電気ガス代補助に関する社説・コラム(2024年6月28・29日)

電気ガス代補助/再開は政策の一貫性欠く(2024年6月29日『神戸新聞』-「社説」)
 
 政権維持の思惑が透けて見えるかのような、拙速な政策と言わざるを得ない。
 政府は8月から10月までの3カ月間、物価高対策として電気とガス料金への補助を復活させる。岸田文雄首相が先週の記者会見で唐突に表明し、「暑い夏を乗り切るための緊急支援だ」と説明した。ガソリンの補助は年内に限り継続する。
 光熱費の補助は、円安やロシアのウクライナ侵攻によるエネルギー価格の急騰を受け、2023年1月分から始まった。一時的な緩和措置との位置づけだった。
 その後、段階的に補助額を減らし、今年5月分で打ち切った。火力発電の燃料となる液化天然ガス(LNG)や石炭の輸入価格がウクライナ危機前の水準まで下がったことを理由とした。
 ところが、足元でLNGなどの価格が落ち着いているにもかかわらず、丁寧な説明も議論もないまま方針転換した。光熱費補助にはこれまでに3兆7千億円超の予算が計上されたが、再開により4兆円規模に膨らむという。
 一貫性を欠く政策だ。9月の自民党総裁選を見据えた「ばらまき」との見方が広がるのも無理はない。巨額の支出に見合った対策なのか、疑問を抱く国民は多いだろう。
 そもそも光熱費やガソリンに対する一律の補助金は、富裕層にも恩恵が及ぶ上に、長期化するほど市場をゆがめる恐れがある。国が取り組む脱炭素の流れにも逆行する。弊害は決して小さくない。
 電気ガス代の補助が再び必要と言うのであれば、これまでの効果や問題点を点検し、示すべきだ。
 岸田首相は、秋に新たな経済対策をまとめる考えを併せて示した。年金世帯や低所得者への給付金支給を検討するという。
 24年度の公的年金の支給額は前年度比2・7%増で物価上昇率に追い付かず実質的に目減りしているが、これは現役世代の負担が過重にならないよう支給額を抑える「マクロ経済スライド」の結果である。年金の受給額は現役時代の給与などにより個人差が大きく、一律に支給対象とすれば格差を広げかねない。
 岸田内閣は経済財政政策の基本的な考え方を示す「骨太の方針」で、財政再建の年次目標を復活させたばかりだ。しかし内閣の裁量で使える予備費を充てる今回の電気ガス代補助を見る限り、財政規律の立て直しに対する政権の本気度は疑わしい。

 
電気ガス代補助 検証なき再開は問題だ(2024年6月28日『北海道新聞』-「社説」)
 
 政府は緊急の物価対策として電気・ガス料金補助を8月分から3カ月間復活させることを決めた。ここ数年、道内でもエアコンを手放せない暑さが続き、家計に一定の効果はあろう。
 だが補助は高騰していたエネルギー価格が落ち着いたとして5月使用分で終了したばかりだ。岸田文雄首相は「酷暑を乗り切るため」というが、7月分は間に合わず政権浮揚目的で唐突に打ち出した感は否めまい。
 しかも補助先は以前同様に利用者でなく電力・ガス会社という。規制料金値上げで軒並み好決算の北海道電力など大手が経営努力で料金圧縮すべきなのに国が肩代わりする形に見える。
 価格補塡(ほてん)はインフレ助長の側面も指摘され、根本的な解決とはならない。物価高の主な原因は急激な円安であり、その対策こそが急務である。
 補助による減額は標準世帯で電気が月約1400円、ガスは約450円と以前の制度と同水準になる見通しだ。数千億円とされる財源には本年度予算の予備費を活用するという。
 確かに補助打ち切りの6月使用分は各社とも値上がりし、道内の電気料金は現在の標準世帯モデルでは最も高くなった。
 ただ先週の党首討論では立憲民主党泉健太代表が「なぜ電気・ガスの補助金を切ったのか」とただしたのに対し、首相は全く答えなかった。そのわずか2日後の唐突な方針転換だ。
 自民党の政調全体会議でも「エネルギー政策が行き当たりばったりでいいのか」「党の議論がないがしろにされている」との不満が出た。これでは国民は困惑するばかりだ。
 富裕層も含めた一律でなく、困窮世帯に的を絞った直接給付の方が効果的との声は多い。
 火力中心の電力に対する補助は脱炭素に逆行するとの懸念も強い。再生可能エネルギーの主力電源化への道筋を示した上で過渡的な例外措置とすべきだ。
 日銀はマイナス金利解除に続き、毎月6兆円程度だった国債買い入れの減額を決めた。具体的な規模は来月示すが、長期金利が上向き、海外との金利差縮小で円安抑制も期待される。
 本来なら政府も呼応して国債発行の減額に努めなければならない。コロナ禍以降拡大した借金頼みの放漫財政を改める転機とすべきだろう。
 検証と反省なきバラマキ政策に歯止めをかけねば、財政健全化の道筋も遠のく一方だ。
 首相は秋に経済対策も明言する。事業規模ばかり追い求め歳出拡大を続ければインフレと不況の同時進行に陥りかねない。
 

