JR旅客6社が、2025年4月から精神障害者の運賃割引制度を始める。東京メトロや京成電鉄などの大手私鉄9社も、今年から来年にかけて相次いで開始する。導入済みの事業者と合わせて、JRグループや大手私鉄16社の全てで実施されることになり、先行していた身体障害者、知的障害者の水準にようやく並ぶ。ただ、日常生活で利用するには厳しい条件がなお残る。(我那覇圭)
精神障害 統合失調症や双極性障害、てんかん、薬物やアルコールなどの依存症、高次脳機能障害、発達障害などを指す。2023年版の厚生労働白書によると、推計で全国に614万8000人おり、身体障害の436万人、知的障害の109万4000人を上回っている。
JR山手線(資料写真)
◆身体、知的障害者の割引制度は30年以上前に開始
JRが今年4月に発表した割引制度では、精神障害の重さや一緒に乗る介助者の有無、乗る距離などに応じて、普通券や定期券などを半額にする。いずれも30年以上前に割引を始めた身体、知的の障害者と同様の設定にした。
対象者は、障害が最も重い精神障害者保健福祉手帳1級の人が「1種」、2級と3級の人は「2種」に分けられ、1種や12歳未満の2種の人が介助する人と一緒に乗ると、2人とも割り引かれる。一方、1種も2種も1人で乗る場合は、片道の営業距離が100キロを超えない限り割引は適用されない。
距離の条件は、JRの前身の国鉄が身体障害者の運賃を軽減する際に設定。知的障害者に続き、精神障害者の割引でも反映された。障害の等級や距離に関係なく普通券を半額にする京成電鉄などの一部を除き、大手私鉄各社はJRと同じような条件にしている。
首都圏に多くの路線を持つJR東日本の担当者は、割引制度の導入について「共生社会の実現に向けた『共助』という観点を踏まえた」と説明。一方で、公共性のある割引は本来、国の社会福祉政策で行われるべきだとの見解も示す。事業コストの増加や他の利用客の負担増にもつながるとして、制度の拡充には慎重だ。
◆運賃の負担重く、外出にハードル
「ちょうど昨日、100円均一のお店に電車で買い物に行こうとしたけど、運賃が何倍も高くつくことに気付いてやめました」。中学校時代から拒食症やうつ症状などと向き合ってきた相良真央(さがらまお)さん(40)は、取材にこう苦笑した。
スマートフォンで鉄道を使った移動方法を確かめる相良さん
相良さんは宮崎県出身で、精神障害者保健福祉手帳は2級。2016年の熊本地震で被災した熊本県で、同じような境遇にある仲間の居場所づくりに奔走した後に上京し、現在は一般社団法人「精神障害当事者会ポルケ」(東京都大田区)の理事を務めている。
都内では鉄道を使う機会が増えた分、運賃の高さに頭を悩ませてきた。月収は障害年金の7万円ほど。家賃を支払った後の残りを切り詰めて暮らさざるを得ず、数百円の運賃でも負担感は大きい。相良さんは精神障害者の割引制度について「自宅にこもっていると鬱々(うつうつ)としてしまいがち。外出しやすくなるのは歓迎したい」と受け止める。
だが、JRの割引制度では、1人での乗車は営業距離が100キロを超えないと半額にならない。東京駅で乗車する場合、宇都宮駅(栃木県)や熱海駅(静岡県)まで行く必要がある。近場での日常の買い物などには向かない。障害者手帳1級より圧倒的に数が多い2、3級の人への恩恵は限定的と言えそうだ。
精神障害者の運賃割引制度を導入するように訴えてきた全国精神保健福祉会連合会(通称・みんなねっと)の小幡恭弘事務局長は「悲願はかなったが、まだスタートラインに立ったばかりだ」と強調。一般的に障害者の収入は低いため、障害の種別にかかわらず、距離の条件を撤廃することなどを鉄道会社に求めていく考えを示した。同様の要望は、日本身体障害者団体連合会なども掲げている。(我那覇圭)