が22年11月、「法相は死刑(執行)のはんこを押す。ニュースのトップになるのはそういうときだけという地味な役職だ」などと失言。数日後に更迭された。
23年3月には袴田さんの再審開始が確定。10月に始まった再審公判は無罪の公算が大きい。死刑制度への関心が高まるため、執行に踏み出すのは容易ではないとみられる。
「究極の刑罰」と言われる死刑。内閣府が2020年に公表した世論調査では、死刑の存続を8割が「やむを得ない」と回答している。ただ、「死刑存置国」は世界の中では少数派だ。国際人権保護団体アムネスティ・インターナショナルによると、死刑を法律上廃止、または事実上廃止している国は2021年時点で144カ国に上る。一方、存置国は日本以外に中国、アメリカ(一部州)など55カ国で、そのアメリカも21年7月からは、死刑のあり方を検証するため、連邦法に基づく執行を停止した。
私は日本で数年間、死刑制度に関連する取材を続けていたが、核心に迫れないもどかしさをずっと抱えていた。私にとっての「核心」とは、死刑囚や、執行に携わったことのある刑務官といった「究極的な立場」にある人たちの声を聞くこと。米国は日本と比べると、こうした人々へのアクセスが比較的容易で、しかも実名でインタビューに応じてくれるケースが多いと聞いていた。一定の時間をかけて、死刑制度に関する証言を集めてみたいと考え、2022年夏からフルブライト奨学金でカリフォルニア州立大学フラトン校に留学し、米国の制度を研究している。
これまでに聞き取った証言から、改めて死刑という刑罰について考えた。今回紹介するのは、死刑執行に携わった元刑務所長。執行直前の死刑囚から「じゃあね」と別れを告げられたことが忘れられないと明かした。(共同通信=今村未生)
サンクエンティン州立刑務所
▽最後の死刑執行は2006年
アメリカ全土にいる死刑囚は約2400人。うち最も多いのはカリフォルニア州で、2023年4月4日時点で668人の死刑囚がいる。ただ、薬物注射の実施方法を巡る議論が続いたことから2006年を最後に執行はない。2019年にはギャビン・ニューサム知事がモラトリアム(執行の停止)を宣言している。
私が訪問したのは、サンフランシスコから北西に約40キロの海辺に面した美しい町。この町に住むジーニー・ウッドフォードさん(69)は、かつてカリフォルニア州のすべての男性死刑囚を収容していた「サンクエンティン州立刑務所」に約26年間勤務した経験を持つ。この刑務所は、州内で最も古い刑務所で、1852年に設立された。ウッドフォードさんは1999年~2004年、この刑務所で初の女性所長を務め、その間に4人の死刑執行に携わった。のちに州矯正局のナンバー2になったが、現役当時から死刑制度には反対の立場だ。
ウッドフォードさんによると、かつて行われていた死刑執行の手順はこうだ。
執行は裁判官が命令する。その命令書を刑務所長が執行日の60〜90日前に受け取り、執行に向けた計画を立てる。
「執行が決まるといろいろなことが始まる。毎週ミーティングをし、執行の際に起こる全てのことを計画する」。執行に反対するデモ対策のために保安当局と連携したり、執行の立会人を選定したり。被害者遺族や死刑囚の家族とも連絡を取る必要があり「感情が揺さぶられる」。
死刑囚本人にも執行があることを伝え、やるべきことを説明する。その後も執行まで何度も面会する。「元気?とてもいい知らせがあったよ。家族が会いに来るって」。こんなやりとりをしながら彼らの精神面に気を配る。ウッドフォードさんは「私は長く刑務所で勤務していたので、彼らのことをよく知っていたが、執行が近づくにつれ、さらに彼らのことを知るようになる」と話す。
次第に、ウッドフォードさんの頭にはこんな考えが浮かんでくる。「朝、目を覚ますと『30日後に私は人を殺すのだ』と。そして、29日、28日…と毎日のように考え、精神的に疲れてしまう」。さらに死刑囚との対話の中で「私は、向かいに座っているこの男性を殺すのだ」とも思い、負担を感じていた。
執行方法は州によって異なり、薬物注射、電気椅子、ガス、絞首、銃殺がある。圧倒的に多いのが薬物注射だ。ウッドフォードさんが所長だった当時のカリフォルニア州は、ガス室と薬物注射の2種類があり、執行方法は死刑囚本人が選ぶことができた。「彼らに『どうやって死なせてほしいか?』と聞くのだが、彼らは全員ノーコメントだった」。そのため、ウッドフォードさんが立ち会った4回は、いずれも薬物注射になった。執行には、被害者家族や事件を起訴した検察官、死刑囚の弁護人、死刑囚の家族、メディアなども立ち会った。
死刑制度を有するのは24の州と連邦政府で、保守層が多いとされる南部の州が多い。23州が制度を廃止し、残り3つは知事がモラトリアムを宣言した
