署名偽造で有罪 リコール制を脅かした(2024年4月20日『東京新聞』-「社説」)

 
 民主主義の根幹を脅かしかねない犯罪を重くみたのは当然だ。大村秀章愛知県知事のリコール(解職請求)を巡る署名偽造事件で、地方自治法違反の罪に問われた元県議の男に対し、名古屋地裁は懲役2年、執行猶予4年の有罪判決を言い渡した。元県議は「選管の違法調査」を訴え、無罪を主張したが、判決は一蹴した。
 事件の発端は、2019年に名古屋市内であった国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」。企画展の一部内容に河村たかし市長や著名な整形外科院長らが反発。芸術祭トップだった知事のリコールを求める署名活動に発展し、元県議は活動団体の事務局長を務めた。
 判決によると署名活動が伸び悩んだため、元県議は20年、次男や広告関連会社の元社長と共謀。名簿業者から名簿を購入し、アルバイトを使って署名を偽造した。リコールに必要な86万筆に及ばなかったが、43万筆を選管に提出。うち7割が明らかな偽造だった。
 公判で、元県議は偽造を認めたものの、その罪に真摯(しんし)に向き合ったとは言い難い。動機や全容を自ら語ることはなく、弁護側は、必要数に達しなかった署名簿の調査は違法だなどと主張した。判決が、調査はリコール制度の「適正な運用のため」と合法性を認め、犯行の動機を「院長の歓心を得て、自身の政界進出への足場をつくろうと考え、主導した」と断じたのは説得力がある。
 確かに、現行制度上、必要数に達しなかった署名簿は審査の対象外。愛知県選管は事件後、調査権の法への明記など再発防止策を国に提言したが、総務省は22年、署名を集める人(受任者)の特定など最小限の施行規則改正にとどめ調査権には踏み込まなかった。
 リコール制度は戦後、1947年施行の地方自治法に盛り込まれて以降、必要署名数の緩和▽署名期間の延長▽押印廃止-など、一貫して緩和の流れにあり、過剰な規制を思いとどまったことは理解できるが、制度を使いにくくしない範囲で、再発を許さない手法を考えていくことも必要だろう。
 最近でも静岡県河津町や神奈川県真鶴町で首長のリコールが成立するなど、政策、政治手法、資質などを巡り、住民が直接意思表示できる貴重な手段となっている。今回の判決を機に、いま一度、民主主義の大事なツールとしてのリコール制度の意義を確認したい。