電気・ガス代補助 迷走のツケは国民に(2024年6月28日『茨城新聞山陰中央新報佐賀新聞』-「論説」)
 
キャプチャ
電気・ガス料金の負担軽減策などについて記者会見する岸田文雄首相=21日、首相官邸
 
 政府は、終了した電気・ガス代の負担軽減策を再開する。真夏の冷房需要への支援が目的という。併せてガソリン代への補助は年末まで続ける。秋には経済対策をまとめ、年金世帯や低所得者への給付金支給を検討するとしている。
 岸田文雄首相が唐突に表明したこれらの施策は計画性や合理性に乏しく、政策運営の迷走と言うほかあるまい。多大な財源の確保、脱炭素への逆行などでツケを負うのは国民であり、妥当性が厳しく問われるべきだ。
 首相は国会閉幕に伴う記者会見で一連の対策を明らかにした。電気・ガス代補助は5月使用分で終了していたが、これを8月から3カ月間再び実施。両方合わせて1世帯で月1850円程度の軽減とする見通しだ。
 岸田首相は補助再開を「酷暑乗り切り緊急支援」とうたう。もっともらしい説明だが、夏本番の7月が含まれない一方で、暑さで需要の減るガスを対象とするなど、ちぐはぐ感は覆い隠せまい。
 ガソリン価格を抑える補助金は、原油高騰を受けて2022年1月に開始。「出口」の議論を欠いたまま延長を繰り返し、現在に至る。この間、補助のための予算は6兆円余り。車所有者に恩恵が偏り、価格抑制がかえってガソリン需要を喚起する点が「温暖化対策に反する」などと批判されてきた。
 このため21日に閣議決定した今年の骨太方針は、補助事業の「早期の段階的な終了に向けて出口を見据えた検討を行う」と盛り込んだばかりだった。その決定を無視するような首相の態度には、あきれるほかない。
 岸田首相がにわか対策に追い込まれた背景に、低迷する支持率浮上の思惑があるのは疑いようがない。加えてインフレが収まらず、賃上げの追い付かない状況が長期化している点があろう。一連の対策によって0・5ポイント以上の物価押し下げ効果を目指すという。
 しかし、これでは経済無策のそしりを免れない。エネルギー価格が一時より落ち着く中で物価高が続くのは、歴史的な円安が食品や原材料の輸入コストを押し上げている面が大きい。日銀による金利正常化の遅れが円安を深刻にしており、長年の異次元緩和のツケが回ってきたと理解すべきだ。
 秋の対策で検討する年金世帯への給付金は、既存の政策との整合性や公平性が課題となる。24年度の改定で公的年金物価上昇率ほどは上がらず実質目減りしたのは、年金制度を持続させるための仕組みが働いた結果だ。「物価高」を理由に給付金でそれを補えば、仕組みの趣旨自体を空洞化させることになろう。
 年金暮らしであっても資産に余裕のある家計は少なくない。6月から1人計4万円の定額減税が実施された点と考え合わせれば、追加的な給付金は苦境にある低所得家計に絞るのが妥当である。
 一連の財源は予備費補正予算で確保する見通しだが、この点も問題だ。多額の予備費の存在が「政権のポケットマネー」のようなばらまきを可能にしているからだ。国債による借金で補正を組むことになれば、25年度に基礎的財政収支プライマリーバランス)を黒字化する財政健全化目標の達成は危うくなる。支持率回復を狙った対策が、むしろ政策運営への国民の不安と政治不信を高めた点に、首相は気付いているだろうか。
 

きゅうきゅうしゃになる!?(2024年6月28日『山陰中央新報』-「明窓」)
 
