妻は泣き続けた「赤ちゃん」「捨てた」 旧優生保護法訴訟 92歳男性が受けた過酷な差別、手話で訴え(2024年5月30日『東京新聞』)

 「裁判官、私の声が届いているでしょうか」。旧優生保護法下、妻が不妊手術を強いられた小林宝二(たかじ)さん(92)=兵庫県=は29日、最高裁大法廷で手話で語りかけた。2年前に死去した妻喜美子さんと共に聴覚障害者。長く過酷な差別と、子を産む権利を奪われた苦しみを訴えた。(太田理英子)
 <旧優生保護法(1948〜96年)下で不妊手術を強制されたのは憲法違反だとして、全国の障害者らが国に損害賠償を求めた5件の訴訟の上告審弁論が29日、最高裁大法廷(裁判長・戸倉三郎長官)で開かれた。原告側は「被害者みんなの人生を救う判決を書いてください」などと訴えた。国側は請求棄却を求め、結審した>
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上告審弁論に臨む原告の小林宝二さん(右)と陳述に使用するイラスト
◆手話での訴え、手話通訳者が声に
 車いすで出廷し、15人の裁判官と向き合った。「子どもを捨てられ、子どもが生まれない手術もされ、差別に苦しんでも辛抱するしかなかった人生を、どうか理解してください」。手話での訴えを、手話通訳者が声にする。
 時折、隣の代理人弁護士が紙芝居のようにめくる16枚のイラストに目を向けた。子どもの頃に手話を禁止され、口の動きを読むことを強いられて育った。文章を読むのが苦手になり、弁護団や支援者が過去の出来事の場面を絵に描き、メモ代わりにした。
 学校や職場で、障害を理由にいじめや暴力を受け続けた。1960年に喜美子さんと出会い、結婚。まもなく妊娠が分かり、2人で跳び上がって喜んだ。
◆泣き続ける妻、下腹部には大きな傷
 翌日、帰宅すると喜美子さんの姿がない。数日後に戻ると泣き続けた。「赤ちゃん」「捨てた」。理由は「分からない」。下腹部に大きな傷があった。
 2人の母親が相談して手術を決め、説明もなく受けさせたと判明した。詳細が分からず、2人は中絶手術だと考えた。子どもができず、つらく、寂しかった。
 不妊手術も受けていたと分かったのは、2018年。全日本ろうあ連盟の調査を通じ、旧法の存在と、多くの障害者が手術を強制されたと知った。「こんな差別を絶対に許さない」。国に損害賠償を求め、同年に夫婦で提訴した。
◆「どうしても自分で言葉を届けたい」
 22年、喜美子さんは病気のため89歳で亡くなった。翌23年の大阪高裁判決は、不法行為から20年で損害賠償請求権が消える「除斥期間」の適用を認めず、国に賠償を命じた。
 全国12地裁・地裁支部で起こされた同種訴訟で徐々に、被害者が声を上げることの困難を踏まえ、除斥期間を適用しない判断が増えた。最高裁が判断するのは今回が初めて。小林さんは病気で入退院を繰り返しながら「どうしても自分で言葉を届けたい」と大法廷に向かった。
 弁論を終え「喜美子が天国で見守ってくれていた」と胸をなで下ろした。「私が生きているうちに、この問題をすべて解決してほしい。差別がない社会に一歩でも近づくよう、最後の最後まで頑張りたい」
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最高裁法廷、障害のある傍聴者らに配慮
  旧優生保護法下での強制不妊手術を巡る上告審弁論で、29日の最高裁の法廷に手話通訳者が配置され、通常は2人分の車いす利用者の傍聴席が12人分に増やされた。裁判長を務める戸倉三郎長官が発言のたび「裁判長から発言します」と説明したり、原告や被告に「ゆっくり大きな声で発言」するよう求めたり、障害のある原告や傍聴人への配慮が見られた。(中山岳)
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優生保護法下での強制不妊手術を巡る訴訟の上告審弁論が開かれ、最高裁大法廷内に設置された大型モニター(左)と要約筆記用モニター
 傍聴人に配られた、裁判の争点などをまとめた資料には、ふりがなと点字があった。目の不自由な滝修さん(65)=東京都江戸川区=は「点字の資料は分かりやすかった。審理でも裁判官や弁護士が名乗った上で発言し、内容をよく理解できた」と話す。
 車いす利用者の能松七海さん(22)=東京都小平市=は「障害の特性に応じて、情報を得られるよう配慮されていた」と評価。ただ、裁判所内の移動に不便を感じたといい「段差にはスロープが設けられていたが、傾斜が急で狭かった」と語った。
◆手話通訳者と要約筆記者は原告側が手配
 法廷内の手話通訳者と要約筆記者が、原告側の手配だったことには批判もあった。傍聴した「脳性まひ者の生活と健康を考える会」代表で、脳性まひで車いすを使う古井正代さん(71)=大阪市西成区=は「法廷で必要な手話通訳者を裁判所が用意するのは当たり前。当たり前のことができていない」と憤る。
 最高裁によると、午前の審理には一般傍聴用144席を求めて335人が、午後は134席に317人が集まった。車いす利用者は、午前は希望する12人全員が傍聴できた。午後は14人が希望し、抽選で外れた2人が傍聴できなかった。