十数億円の遺産寄付巡り市と実兄ら対立、資産家「紀州のドン・ファン」の「遺言書」は有効か…21日地裁判決(2024年6月19日『読売新聞』)

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 和歌山県田辺市で2018年に死亡した資産家で、「紀州ドン・ファン」と呼ばれた会社経営者の男性の「遺言書」が有効かどうかが争われた民事訴訟の判決が21日、和歌山地裁で言い渡される。男性の実兄らは、全財産を同市に寄付すると書かれた遺言書を「偽造だ」とし、相続手続きを任された弁護士らを訴えている。遺産は十数億円とされ、地裁の判断が注目される。(和歌山支局 村越洋平)
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これが…野崎さんが書いたとされる遺言書。赤のサインペンで<いごん>などと書かれている
 男性は野崎幸助さん(当時77歳)で、18年5月に同市内の自宅で亡くなっているのが見つかった。野崎さんに致死量を超える覚醒剤を飲ませて殺害したとして、県警は21年4月、元妻の須藤早貴被告(28)を逮捕。須藤被告は殺人罪などで起訴された。地裁で裁判員裁判で行われる予定で、事前に争点や証拠を絞り込む公判前整理手続きが続いている。
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野崎幸助さんと元妻の須藤早貴容疑 
 民事訴訟で遺言書かどうかが争われている書面には、<いごん><個人の全財産を田辺市にキフする>などと赤色サインペンで書かれていた。法律の専門家である公証人が作成・保管する公正証書遺言ではなかったが、野崎さんが経営していた金融会社(破産手続き中)の元幹部が保管していた。書面には野崎さんの署名や押印のほか、亡くなる5年前の13年2月8日の日付も書き込まれていた。
 書面について、元幹部の申し立てを受けた和歌山家裁田辺支部が18年9月、自筆の署名や日付があり、遺言書としての形式は整っていると判断。これを受け、市は19年9月に遺産を寄付として受け入れる方針を発表した。家裁支部は、遺言に基づいて手続きを進める遺言執行者として和歌山弁護士会の弁護士を選任した。
 市の方針に野崎さんの実兄らが反発し、遺言執行者を相手取り、「書面は何者かに偽造されたもので、無効だ」とする訴えを20年4月、地裁に起こしていた。
 実兄側は訴訟で、資産家の野崎さんが、内容を熟慮して作成したものとは考えられず、市に全財産を寄付する合理的な動機はないと主張。筆跡鑑定に詳しい魚住和晃・神戸大名誉教授らに鑑定を依頼し、「野崎さんの筆跡とは異なる」とする結果も証拠として地裁に提出した。
 一方、遺言執行者側は、家裁支部の判断を根拠に「野崎さんが書いた有効な遺言書だ」と反論。利害関係があるとして遺言執行者側を補助するため訴訟に参加する市は、野崎さんが過去に市への寄付実績があり、全額寄付の意向も不自然ではないと主張している。
 市によると、野崎さんの遺産は20年時点で、預金や有価証券など少なくとも13億2000万円に上る。このほか、土地や建物、絵画などもある。市は19年度以降、遺言執行の経費として弁護士委託料など6500万円以上を支出している。市の担当者は「早くこの問題に区切りをつけ、粛々と手続きを進めたい」と話す。
無効なら民法の規定に基づくが…
 遺言書が無効になった場合、相続は民法の規定に基づいて行われる。子どもがいなかった野崎さんの場合、相続分は元妻の須藤被告が4分の3、きょうだいが残る4分の1となる。ただし、民法では被相続人を故意に死亡させ、有罪が確定した人は相続できないとされる。須藤被告は野崎さんの死亡時の妻で、刑事裁判の判決が確定するまで相続分は決まらない。

紀州ドン・ファン」13億円寄付の遺言は有効? 21日に判決(2024年6月19日『毎日新聞』)
 
