◆「今日もこんなに暑いのに…」 軽減再開は「8月から」
「酷暑乗り切り緊急支援として、8、9、10月分の3カ月について電気・ガス料金補助を行います」。21日夕、官邸で記者会見した岸田文雄首相は突如として、5月使用分(6月請求分)で打ち切った電気・ガス料金の負担軽減策を再開すると述べた。標準世帯で電気料金が月約1400円、ガスが月約450円減額になる方向で調整中のようだ。
気温は30度ほど。湿度も高く、汗がにじんでくる。「暑い」と日陰のベンチに腰かけていた齢(よわい)90という男性は「唐突だ。それより税金を下げるべきだ」と言葉少なに切り捨てた。
埼玉県から訪れた70代の女性も「どうせ人気取り。首相自身のためでしょ」と一蹴し「補助が再開されても生活の苦しさは変わらない。物価高をなんとかしてほしい」と冷ややか。会社員女性(22)は「補助再開は助かるけど、給料を上げてほしい」と実質賃金の伸び悩みへの不満をうかがわせた。
厳しい暑さでかげろうや逃げ水が現れた市街地=24日、静岡市
会社員男性(46)は「物価高で家計も苦しいので、やってくれたほうがありがたい」と一定の評価をしつつ「首相のイメージアップ戦略だとすれば複雑。本当に国民を向いて仕事しているのか」と不信感を拭えない様子だった。
大学生の女性(20)は「今日もこんなに暑いのに、支援するなら8月よりもっと早く始めないと意味がない。エアコンをつけずに我慢して熱中症になってしまう高齢者が多くでてきてしまうのでは」と疑問を投げかけた。
◆燃料価格高騰対策から「酷暑対策」に目的チェンジ
そもそも電気・ガス料金の負担軽減策は、ロシアのウクライナ侵攻に伴う燃料価格の高騰対策で昨年1月に始まった。5月での打ち切りは、原燃料となる液化天然ガス(LNG)や石炭の輸入価格がウクライナ侵攻前と同水準に落ち着いたとして、政府が今年3月に決めたばかりだった。現在もエネルギーの輸入価格は上がっていない。
今回の再開方針について、経済産業省資源エネルギー庁の担当者は「首相が会見で説明した通り、酷暑を乗り切るための緊急支援を行う必要があると首相が判断した」と説明。本格的な夏に入る7月からではなく8月からとする理由は「なるべく早いタイミングでの緊急措置が必要と考えているが、(約800社に上る)電気やガスの小売事業者の事務手続きに要する期間があるため」で「7月が対象に含まれないので10月までとなる」とした。
秋の10月を7月と同等扱いでいいのか疑問が残るし、バタバタ感は否めない。
身内の自民党内からも、首相の判断に疑問の声が上がる。ある閣僚経験者は「5月にやめたばかりなのに、急に再開するなんて。本音では経産省も怒っている。定額減税もそうだが、首相の急な思い付き。秋の総裁選を念頭に、自分のためだ」と突き放した。
◆内閣や自民党の支持率は ※4人に1人なら25%
既に定額減税を6月から始めた岸田首相だが、四面楚歌(そか)の状態にある。
6月に報道各社が実施した世論調査で内閣や自民党の支持率は軒並み低調だ。共同通信の調査(22、23日)では、支持率は前月より2.0ポイント低い22.2%。定額減税が物価高の家計支援として有効だと「思わない」が69.6%に上った。
朝日新聞は15、16日に行った調査で、自民の支持率が19%にとどまり、2001年以降、政権与党にいる状況で、初めて10%台となったと報じた。22、23日に調査を行った毎日新聞は、内閣支持率が17%、不支持率は77%で8カ月連続で70%を超えたとした。読売新聞が21〜23日に行った調査で、内閣支持率は発足以来最低の23%だったという。
◆『いまだけ、カネだけ、自分だけ』という政治
また、23日に公開されたインターネット番組で自民党の菅義偉前首相が裏金事件について「首相が責任に触れず今日まで来ている。不信感を持っている国民は多い」と言及。事実上の退陣要求と受け取れる発言として注目された。
今秋に自民党総裁選が控える中、定額減税や電気・ガス料金補助と経済対策を小出しする岸田首相の思惑はどこにあるのか。政治ジャーナリストの角谷浩一氏は「実際は選挙対策であってもそう見られないような施策を考えるのが本来のやり方なのだが…。見え見えすぎる」と苦笑する。「岸田首相は『いまだけ、カネだけ、自分だけ』という政治を体現している」
さらに「閣内や党内で議論した形跡もなく突然、今回のような対応を決める。お得なセールのように小出しにするが、議論を封じ込めることになり、抜本的な対応にもならず政策とは呼べない」と批判する。
◆この先に数々の「負担増」が予定されている
肝心の経済的効果は期待できるのか。経済ジャーナリストの荻原博子氏は「月約1400円の削減になるのは助かる」としつつ「だからといって岸田首相に感謝する人は少ないのでは。まず7月をどうするのかという不安のほうが大きい」と話す。定額減税も評価する声が少なく、岸田首相の経済対策が支持率向上につながらないのはなぜか。「場当たり的で恩着せがましい。この先に『子ども・子育て支援金』や防衛費増額など数々の負担増が予定されているのに、少しおまけしてもらったからといってありがたがる気持ちにはならない」
「酷暑」を理由に8〜10月の電気・ガス料金を補助する方針に、荻原氏は「10月はもともと電気代が抑えられる時期。同じ3カ月実施するなら1月や2月といった電力使用量がピークとなる時期に充てるべきではないか」と訴える。
◆「目的と手段があまりに露骨に逆転している」
「岸田首相は現状に焦りを感じ、これからも次から次へと小出しに施策を打ってくる可能性がある」と指摘するのは中央大の山崎望教授(政治理論)。21日の会見で岸田首相が改憲への意欲も見せたことに「大きなことを成し遂げたいという思いがある中で最大のテーマが改憲。本来慎重になるべきだが、総裁選の戦略カードとしてちらつかせる可能性もある」。外交面では最近、拉致問題で日朝関係者の接触が取り沙汰されており「短期的な視野で外交面での強さをアピールしようという狙いがあるのかもしれない」とみる。
減税や外交、果ては改憲まで、政権の延命策に利用しているようにみえる。「権力、地位ありきで国民の生活や憲法の問題などが手段となっている。目的と手段があまりに露骨に逆転している」と山崎氏は危ぶむ。政治とカネの問題など、旧来の自民党政治からの脱却が期待されているのに、大きな変化がないとし、山崎氏はこう強調する。「支持されないのは、厳しい生活に政治が目を向けていないからだ。もっと国民生活に寄り添った対応が求められている」
◆デスクメモ
物価高に賃上げが追いつかないので補助を継続するなら分かる。だが「酷暑だから再開」とは。自らの至らなさを省みず、不誠実だ。機運が高まらないのに改憲を口にするのは、保守層の歓心を得たいからだろう。テーマの重大さにそぐわぬ軽さを感じ、夏至を過ぎて寒気を覚える。 (北)
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