なぜ消えた「ネット有料広告」の記載 江東区の木村前区長の収支報告書 選管は違法性を指摘しながら記録を残さず(2024年3月25日『東京新聞』)

 
 東京都江東区選挙管理委員会事務局が昨年4月の区長選後、当選した前区長木村弥生被告(58)=公選法違反罪で公判中=の選挙運動費用収支報告書について、訂正や内容の差し替えの記録を残していなかったことが、本紙の取材で分かった。被告の起訴内容に含まれるインターネット有料広告の費用は一度は報告書に記載されたが、事務局が「記載に工夫を」と助言後、その費用が消えた報告書に差し替えられていたことも判明。選管が首長から独立した中立的な役割を担えていなかった可能性がある。(井上真典)

 江東区汚職 5選を目指した現職区長が告示直前に死去し、新人4人の争いとなった昨年4月の区長選で、自民党衆院議員だった柿沢未途氏らが木村弥生被告を当選させる目的で、自民区議ら5人に現金計100万円を提供するなどし、木村被告と共謀して選挙期間中に有料のインターネット広告を約37万円で掲載した事件。東京地検特捜部が柿沢氏と木村被告ら計9人を起訴や在宅起訴、略式起訴した。昨年11月に区長を辞職した木村被告は、元区議への買収の罪にも問われ、3月18日の東京地裁での初公判で起訴内容を認めた。

◆前区長は報告書を訂正、さらに差し替え

情報公開請求で開示された木村被告の選挙運動費用収支報告書。2023年6月28日の差し替えで有料広告費の記載が消えたが、訂正の記録はどこにもなかった=一部画像処理

情報公開請求で開示された木村被告の選挙運動費用収支報告書。2023年6月28日の差し替えで有料広告費の記載が消えたが、訂正の記録はどこにもなかった=一部画像処理

 公選法の規定では、候補者側の出納責任者は選挙運動の費用をまとめた報告書を、選挙から15日以内に提出しなければならない。
 有料広告への関与を含む公選法違反罪に問われた前法務副大臣自民党衆院議員だった柿沢未途氏(53)=執行猶予付きの有罪判決確定=の裁判や取材によると、木村被告側は報告書を提出後に訂正し、さらに差し替えもしていた。

◆区選管職員から違法性の指摘受け

 木村被告側は期限の昨年5月8日に報告書を提出。有料広告について記載していなかったが、出納責任者が責任を問われかねないとし、6月22日に「広告費」を計上する訂正をした。
 
 
 6日後、選管の梅村英明事務局長ら職員が区長室に呼び出され、木村被告から有料広告の違法性や収支報告書の記載義務の相談を受けた。職員から違法性を指摘された木村被告側は、「広告費」を消した報告書に差し替えた。

◆事務局長ら「陣営の方でお考えを」

 東京新聞の取材では、梅村事務局長と職員は区長室で、報告書の記載義務を伝える一方で「記載方法で工夫するところがあれば陣営の方でお考えを」などと助言した。報告書の訂正時には、動画の再生回数が記載され「投票呼びかけ」と書かれた有料広告の明細書を、事務局は受け取っていた。
 収支報告書の訂正は一般的に、訂正願をもらい、修正部分に二重線を引き、訂正日を記載する。

◆事務局長は前区長への便宜を否定するが…

 だが、事務局は提出期限から約3カ月間は、訂正や差し替えの記録を残さない運用をしていた。梅村事務局長は「これまでどの候補者に対しても差し替えはやっていた」と慣例だったことを認めた。一方、木村被告への便宜は否定した。
 都選管事務局は取材に、江東区選管事務局の対応について「記録を取らないことはありえない。不適切です」と話した。
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◆識者「区選管事務局の対応は法令順守を阻害」

 江東区選管事務局による選挙運動費用収支報告書の不適切な取り扱いは、区議会でも追及された。
 「選管は有料動画の違法性に気づいていた。不記載を容認したのか」。2月27日の区予算審査特別委員会で自民党の金子央(ひさし)区議が、昨年6月の木村被告と選管事務局とのやりとりを問いただした。
 
2月27日の予算審査特別委員会で、選管事務局の対応について質問する金子区議(中継録画より)

2月27日の予算審査特別委員会で、選管事務局の対応について質問する金子区議(中継録画より)

 梅村事務局長は「一般論として選挙運動のための有料動画は違法で、収支報告書の記載義務があることを(木村被告に)説明した」と答弁。不記載を容認したかどうかは言及を避けた。
 公務員は犯罪があると考えられるとき、告発しなければならないと刑事訴訟法は規定する。金子区議は「違反をしようとしている現場に選管職員が立ち会っていた。警察に相談できた。社会通念上、理解できる状況ではない」と批判した。
 関係者によると、事務局は今回の違法性が疑われる問題について、選管の4人の委員に報告や相談はしていなかった。
 元川崎市選管事務局長で「選挙制度実務研究会」の小島勇人代表理事は「相談されたら、区長、申し訳ないけど(不記載は)難しいですよと言わざるを得ない」とし、「選管は公正公平中立不偏不党という立場で隙を見せてはいけない。事務局の対応は、法令順守といったことが阻害されていたのではないか」と指摘した。