「障害者モデル」活躍広がる 広告など、理解深める機会に(2024年5月23日『日本経済新聞』)

 
笑顔の練習をするグローバル・モデル・ソサイエティー所属のモデル(東京都中央区
 
障害を持つ人がモデルとして活躍する場が広がっている。気づきにくい障害への理解を広げるため、障害児の親がモデル事務所を立ち上げるケースも出てきた。4月に改正障害者差別解消法が施行され、民間事業者には「合理的配慮の提供」が義務づけられた。障害の有無にかかわらず、機会やサービスが平等に提供される社会の実現に欠かせない存在になりそうだ。

「そう、もうちょっと口角上げて」。5月上旬、モデル事務所「グローバル・モデル・ソサイエティー」(東京・中央)で3人の女性モデルが鏡を手に笑顔の練習をしていた。3人にはダウン症や知的障害などの障害がある。ウオーキングや表現方法など学び、舞台や映画などに出演してきた。

指導するのは元パリコレモデルで事務所代表の高木真理子さん(61)。10年以上前から知的障害のあるモデルを育ててきた実績があり、2022年に事務所を設立した。現在は約20人の障害者モデルを抱えている。

CMや広告、映画の出演例も

高木代表は「モデルは商品を際立たせる素材。多様な人材が登場することで企業の可能性も広がる。海外のファッション誌ではハイブランドのキャンペーンにダウン症のモデルが起用されている」と語る。24年には米国を拠点に世界進出する計画も進めている。

知的障害がある町田萌香さん(36)は普段は別の仕事をしながらモデルや演技の仕事をこなす。「自分一人で経済的にも自活したい」という目標があり、「キツい練習もがんばれる」とほほ笑む。今春公開された、寺島しのぶさん主演の映画「わたしのかあさん―天使の詩―」にも出演を果たした。

CMや広告などでモデルとして起用する企業も目立ち始めている。電通ダイバーシティ・ラボの林孝裕代表は「12年のロンドン・パラリンピックで、英テレビ局チャンネル4が障害者を『スーパーヒューマン(超人)』と紹介し、見方を考え直す契機となった」とみる。日本でも21年の東京パラリンピックでの選手の活躍が理解を深めるきっかけとなった。

障害者の親が事務所を立ち上げた例もある。「華ひらく」(同・新宿)は21年に障害児のモデル事業を始めた。0〜15歳の約50人が所属。社長の内木美樹さん(41)は自閉症で重度の知的障害のある長男(10)がいる。

「透明な壁なくす」が原動力

2歳半で診断を受けた時、母親である自分が子どもの障害を受け入れられなかった。「息子はこの先どう育っていくのか」。情報は少なく相談もできなかった。「静かな場所で声を出してしまうかもしれない」。気軽に通えた店やカフェにも行けなくなり、世間との間に「透明な壁」があるように感じた。

「障害があっても堂々と生きられる社会をつくりたい」という思いが設立の原動力となった。

キットパス」の広告にはダウン症や知的障害のある小学生が起用された=日本理化学工業提供
 

日本理化学工業川崎市)は22年、お絵描き用チョーク「キットパス」の販促用チラシやカタログのモデルに数人の子どもを起用。うち2人は「華ひらく」所属のダウン症と知的障害のある小学生だ。広報担当者は「主原料を石油由来から米ぬか由来のワックスに変え、環境にも人にも優しくなったイメージを伝えられた」と手応えを語る。

理解の浸透、なお課題

ただ、ある事務所経営者は、起用を検討する企業から「車いすや四肢障害など『わかりやすい』障害」のあるモデルを求められたと明かす。起用が進む一方で、「障害者を宣伝に利用するのか」といったクレームを恐れる企業もまだ残る。

華ひらくの内木社長は「自分で症状を伝えることが難しい知的障害や精神障害など、見えにくい障害への理解は十分とは言えない」と話す。

内閣府の23年版「障害者白書」によると、身体、知的、精神を合わせた障害者の数は20年前の約2倍の1100万人に達した。日本社会のおよそ10人に1人は何らかの障害がある。電通ダイバーシティ・ラボの林代表は「高齢化に伴い、障害のある人の数は今後も増える。障害者を市場から排除せず、商品やサービスを通じた価値提供の対象として位置づけることが重要だ」と語る。

4月から民間事業者に障害者への「合理的配慮の提供」が義務化された。障害者に対し、正当な理由なくサービスの提供を拒否することなどを禁じている。広告などの媒体で障害者モデルの起用が増えることは、社会の理解を深めるきっかけとなるだけでなく、障害者にプロのモデルとして自活する道を開くことにもつながる。

海外で活躍先行 有名ファッション誌の表紙も

障害者モデルの活躍は欧米が先行している。英国では2020年ごろからダウン症のモデル、エリー・ゴールドスタインさんらがELLE(エル)などのファッション誌に登場するようになった。23年には英国版VOGUE(ヴォーグ)の表紙を飾り、世界の注目を集めた。

脳性まひで車いすが必要な米国のモデル、アーロン・フィリップさんはイタリアのファッションブランド「モスキーノ」のランウエーや米ブランド「ビクトリアズ・シークレット」のイベントに登場した。

「障害と経済」を研究する東京大の松井彰彦教授は「人種や性差なども含めて多様性への経験は欧米のほうが豊かで企業が起用しやすい環境がある」と指摘。「日本でも起用の拡大が見込めるが、障害を強調するのではなく、社会の一員として自然に登場するCMや広告が増えるといい」と期待する。(杉山恵子)

【取材後記】
取材中、「障害者」という言葉がずっと引っかかっていた。「障」は邪魔をする、「害」は妨げる、という意味だ。言葉が持つ力は強い。当事者自身が「障害者」と口にしたり、その言葉を聞いたりしたとき、本人や家族はどう感じるのだろうか。
華ひらくの内木社長は「『障害』という言葉が完全に別の言葉に変わらないままでは、この子たちの生きやすさにはつながらない」と話した。
京都光華女子大学の浜内彩乃准教授(医療福祉学)によると、日本の法律で「障害者」という言葉が初めて使われたのは1949年の身体障害者福祉法とされる。2010年には、国が障害の「害」の漢字表記の是非を検討したが、変更には至らなかった。
浜内准教授は「漢字表記は十分検討されるべきだが本質ではない。『障害者』という言葉への違和感を多くの人が話し合うことが大事だ」と語る。
認知症は以前「痴呆」といわれた。厚生労働省は04年に検討会を開き、誤解や偏見の解消を目的に、痴呆に代わる言葉として「認知症」を制定した。受ける印象はどれほど変わっただろうか。
海外の言葉にヒントがあるかもしれない。「性的マイノリティーに対して、LGBTという言葉が定着し日本でも理解が進んだ。『障害者』もそんなふうにならないかな」。内木社長が漏らした一言が胸に残った。