 「いごん 個人の全財産を田辺市にキフする」。簡易的な用紙に赤のサインペンで書かれた「遺言書」の有効性を巡る民事訴訟の判決が21日、和歌山地裁で言い渡される。書いたとされるのは、「紀州ドン・ファン」と呼ばれ、2018年5月に急性覚醒剤中毒で死亡した田辺市の会社社長、野崎幸助さん(当時77歳)。遺言書が無効だと訴える野崎さんの親族側と、有効だとする田辺市側のどちらの主張が認められるのか。約13億円とされる野崎さんの遺産の行方に注目が集まっている。
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 ◇死後に「遺言書」
 遺言書は野崎さんの死後、生前に経営していた会社関係者の男性が預かっていたことが判明。その後、和歌山家裁田辺支部が遺言書の要件を満たしていると判断した。
 田辺市が受け取りのための手続きを進めていたところ、野崎さんの兄ら4人の親族が遺言書の無効を訴えて和歌山地裁に提訴。被告は遺言執行者の弁護士だが、実質的には「補助参加人」として訴訟に加わっている田辺市が主張を展開してきた構図だ。
 遺言書が無効となった場合、法定相続人は配偶者が4分の3、きょうだいが4分の1となる。一方、死亡時の配偶者である元妻(28)は野崎さんに対する殺人罪で起訴されており、有罪判決が確定した場合は民法の定めによって相続権を失う。
 ◇筆跡が最大の争点
 最も大きな争点は、筆跡が野崎さんのものであるかどうかだ。
 親族側と田辺市側はそれぞれ3件の鑑定結果を提出。市側は遺言書と本人の自筆とされる督促状の署名が類似しており、「野崎さんが自書したものである」と主張する。一方、親族側は署名が別の機会に書かれたとは考えられないほど酷似しているとし、「透写により偽造された可能性が高い」などと訴えている。
 遺言書が公証役場で専門家によって作成・保管される「公正証書遺言」ではなく、手書きの「自筆証書遺言」である点も説明が求められている。
 公正証書遺言の場合、利害関係のない証人の立ち会いが必要だ。市側は「立会証人から内容が漏えいするリスクがある」として、自筆証書遺言を採用する合理性があるとしている。それに対し親族側は、「少なくとも10億円を超える財産の全てを市に遺贈するという重要な法律行為で、紛失や汚損の可能性がある自筆証書遺言を選ぶことは考えにくい」と指摘する。
 遺言書を預かっていた男性は、他の郵便物とともにビニール袋に入れて自宅で保管していた。2013年2月ごろ自宅に届いたと説明し、野崎さんから「まだまだ死ぬつもりはないが、万が一の時には自分の財産を郷里の発展のため役立ててもらいたい」と電話があったと証言している。
 親族側は男性が弁護士や行政書士といった専門家ではないこと、特徴的な内容にもかかわらず死後約17日間も遺言書の存在を忘れていたとすることなどから、「遺言書を男性宛てに作成すること自体が不合理であり、不自然な供述も多い」と主張する。
 ◇寄付する動機は?
 また、野崎さんが田辺市に全財産を寄付する動機の有無も争われている。市側は野崎さんから1976~90年、6度にわたって計1200万円の寄付を受けたと指摘。親族側は最後に寄付したのが遺言書の作成より20年以上前であることや、他の地方自治体にも寄付していることから「過去に寄付した事実は、全財産を遺贈する動機を示すものではない」としている。
 ◇市側に立証責任
 一般的に遺言の無効確認請求訴訟では、被告に本人が自筆したとする事実の立証が求められる。本人以外の何者かが書いたなどとする偽造の立証までは必要とせず、自筆が認められなかった場合には無効となる。
 京都産業大の渡辺泰彦教授(家族法)は「本人が自筆した遺言書であるのならば、故人の意思を尊重して無効となるのは避けたいのが基本。しかし今回のような訴訟の場合、立証責任のある田辺市側が不利になると考えられる」と指摘した。【安西李姫、藤木俊治】