「在日の金くん」ヘイト投稿裁判始まる 原告男性が意見陳述「大切な故郷を奪わないで」 同窓生らが見守る中(2024年5月31日『東京新聞』)

 
 東京都内に住む在日韓国人3世の金正則さん(69)がX(旧ツイッター)上で差別的投稿を繰り返されたとして、高校の同窓生に慰謝料などの損害賠償を求めた「在日の金くん」訴訟の第1回口頭弁論が30日、東京地裁であった。金さんは意見陳述で、「故郷を奪おうとする発言に怒りと恐怖を感じる」と訴えた。被告側は出廷せず、原告代理人によると、答弁書で請求棄却を求めた。(山田雄之)

◆「思い出は、ヘイト投稿によって汚され、毀損された」

法廷での意見陳述を終えて会見する金正則さん=東京都千代田区で

法廷での意見陳述を終えて会見する金正則さん=東京都千代田区

 「民族名を名乗り、社会を周りの1人からでも変えようと思った私の人生、思い出は、この同窓生のヘイト投稿によって汚され、毀損(きそん)されました」。支援者らで満席となった法廷で、金さんは旧知の同窓生を相手に、提訴に至った思いを告白した。
 訴状によると、福岡県の高校の同学年だった男性から2021年3月〜今年1月、Xで「在日の金くん」との言葉を使われながら、「朝鮮人ってやっぱりばかだね。救いようがないよな」「もう日本にたかるの止めなよ」などと人格を侵害したり、名誉を損なわせたりする投稿を15件繰り返されたと主張。金さんは精神的苦痛を受けたとして、慰謝料など110万円の支払いを求めている。

◆差別的な投稿は、提訴後も続いているという

 意見陳述では、10歳で朝鮮半島から日本に渡り炭鉱労働でじん肺を患った父(99)と、いじめで日本の小学校に通えず字を読めない母(93)に触れた。被告男性の投稿には、親世代を侮辱する言及もあったとして「自分や苛烈な時代を生き抜いた親が、同じ人間としてみられていなかったことに、胸を引き裂かれるような痛みを感じた」と振り返った。
意見陳述を終え、同窓生たちの応援を受けながら会見する金正則さん(左から2人目)=東京都千代田区で

意見陳述を終え、同窓生たちの応援を受けながら会見する金正則さん(左から2人目)=東京都千代田区

 ツバキが咲く季節に真っ赤に見えた山、せせらぎの音が聞こえる小川で揺れる水中花、線路のツクシや怒って追いかけてくるおじさん…。生まれた故郷の原風景を紹介し、「私の心の中にある故郷は、誰にも譲れない。反日として、排除や攻撃をされる事態が起きても、故郷は決して失われずに私の中にある」と声を震わせた。
 差別的な投稿は、提訴後も続いているという。閉廷後に開かれた会見で、金さんは「人の親をからかえるのは、私たちを劣等民族だと思っているから。人間でない扱いにつながるのではないか、と恐怖を感じる」と訴えた。国籍などの属性を意識しなかった子ども時代を過ごした故郷が、「人権のおおもと。守るべきところだ」とした。

◆仲間のはずなのにヘイト投稿…「なぜ?」同窓生困惑

在日の両親の写真を示しながら会見する金さん(左)と同窓生の津崎さん=東京都千代田区で

在日の両親の写真を示しながら会見する金さん(左)と同窓生の津崎さん=東京都千代田区

 金さんを支援する高校や大学の同窓生も、裁判を見守った。会見に同席した、高校の友人で九州大名誉教授の津崎兼彰さん(69)は「仲間であるはずの人物のヘイト投稿に嫌悪感とともに、『なぜ?』となった。金さんは今、自分の故郷と人生を壊されかけている。訴訟は日本社会全体の問題。子どもや孫の世代のためにも差別発言を根絶したい」と思いを話した。
 高校の後輩の音楽プロデューサー松尾潔さん(56)は、自分自身も、金さんの立場にも被告男性の立場にもなる可能性があるとして「分断の種は至る所にある。僕の問題だと、当事者意識を持った。常に自分の中で鐘を鳴らしていながら、生きていかないといけない」と語った。
 金さんの代理人を務める神原元(はじめ)弁護士は「差別そのものが違法だと訴えて闘っていく」と強調。自身へのネット上のヘイト投稿を巡る裁判で勝訴した在日3世の崔江以子(チェカンイヂャ)さんは「判決には社会を変える力がある。ひどい差別が野放しの社会が1ミリでも良くなるような判決を得られるように願っている」とした。