障害のある当事者が、映画やドラマで当事者役を演じる。そんなニーズが高まる中、障害や特性に合わせた育成・マネジメントを行う障害者専門の芸能プロダクションが注目を集めている。どんな地平を拓(ひら)こうとしているのか。
ボイストレーニングで大きな声を出すアヴニールの所属俳優=いずれも新宿区で
◆知的障害やダウン症の所属俳優
「怒鳴らないように、歌う声を出すよ!」。ボイストレーナー水野幹子さん(65)に促され、「あ、あ、あ、あ~」。新宿で行われた障害者専門の芸能プロダクション「アヴニール」(荒川区)のレッスン。2時間にわたるボイストレーニングと日本舞踊の稽古に、知的障害やダウン症のある19人が参加していた。
6~34歳と年齢はばらばら。幼い子が座り込むと、年上の仲間が手を差し出して励ます。最後の「ソーラン節」では皆で足を広げて踏ん張り、声を張り上げた。「どっこいしょー!」
笑顔で歌っていた難波咲さん(16)は「ソーラン節が楽しかった」。川井鷹さん(24)は「日舞の『さくら』が好き。舞台に立ちたい」と話した。
◆海外の専門プロダクションの存在に触発
「アヴニール」とはフランス語で「未来」などの意味がある。ヘアメーク事務所などを経営していた田中康路社長(50)が、知的障害者向けの取り組みを始めたのは2008年。知的障害児の教育に取り組んだ石井筆子(1861~1944年)の生涯を描いた映画「筆子・その愛」(山田火砂子監督、2007年)の上映会運営に関わり、「海外には障害者のプロダクションがある」と知ったのがきっかけだった。
芸能界を目指す知的障害者を集めてオーディションを行い、レッスンを重ね、バラエティー番組の再現VTRやドラマ出演を実現させた。17年、アヴニールを設立。知的障害者専門だったが、昨年から身体障害者との契約も始め、現在俳優やタレント56人が所属する。芸能活動のためのレッスンが中心だが、「習い事をさせるところがない」という保護者の声を受け、プロを目指さない人も参加できるスクールも開いている。
◆ 「収益化は難しい」…でも福祉よりビジネス
これまでにNHKEテレ「バリバラ」で準レギュラーになったあべけん太さん(ダウン症当事者)や映画「PERFECT DAYS」に出演した吉田葵さん(同)らを育成してきた。「当事者が当事者役を演じるべきだ」という風潮もあって出演依頼は増えている。
ただ、順風満帆ではない。「障害者を見せ物にするのか」という反応は今も残る。撮影現場のスタッフらに障害や特性への理解がないために俳優が傷つくこともある。せりふを覚え、イメージトレーニングを重ねて「俳優」として臨んだのに「いつものあなたでいい」と言われて混乱したり、「プロとしてはそれはダメだよ」と声をかけられた時、「プロとしては」が理解できずに「ダメだよ」にショックを受けたりしたこともあった。
田中さんの原点は、08年に活動を始めて間もないころ、観客にどう見られるかを気にせずに自由に演じる障害者の舞台を見て「音楽というより、音そのものになっている。これこそエンタメ」と心を奪われたことだ。芸能事務所として「マネタイズ(収益化)は難しい」としつつ、福祉ではなくあくまでもビジネスで勝負する。「彼らはものを与えているのだから、ギャラをもらって税金を支払い、社会の役に立つ。そこまでいかないと」
文・石原真樹/写真・佐藤哲紀
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