「ばれると仕返しされる」…証言を拒む困窮者たち 桐生市の生活保護「水際作戦」の全容はまだ見えない(2024年5月2日『東京新聞』)

 
連載<続・砂上の安全網>③
 桐生市生活保護制度の運用をめぐる問題は、第三者委員会が始動し、4月3日には利用者2人が市を相手取って国家賠償請求訴訟を起こして実態解明に向けた段階に入った。新たな証言やデータから、同市の生活保護行政が再生できるのかを問う。
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◆支援団体が情報提供を呼び掛けたら…

 電話口から聞こえる声は、どれも明らかにおびえていた。「これほど桐生市を恐れているとは思わなかった」。生活困窮者支援に取り組む市民団体「反貧困ネットワークぐんま」事務局の町田茂さん(51)はため息をついた。
 町田さんは今年1月から3月にかけて、生活保護利用者や生活困窮者が多く暮らすとされる桐生市内の県営・市営住宅で、生活保護に関する相談や情報提供を促すチラシを約4000枚配布した。
 
「桐生市の『報復』を恐れる人が多く、具体的な情報がなかなか入らなかった」と振り返る町田茂さん=前橋市の反貧困ネットワークぐんま事務局で

桐生市の『報復』を恐れる人が多く、具体的な情報がなかなか入らなかった」と振り返る町田茂さん=前橋市反貧困ネットワークぐんま事務局で

 配布後、事務局には35件の電話が寄せられた。しかし、全体像はつかめなかった。市からどのような対応をされたのかを聞いたが、大半の人が具体的証言を拒んだためだ。「話したことがばれると市に仕返しされる」。市からの「報復」を恐れる言葉が次々と返ってきた。
 「年齢や年代だけでも」と思ったが、それすら特定を恐れて口が重い人が目立ち、声の調子から多くは中高年男性だろうと推測するしかなかった。ある程度、具体的に語る人も少数ながらいた。ただ、内容が非常に深刻で、現時点で詳細は明かせないという。

◆生活困窮者たちが抱く「諦めに近い感情」

 町田さんは反貧困ネットワークぐんまで活動を始めて約5年になるが、こうした反応は今までになかったと驚く。「これまでは問題を解決、改善したいから相談する人が多かったが、桐生は明らかに違い、解決を望んでいない。諦めに近い感情がある」
 そこから見えたのは、孤立した生活困窮者の姿だ。
 「ネット環境がなく、新聞も購読できないほど困窮すると、外部の情報を得られない」。本来は行政が率先して生活困窮者に手を差し伸べなければならない。桐生市が長年にわたり排除する側へ回っていたことに、町田さんは病理の深さを感じている。
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◆「25万円」の請求額に込めた思い

 生活保護費を分割支給にされた上、決定した月額を満額受け取れなかった利用者の男性2人が4月3日、桐生市を相手取り国家賠償訴訟を起こした。
 前橋地裁桐生支部への提訴後、弁護団前橋市内で開いた記者会見で、2人から託されたコメントを読み上げた。共通するのは「同じ思いをする人が出てほしくない」「桐生市は二度と違法行為をしないでほしい」という思いだった。
 
(イメージ写真です)

(イメージ写真です)

 斎藤匠弁護団長によると、慰謝料の請求額を1人25万円としたのは「生存権を定めた憲法25条が守られる社会であってほしい」という願いから。過去の裁判例からも妥当な額で、金銭目的の訴訟と受け取られることは不本意との判断もあった。
 生活保護に関連した大きな動きがあると、必ずといっていいほど現れるのが利用者や支援者への誹謗(ひぼう)中傷だ。今回も提訴直後から、ネットにそうした書き込みが散見された。
 「生活が苦しい人が増え、一部の政治家による生活保護バッシングもあって、不満がより弱い立場の人に向くようになっている」。生活困窮者を支援する一般社団法人「つくろい東京ファンド」スタッフで、フリーライター小林美穂子さん(55)は、市民の分断が進むことを懸念する。(この連載は小松田健一が担当しました)

桐生市生活保護をめぐる問題の経過
2023年
11月20日 群馬司法書士会が「1日1000円」の案件桐生市改善を申し入れ
11月30日 荒木恵司市長が謝罪コメントを発表
12月18日 荒木市長が定例記者会見であらためて謝罪、内部調査チームと第三者委員会の設置を表明
2024年
2月22日 県議会一般質問で県が1月から桐生市特別監査を実施中と答弁3月20日 「1日1000円」を明らかにした司法書士仲道宗弘さんが急逝
3月27日 市の第三者委員会が初会合
4月3日 生活保護利用者2人が市を相手取った国家賠償訴訟を前橋地裁桐生支部に提訴
4月4、5日 社会福祉専門家や支援団体、法曹関係者らによる全国調査団が県への申し入れや桐生市内で