減税額の明記 企業の負担増直視せよ(2024年5月31日『東京新聞』-「社説」)

 政府が6月から始める定額減税を巡り、減税額を給与明細に明記するよう企業側に義務付けた。
 岸田文雄首相はその意図を「国民に減税の恩恵を実感していただく」と説明するが、事務負担が重くなる企業や自治体には迷惑行為に等しい。貴重な財源による減税を、自らの政権浮揚に利用する岸田首相の政治姿勢は許されない。明記義務は撤回すべきだ。
 定額減税は年収2千万円以下の納税者と扶養家族が対象で、減税額は1人当たり所得税3万円、住民税1万円の合わせて4万円。
 給与明細への明記が義務付けられたのは所得税分だ。林芳正官房長官は減税を給与に反映しない場合「労働基準法に違反し得る。労働基準監督機関から是正指導が行われる」と監視の目を強めており、明記についても企業側は事実上従わざるを得ない状況だ。
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 企業側からは「給与計算ソフトの改修を迫られるがその費用はどうなるのか」「時間的にぎりぎりで間に合わない。手書きを強いられる」などの反発が噴出。
 特に、人員不足が深刻な中小企業にとって、減税額の明記義務は従業員の過重な負担につながり、ソフト改修費の捻出や時間外手当の増加も経営に打撃を与える。
 家計を支援するはずの減税が、雇用者数の7割を担う中小企業の経営を一層苦しめていることを、政権は直視すべきである。
 減税は国民が納めた税を、公平性の確保や景気刺激などの観点から還元する制度であり、「国からの恩恵」と言わんばかりの首相の態度には強い違和感を覚える。
 参院予算委員会立憲民主党辻元清美議員は「増税の時も義務として書かせるのか」と迫ったのに対し、首相は「増税後の税の明細は明細書に明らかにされる」と述べるにとどめた。
 減税は事務負担を強いてでも宣伝するのに、増税は積極的に周知しないのでは筋が通るまい。
 国民が今、望むのは円安などによる物価高騰を抑えるための政府・日銀による即効性のある経済政策だ。首相は減税額の明記などという一時的な政権浮揚策に、うつつを抜かしている場合ではない。