【米大統領選】対立乗り越えた論戦を(2024年3月9日『高知新聞』-「社説」)
米国は世界に与える影響力をいかに行使し、国内外の分断修正に取り組むのか。超大国の針路に関心が向くのは当然だ。中傷合戦を演じていては信頼は得られない。深まる混迷と向き合う論戦を期待したい。
米大統領選の構図が固まった。民主党から再選を目指すバイデン大統領と、共和党のトランプ前大統領が再び対決する。夏の党大会でそれぞれ候補に指名される見通しだ。
高齢候補同士の対戦となるが、その懸念はバイデン氏に向きがちだ。記憶力の衰えを指摘される場面もあった。トランプ氏は複数の刑事、民事訴訟を抱える。大統領選への出馬資格さえ争われた。
資質に注目するのは当たり前だが、場外乱闘の気配にうんざりした雰囲気も漂う。言うまでもなく注視すべきは本選をにらんだ主張だ。
米国内では長引く物価高に対する不満が大きい。不法移民が増加し、対策への批判も根強い。トランプ氏は失政だと攻撃を繰り返す。
バイデン氏は一般教書演説で、自身の政策により国内経済が回復し、中間層の底上げをしたと自賛した。不法移民への対策強化を取り上げたのも、政権の支持率低迷を意識してのことだろう。
4年前にバイデン氏が党指名を獲得し、政権を奪還する原動力となった黒人層の離反が指摘される。かつては民主党支持とみられたラストベルト(さびた工業地帯)の白人労働者層に対し、トランプ氏が支持の掘り起こしに努めている。
米国第一主義を掲げるトランプ氏に、米国の内向き指向が色濃く表れる。根拠を欠く不正確な情報が対立をあおる。
バイデン氏は一般教書演説で「国内外で自由と民主主義が攻撃を受けている」と警告した。トランプ氏の再選可能性が「もしトラ」という言葉で語られるようになったのは、国益優先がもたらす混乱への国際社会の不安の表れでもある。
中東情勢を巡り、イスラエル寄りの姿勢をとるバイデン政権から党内左派や無党派の若年層が離反している。民間人被害の抑制を求めてもネタニヤフ首相は従わない。
ウクライナ支援の予算案は議会で停滞している。前線への物資供給が遅れ、ロシアは攻勢を強める。トランプ氏は北大西洋条約機構(NATO)との関係見直しで揺さぶる。情勢の不安定化が危惧される。
共和党候補指名争いから撤退したヘイリー元国連大使は、憎悪と分断の暗闇に背を向けるよう訴えた。対立先鋭化を意識した発言だろう。本選へ一段の激化は避けられそうにない。党内の一本化や、無党派層をどれだけ引きつけられるかが勝敗の鍵を握る。両氏の得票に影響しかねない第3の候補の動向も気になる。
米国主導の国際秩序に不満を持つ中国やロシアに加え、経済成長を続ける「グローバルサウス」と呼ばれる新興・途上国が存在感を高めている。米国は影響力の低下が指摘される。そうした状況下での在り方を提示することが求められる。
米大統領予備選 「もしトラ」に備えが必要(2024年3月9日『西日本新聞』-「社説」)
もし米大統領にトランプ氏が返り咲いたら-。「もしトラ」が軽口にならないほど現実味を増してきた。
11月の大統領選に向けた共和党の候補指名争いは、トランプ前大統領の勝利が確実になっている。
15州の予備選と党員集会が集中する5日の「スーパーチューズデー」で14州を制し、元国連大使のヘイリー氏に圧勝した。ヘイリー氏は選挙戦からの撤退を表明した。
本選は4年前の前回と同様に、民主党の指名が確実視される現職バイデン氏との対決になる見通しだ。
圧勝を支えたのは岩盤支持層である。トランプ氏のスローガン「米国を再び偉大に」の頭文字を取って、MAGA(マガ)と称される。
MAGAが求めるのは、インフレや不法移民の対策といった目先の国益だ。国際協調への関心は低い。バイデン政権の内政への不満もトランプ人気を増幅させている。
予備選におけるトランプ氏の選挙手法は相変わらずだ。敵と味方を区別して対立をあおる。相手候補と議論せず、一方的に持論を振りまき支持者を熱狂させる。
2021年1月の米連邦議会襲撃など四つの事件に絡んで刑事訴追されたことも、バイデン政権による政治弾圧と印象づけて支持者固めに利用している。本選でエスカレートすれば米国の分断はさらに深まるだろう。
