あすで発生から5カ月となる能登半島地震。甚大な建物被害が生じた結果、建て直しなどのために公費解体を望む人が多い一方、石川県では申請の1%台しか完了していない。登記上の所有者が複雑で、解体の同意を得るのに苦労するため、とも伝えられるが、事情はそれだけか。解体を巡る問題は、過去の災害でも取り沙汰された。教訓は生きているのか。(山田祐一郎、西田直晃)
◆「倒壊したのは多くが古い木造住宅」
能登半島地震では石川、新潟、富山、福井4県などで被害を受けた住宅が今月21日時点で12万3000棟余に上る。石川県では全壊8221棟、半壊1万6584棟と最も多くの被害が出た。
今後焦点となるのが、被災した住宅の解体だ。
◆同じ発生5カ月、熊本地震では10%を超えていた
生活環境の保全のために廃棄物処理法に基づいて原則、市町村が所有者に代わって被災した建物を解体・撤去する。特定非常災害の場合、半壊以上の建物の処理費用は国が97.5%を、残りを市町村が負担する。既に個人で解体している場合も補助が受けられる。
能登半島地震が特定非常災害に指定されたことを受け、環境省は1月に被災自治体向けに公費解体のマニュアルをまとめた。同省によると、2月ごろから申請の受け付けが始まった。申請後は書類審査、現地調査などをへて、解体業者と契約して着手に進む。
石川県内では、今月26日時点の申請が1万5614棟。このうち完了したのが227棟で、申請に対する割合は1.5%。2016年4月の熊本地震では発生から5カ月で申請が1万8千棟、解体済みは2600棟、完了の割合は14%と、今回の遅れが目立つ。
倒壊した建物を片付けるボランティア=石川県輪島市で
◆所有者が亡くなっても何十年も登記に変更なし
その要因としてよく報じられるのが登記の問題だ。
被災した建物の解体・撤去は原則、所有者全員の同意が必要なため、申請の障害となっているという。環境省の担当者は「この地域は古くからの住宅が多く、所有者が亡くなっても何十年も登記が変更されておらず連絡を取るのに難航する例が多いようだ」と話す。1月のマニュアルでも、所有者全員の同意が取れない場合、市町村に柔軟な対応を求めたが、今月28日に改めて市町村の判断で解体できることを通知した。
ただ問題は他にもある。申請から着手までに時間を要しているという。
◆2月に受け付けた解体、始まったのは5月下旬
その一例が内灘町。2月26日から受け付けた申請は約300棟だが、解体の着手は今月20日。現在は4棟が解体中だ。同町の担当者は「申請を受けてもマンパワーが足りず、現地調査や費用算定などに時間がかかっている」と話す。
現地調査などの業務は自治体が専門のコンサルティング業者に委託している。環境省の担当者は「周辺地域からも派遣してもらっているが、それでも間に合わず、増員をお願いしている。所有者の立ち会いも必要で、遠方に避難する住民が多い事情もある」と説く。
とはいえ、公費解体の遅れは、熊本地震など過去の災害でも取り沙汰された。教訓は生かされたのか。
能登半島地震直後から被災者支援の提言を行ってきた市民団体「一人ひとりが大事にされる災害復興法をつくる会」の共同代表、津久井進弁護士は「発生から4、5カ月たって人手が足りなくなるのは、これまでの経験からも予想されていた」と指摘する。
◆解体されても…3.11の被災経験
一方で津久井氏は過去の災害との違いも解説する。
「能登では古い住宅に建て増しをしているケースが多く、一部だけの解体を求める声がある」。環境省が3月、これまで公費解体の対象とならなかった一部解体も対象となり得ると方針を示した点に触れ、こう強調する。「マニュアルをしゃくし定規に運用するだけでなく、被災者の利益を第一に考えることが重要だ」
住宅の解体を巡っては、将来的に待ち受けるであろう課題もある。「3.11」の被災経験が物語る。
その一つは申請期限の問題だ。東日本大震災の被災地では愛着のある自宅の処分に迷いつつも、自費で解体するのが難しく、迫る期限を前に断腸の思いで公費解体を申請する人がいた。本紙も胸中を伝えてきた。
能登半島地震の被災地でも似た苦悩が生じている。
◆「申請期限の延長を」迷う住民の声
今月28日夜にあった富山県氷見市と住民の意見交換会では、申請期限の延長を求める複数の要望が出た。市によると、参加者らは「なかなか決められない」「隣家の動向を見ながら判断したい」と漏らした。担当者は「公費解体は最大の関心事。迷いを口にする人も多い」と話す。
「原発事故被害者相双の会」の国分富夫さん(79)=福島県相馬市=は「復興の先行きが見通せず、住民が避難先から戻らなかった。特に現役世代は顕著で、帰ってくるのは新しい土地になじめない高齢者ばかり」と嘆く。
◆更地のまま放置…どうなる固定資産税
住宅用地を更地のままにすると、固定資産税がかさむ難点もある。総務省によると、土地に住宅が立っていない場合は原則、課税額が住宅の規模によって最大で6倍に跳ね上がる。
半壊以上の住宅を解体した更地は「住宅あり」とみなす特例があるが、この措置は現状、東北の被災地では26年度まで、熊本地震の被災地では本年度までと定められている。
◆やがて訪れる負担増…不安を抱く被災者
能登半島地震の被災地も既に適用され、被災の程度ごとに期間を2〜4年としている。その一方で福島県などでは、やがて訪れる負担増に不安を抱く被災者もいるという。浪江町の担当者は「特例のさらなる延長や新たな措置を望む声は少なくない」と打ち明ける。
地震後の能登半島では、ボランティア自粛論が沸き立った影響もあり、過去の災害に比べて支援の乏しさが目立つ。解体を巡る問題で地元の願いがくみ上げられないと、被災した人の苦悩が増幅しかねない。しかし地理的に大都市圏から離れているため、被災者の声はかき消されがちだ。
◆「石川県は被災地に全力を注がなかった」
東北大大学院の河村和徳准教授(政治学)は「石川県がリーダーシップを強く取るべきだ」と訴える。
「県は今春の北陸新幹線敦賀延伸の際、復興と観光振興の二兎(にと)を追い、被災地に全力を注がなかった。観光地の金沢と被災した能登の間に心理的な距離感もできている」と反省すべき状況を挙げ、「県全体が一体感を持つメッセージを発信するべきだ」と主張する。
そしてメディアの姿勢にも言及する。「避難者、支援者はともに各地に存在する。彼らの声を伝え、復興を目指す人々の統合につなげるべきだ。多くの声を政府に届けることも不可欠。地理的な制約を設けず、自らの役目を全うすべきだ」
◆デスクメモ
災害時の人手不足は自明の話。甚大な震災なら拍車がかかる。対処法の議論は必須と言える。自治体職員は自らも被災者に。疲弊の中で各所と調整して人手を募るのは酷だ。となれば普段から広域的な調整を行う都道府県や政府が人手対策に注力し、平時から募り方を定めるべきでは。(榊)