地域から 「もどかしい」が魅力 聴覚障害ある選手がプレー 「デフラグビー」合宿(前橋市)(2024年4月26日『毎日新聞』)

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 聴覚障害のある選手がプレーするデフラグビーのチーム「クワイエットタイフーン」(静かなる台風)の合宿が20、21日に前橋市であった。「世界一コミュニケーションができるチーム」を目指す選手が、練習や健常者チームとの試合で汗を流し、連係プレーの精度を高めた。
 デフラグビーは大会ごとに条件が異なる場合もあるが、両耳ともに「難聴」程度の25デシベル以上の障害のある選手がプレーする。試合中に補聴器などの固いものを身につけることはできず、ルールは通常のラグビーと、ほぼ変わらない。スクラムを組む際のレフェリーの掛け声はハンドサインで代用。反則などでホイッスルが鳴った際はタオルやフラッグを振ることで、選手たちに知らせることもある。
 前にパスができないラグビーでは、後ろにいるチームメートからの掛け声が重要だが、デフラグビーでは「アイコンタクトなど視覚からの情報でカバーして、プレーが止まっているときは手話で会話する」(落合孝幸・日本聴覚障がい者ラグビーフットボール連盟理事)。
 クワイエットタイフーンは同連盟が編成するチーム。2カ月に1回程度、全国各地で合宿を実施して健常者のチームとの試合などで実戦経験を積み、参加メンバーの多くが別編成の日本代表に選ばれる。代表チームは2002年8月にニュージーランドで開催した第1回世界大会で同国やウェールズを破って準優勝。18年4月のオーストラリア大会でも4位に入った。クワイエットタイフーンとしての当面の目標は、今年8月に予定される南アフリカ遠征だ。
 群馬合宿には楕円(だえん)球に触れたばかりの初心者から、20年以上のキャリアを誇るベテランまで約25人が参加。健常者に交じり、大学ラグビーの名門でプレーしてきた選手もいる。
 4歳からラグビーを始め、関西大学Aリーグ近畿大でレギュラーを務めたバックスの小林建太選手(24)はデフラグビーの魅力を「試合でも練習でもプレーの意図が伝わりにくく、うまくいかないことの方が多い。もどかしい気持ちもあるが逆に、そこが奥深くおもしろい」と語る。アメリカンフットボールの経験はあるが、ラグビー歴は2カ月というフォワードの相場瑛太選手(25)は「ボールを持って自由に動けるラグビーは楽しい」と充実した表情だった。
 「周りをよく見る。常に見る」。練習開始直後のトレーニングで柴谷晋ヘッドコーチ(48)は、手話を交えながら指示を送った。腕立て伏せなどでも仲間と同じタイミングですることで、練習から選手間の意思統一を図っている。
 チーム名は「1995年9月の結成直後の初合宿が台風に見舞われたことがきっかけ」というが、練習は決して無音では進まない。「バチン」というタックルの音、「ドサッ」という地面に倒れ込む音。ノックオン(ボールを前に落とす)などが起きれば、選手たちは指をさしながら「オイッ」とミスの原因を指摘し、ナイスプレーが出れば拍手で称賛する。
 国内には他のデフラグビーチームが少ないため、各地で開かれる健常者の大会に参加して実戦経験を積むことが多い。21日には前橋市のアースケア敷島サッカー・ラグビー場であった群馬県ラグビー協会主催の7人制大会に出場。チームは持ち前の攻撃力を発揮して参加11チーム中3位の好成績を収めた。
 「Equal through rugby(ラグビーを通しての平等)」をスローガンに掲げる選手たちの躍動に、対戦相手は「自分たちより強くて速く、そしてうまい。勉強になった」と口をそろえ、柴谷ヘッドコーチは「聞こえなくても十分、ラグビーができるということを示したい」と意気込む。チームは今後、兵庫や埼玉、岐阜で合宿をして南アに乗り込む。【竹田直人】=随時掲載