トランプ氏は敗北した4年前の選挙結果を受け入れず、「選挙は不正だった」と根拠なき陰謀論を今も主張する。大統領としての適格性は強く疑われる。
ヘイリー氏が予備選の一部で勝利したのは、共和党内のトランプ批判の表れと捉えることができる。トランプ氏では挙党態勢を築くことは困難と指摘されている。
一方、81歳のバイデン氏は高齢による認知能力低下の不安から、強い支持が広がらない。最近の複数の世論調査によると、両氏が対決した場合の支持率はトランプ氏が数ポイント上回った。本選は再び激戦になりそうだ。
「もしトラ」は米国外にも波紋を広げる。
ロシアのウクライナ侵攻に続き、パレスチナ自治区ガザで戦闘が勃発した。国際社会は4年前よりも強固な結束が必要である。
米国第一主義のトランプ氏はウクライナへの追加支援に反対している。大統領時代にほのめかした北大西洋条約機構(NATO)脱退の懸念は残ったままだ。中国との対立は国際社会のリスクになりかねない。
日本への影響も避けられない。在日米軍の駐留経費負担の引き上げを求めたり、外国製品への関税を引き上げたりする可能性がある。
政府は欧州各国や韓国、グローバルサウスと呼ばれる新興・途上国と協調し、トランプ氏再登板への備えを冷静に進めなくてはならない。
トランプ氏指名へ 「米国第一」危うくないか(2024年3月9日『熊本日日新聞』-「社説」)
米大統領選の共和党候補指名争いで、トランプ前大統領(77)が指名獲得を確実にした。11月の本選で民主党の現職、バイデン大統領(81)と再び対決する。
大統領を1期務め、4年前の選挙で敗れたトランプ氏が返り咲くかどうかが焦点となる。米紙ニューヨーク・タイムズによる直近の支持率調査では、トランプ氏がバイデン氏を48%対43%でリードしており、予断を許さない。
米大統領は世界の民主主義陣営のリーダーであり、選挙結果は国際秩序に大きく影響する。国際協調を重んじるバイデン氏に対し、トランプ氏は一貫して「米国第一」を掲げているからだ。
ロシアによる侵攻が続くウクライナに対し、米国は最大の支援国である。トランプ氏はその立場を後退させる可能性があり、ロシアを利しかねない。パレスチナ自治区ガザの衝突を巡っても、イスラエル寄りの姿勢を強めれば中東情勢の混迷は深まるだろう。
トランプ氏は保護貿易を志向する。全ての輸入品に関税を一律10%、中国に60%の適用を検討すると表明した。対中関係の悪化が懸念される半面、台湾情勢への関与を弱めれば有事不安は強まる。日本に防衛費の増額を迫るなど安全保障への影響も生じうる。
トランプ氏は2021年の連邦議会襲撃など4事件で起訴され、大統領選の出馬資格を剝奪されかけたが、共和党の指名争いでは敵なしだ。多くの州で予備選や党員集会が集中した「スーパーチューズデー」で圧勝し、対抗馬のヘイリー元国連大使(52)を撤退に追い込んだ。
トランプ氏は前回大統領選の敗北を認めず、訴追を「バイデン政権による弾圧」と主張する。民主主義の手続きを否定する政治姿勢にも映るが、支持層の離反にはつながっていない。物価高や不法移民対策など国民の不満をあおり、政権批判票を取り込む戦術だ。
共和党の指名争いで、トランプ氏は政策判断の重要な機会となる討論会を拒んだ。自らに反対する意見には耳を貸さず、集会などで極論や甘言を繰り出す政治手法はいかがなものか。バイデン氏との討論には前向きとはいえ、前回選挙時のような相手の発言を妨害する行為は許されない。
本選で敗れた場合に議会襲撃事件のような動乱を起こさぬよう、支持者に向けて呼びかける責任もある。選挙戦によって、米国社会の分断と民主主義の危機を深めてはならない。
バイデン氏は一般教書演説で、トランプ氏を念頭に「復讐[ふくしゅう]、報復が米国の物語と考えている人たちもいるが、私は違う」と強調し、「自由と民主主義が攻撃を受けている」と訴えた。対決ムードを高める狙いがあるのだろう。
高齢不安を抱えて支持率が伸び悩むバイデン氏、刑事訴追されたトランプ氏はいずれも、大統領としての資質を問われている。両氏が国民の疑念を払拭し、政治不信を克服するには、政策論争を尽くす選挙戦を展開するほかない。