▽「じゃあね、所長」
ウッドフォードさんが執行に立ち会った4人のなかで、特に印象深いのは2001年に執行したロバート・リー・マーシー元死刑囚=当時(59)=と明かしてくれた。
マーシー元死刑囚がサン・クエンティン刑務所で過ごした期間は、ウッドフォードさんが刑務所に勤務していた時期とちょうど重なる。このため、彼のことはよく知っていた。
マーシー元死刑囚は控訴する権利をまだ有していたにもかかわらず、それを放棄した。ウッドフォードさんは何度も控訴するよう勧めたが、こう言って拒否された。「年だし、体が痛い。もう疲れた」
執行の夜、マーシー元死刑囚は注射を打つためにベッドに横たわり、ストラップを全身にくくりつけられていた。この段階になっても、執行を止めて控訴の手続きに戻ることができたが、彼は最後まで首を縦に振らなかった。「本当にいいの?」。こう言ってウッドフォードさんが部屋を出ようとした時、マーシー元死刑囚が言った。「Bye,Warden(じゃあね、所長)」
その言葉を聞いたとき、ウッドフォードさんは思わず涙があふれそうになり、必死にこらえた。すると彼は、再び「じゃあね、所長」と言った。ウッドフォードさんは「Bye,Massie(じゃあね、マーシー)」と返した。
執行の場には大勢の男性が立ち会っており、女性所長が執行をやり遂げられるのかどうか、誰もが見ていた。「私は執行を進めた。だけど、胸が張り裂けそうだった。ただただ、胸が張り裂けそうだった」
州の矯正局によると、2001年3月27日午前0時20分、マーシー元死刑囚への注射が始まり、同33分に死亡が確認された。最後の食事は、バニラ・ミルクシェイク2杯、フライドポテト、牡蠣フライ、ソフトドリンク。最後の言葉は「Forgiveness.Giving up all hope for a better past.(全ての罪をお許しください)」だった。
現役時代のウッドフォードさん=本人提供、撮影日時不明
▽「私がいようがいまいが執行される」
死刑制度に反対にも関わらず、所長として執行を指揮することにどう折り合いを付けていたのかと尋ねると、こんな答えが返ってきた。「私がいようがいまいが、執行は必ず実行されると自分に言い聞かせた。死刑囚のためにできることはすべてやった。執行が停止されることを常に願っていた」
ウッドフォードさんは死刑制度についてこう評する。「道理が通らない」
理由は、まず「近代の技術で作られた刑務所からの脱獄は難しく、市民の安全性の観点からは死刑制度は必要ない」から。死刑の代替として、仮釈放のない終身刑にすることが必要だとも考えている。アメリカでは死刑囚に税金で弁護士が付き、裁判で長い期間で争う。このため、終身刑の受刑者よりも死刑囚に多額のコストが掛かる。アメリカで死刑の存廃を議論すると、必ずコストに関する意見が出る。
ウッドフォードさんが死刑に反対する大きな要因の一つに、刑務官や所長として接した彼らの素顔がある。「死刑囚の大半は従順で、入れ歯の製作など、他の受刑者の役に立つ物を作っている。人に責任を負わせる必要があるというのが私の信念。彼らを殺すことで、殺人が間違っていると証明することはできない」
ウッドフォードさん=2022年9月15日、カリフォルニア州
▽事前告知、あった方がいい?
ここまで見てくると、日本の死刑制度とは異なっていることが分かる。大きな違いの一つは、死刑囚に執行日を知らせる事前告知の有無だ。アメリカは本人に事前に告知する。家族と埋葬について相談したり、立ち合い人を決めたりと、さまざまな準備が必要だからだ。ほとんどの死刑囚は、弁護士と密に連絡を取り合い、執行を止めるために手を尽くす。さらに、死刑執行が直前まで止まる可能性がかなり大きい点も違いだ。実際にさまざまな理由で延期されたり、一旦白紙に戻ったりしている。近年は、製薬会社が執行に使う薬物注射の薬剤を提供することに抵抗を示し、入手が困難になっている。それが理由で執行できないケースもある。
ウッドフォードさんに日米の違いを尋ねると、両国で死刑囚が置かれた立場の違いを指摘した。「アメリカの死刑囚は、執行を止める手段はたくさんある。だから心の片隅で、執行が止まるという希望を持つことができる。実際に、数日前や数時間前に執行が停止されたこともある」
一方、日本は法務大臣のサインの段階まで来ると、ほぼ執行される。「アメリカのような制度がないとしたら、事前告知は残酷だ。ただ、お別れを言えない死刑囚の家族は本当につらいのではないかと思う。いつ執行されるのか、毎日気掛かりだろう。告知については、彼らの家族に意見を聞くのがいいのではないか」