「首相裁定」に至った診療報酬改定の攻防…主役は医師団体から巨額の献金を受けた人物だった 利権構造の典型(2024年6月7日『東京新聞』)

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<医療の値段・第3部・明細書を見よう>番外編

 昨年12月15日午後、首相官邸厚生労働相武見敬三財務相鈴木俊一が部下を伴い、首相の岸田文雄に入れ替わり面会した。

 

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首相官邸(資料写真)

 2024年度診療報酬の改定率が大臣協議で決着せず、2年前の前回改定と同じように「首相裁定」に持ち込まれたからだった。

 厚労省は23年度の国民医療費48兆円に高齢化などの自然増分8800億円を上乗せし、さらにそこから医療従事者の賃上げや物価高を理由に1%台後半のプラス改定を要求。財務省は「プラス改定をすれば、保険料負担が増加して現役世代の手取りが減る」などとマイナス改定を主張した。重視したのは診療所の高い収益率だった。

◆無床診療所の利益剰余金は「平均1億2400万円」

 地方財務局を使った初の全国調査で、22年度の無床診療所の経常利益率は平均8.8%と、病院の平均5.0%や中小企業の平均3.4%を大きく上回ったことが判明。利益剰余金は平均1億2400万円で、財務省は看護師らの3%の賃上げに必要な費用の14年分に当たると推計した。

 これを受け民間委員からなる財政制度審議会(財政審)は「過度な利益が生じている診療所の報酬単価を5.5%程度(診療報酬の1%相当)引き下げてマイナス改定とし、国民負担を軽減すべきだ」と提言。

 日本医師会(日医)会長の松本吉郎は怒りをあらわにし、「調査の対象になった3年間はコロナ特例の上振れ分が含まれている。もうかっているという印象を与える恣意(しい)的なものと言わざるを得ない」と会見で財務省側を強く批判した。

◆報酬を決める財務相や首相に献金献金献金

 診療報酬を調べるきっかけになったのは21年度末の前回改定率の決定を巡り、日医の政治団体日本医師連盟」(日医連)と「国民医療を考える会」が、決定約3カ月前の同年9月27日と10月1日、財務相(当時)の麻生太郎が率いる麻生派に計5000万円もの異例の高額を献金したことだった。

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岸田文雄首相=千葉一成撮影

 この間の9月29日には自民党総裁選が行われ、岸田が勝利したが、日医連は総裁選当日、岸田の資金管理団体「新政治経済研究会」に、例年の岸田側への数百万円に上乗せして1000万円を献金していた。

 眼科医の政治団体「日本眼科医連盟」も岸田政権誕生9日後の10月13日、同会に1000万円を献金。確認できた13年以降で、岸田側への初めての献金だった。

 改定率決定に最も大きな影響力を持つ政府中枢に、なぜこれほどの医療マネーが流れこむのか。改定率は果たして合理的な根拠に基づいて決まっているのかという疑問が膨らんだ。

◆医療費は回りまわって献金として政治家に流れ込む

 冒頭の首相官邸。岸田は厚労、財務双方のメンバーと続けて会談した後、執務室にこもった。「首相はそのとき、党幹部や厚労族らと電話で話したようだ」と関係者。30分後、武見と鈴木らが今度は一緒に呼ばれ、首相の裁定が伝えられた。

 プラス0.88%(約4300億円)。双方の主張の真ん中を落としどころにしたような政治決着だった。

 政権与党の中枢に提供された多額のカネの原資は医師が支払う政治連盟会費であり、もとは保険料と税などによる医療費だ。国民に負担増を強いる一方で、業界からカネが還流する利権の構造にほかならない。昨年分の政治資金収支報告書は今秋公開される。(文中敬称略、杉谷剛)

 日本の医療提供体制 先進国の中で、病院や病床数、入院日数が突出して多いのが特徴。勤務医の数は経済協力開発機構OECD)の平均より少なく、病院の医師が分散して手薄になる「低密度医療」なため、新型コロナウイルス禍では医療逼迫(ひっぱく)を繰り返した。発熱外来を行った医療機関も少なく、感染拡大時は診てもらえない発熱患者が続出。かかりつけ医だと思って電話をしても診療を断られる例が相次いだ。

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<連載:医療の値段・第3部・明細書を見よう>(全7回)

 「医療の値段」である診療報酬が6月から改定され、高血圧など3つの生活習慣病の管理料が見直された。患者は全国に約2500万人。診療所やクリニックの収入の柱で「聖域」とされ、過剰な診療も一部で見過ごされてきた。改定で患者や医療現場にどのような影響が出るのかを探った。

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<連載:医療の値段・第1部・環流する票とカネ>(全6回)
<①>麻生太郎氏が「頼まれたから上げた」と語った診療報酬改定
<連載:医療の値段・第2部・診療報酬を巡る攻防>(全7回)
<①>「診療所はもうかっている」調査結果に日本医師会の会長は激怒した