 思わぬ言葉に耳を疑った。松江市内で幼稚園の年長児と小学1年生の交流授業を見学した際のこと。一人の女児に笑顔で話しかけられた。「きゅうきゅうしゃになる!」。
 救急車? 聞き直してもそう聞こえる。改めて尋ねてようやく納得した。「救急車」ではなく「研究者」だった。単純な聞き間違い。ほっとしたせいか、何の研究者になりたいのか聞き忘れた。
 その3日後、思わぬ言葉に「また聞き間違いか」と耳を疑った。「酷暑乗り切り緊急支援として8、9、10月の3カ月について、電気・ガス料金補助を行います」。通常国会閉幕に合わせて記者会見した岸田文雄首相が、5月使用分を最後に終了した補助を一転して復活させる方針を打ち出した。
 物価が高止まりする中、家計の負担が減るのはありがたい。とはいえ、火力発電などの燃料となる液化天然ガス(LNG)や石炭の輸入価格が落ち着いたとして、いったん終了したはず。電力業界からは「足元でLNG価格は下落しており、政策の整合性が取れない」という声も聞こえてくる。何ともちぐはぐで唐突感が否めない。
 それもそのはず。内閣支持率は低迷が続き〝救急搬送〟が必要な状況。9月の自民党総裁選を前に、続投へ意欲を見せる首相が政権浮揚のアピール材料にしたいのだろう。ただ国の財政負担は膨らむばかり。冒頭の女児が財政を立て直す研究者になってくれないだろうか。(健)

物価高追加対策 唐突な転換、説明が不足(2024年6月26日『秋田魁新報』-「社説」)
 
 電気・ガス料金の負担軽減策を8月から3カ月間行う―。岸田文雄首相が物価高への追加対策を表明した。
 追加対策とはいっても、この軽減策は5月使用分を最後に終了したばかり。火力発電などの燃料となる液化天然ガス(LNG)や石炭の輸入価格がウクライナ危機前と同水準に落ち着いたことが終了の理由だった。
 LNG価格は現在も下落傾向にある。それにもかかわらず、わずか3カ月後に再開するのは理解に苦しむ。唐突に方針転換する理由について岸田首相には丁寧な説明が求められる。
 追加対策が明らかにされたのは通常国会が事実上閉会した21日の記者会見。ガソリンや灯油など燃油価格抑制策の年内継続や、年金世帯や低所得世帯を対象にした給付金支給の検討などとともに表明した。
 記録的な円安などによって、食品を中心に物価上昇が続く。毎月勤労統計調査では、物価変動を考慮した1人当たりの実質賃金が4月まで25カ月連続マイナスとなっている。
 政府は物価高に苦しむ家計支援として低所得世帯への現金給付、6月からの1人当たり計4万円の定額減税を実施した。まずその効果を検証、分析することが必要だ。それがないままに追加対策を打ち出すのは性急過ぎよう。政権浮揚を視野に入れた「ばらまき」と言われても抗弁できないのではないか。
 年内に限り継続するとした燃油価格の抑制策は、原油高への対応策として2022年1月に開始。以来延長を重ねてきた。特に車が生活に欠かせない地方にとって助けとなる対策であることは確かだ。
 ただ予算総額は既に6兆円を超え、国の借金を膨らませ続けている。化石燃料への補助は世界の潮流である脱炭素に逆行するとの批判も強い。緊急対策として始めていながら、いつまでも出口が見えないままでよいはずはない。
 国債発行残高が1千兆円を超え、先進国で最悪といわれる財政状況だ。金融政策の正常化で金利が上昇、利払い増で財政運営が難しくなる懸念も高まる。
 経済財政運営の指針「骨太方針」では基礎的財政収支プライマリーバランス)を25年度に黒字化する現行の目標を堅持した。これに逆行するような財政支出の膨張を続けることは避けなくてはならない。
 燃油価格の抑制や電気・ガス料金の負担軽減は富裕層へも広く恩恵が及ぶ。こうした支援は始めるよりも、終わらせることが難しい。期限を定めてスタートさせることが肝要だ。出生数が減り、人口減少局面にある国が将来世代につけを回し続けることは許されない。
 家計が厳しい折の給付や補助が歓迎されるのは自然かもしれない。しかしそれが政権の人気取り目当ての大盤振る舞いであってはならない。厳しい目を向けていくことが大切となる。