国民スポーツ大会に関するコラム(2024年4月10日『秋田魁新報』-「北斗星」)

「もしも国スポがなくなったら」に関する社説・コラム(2024年4月10日『秋田魁新報』-「北斗星」)

 「もしトラ」という言葉が世間をにぎわせている。「もしもトランプ氏が再び大統領になったら」を略したものだ。今秋の米大統領選でトランプ氏が返り咲くと、国際社会が揺さぶられる不安をこの言葉は表す

全国知事会長の村井嘉浩宮城県知事が国民スポーツ大会国スポ=旧国民体育大会)について「廃止も一つの考え方だ」と述べた。開催県の負担が大きいと声が上がり、日本スポーツ協会や知事会が在り方の見直しを検討してきた

国スポは国内最大のスポーツ大会として、スポーツの発展や競技力向上に寄与してきた。国民の健康増進、体力向上にも貢献。開催県の人々と他県選手団との交流は国スポならではの光景である

▼「もしも国スポがなくなったら」。全国規模の大会が減り、競技力向上の妨げになりかねない。住民と選手が交わる場が失われてしまう。開催市町村に開催競技が根付くといった文化の衰退を招く可能性もある

▼だが身の丈に合った大会にする必要はあるだろう。例えば県外の有力選手を一時的に受け入れ、天皇杯の得点獲得につなげるのは疑問だ。2002年開催の高知県はこの慣習を否定し、一石を投じた。39年ぶりに開催県優勝を逃したが、その流れは変えられなかった

▼開催県の経費負担減、大会の簡素化など多くの課題があるのは確かだ。解決を模索する必要がある。県単独ではなく、広域開催にするのも選択肢の一つ。時代に即した大会として存続を検討してもらいたい。

 

国民スポーツ大会に初めて「廃止」の言葉…五輪に準じて4年に1度とでもすれば、存在価値も違ってくるのではないか(2024年4月10日『』-「甘口辛口」)

 

■4月10日  「廃止も一つの考え方」と、全国知事会長の村井嘉浩宮城県知事が「国民スポーツ大会」(国スポ)について8日の会見で言及した。昨年まで聞き慣れた国民体育大会(国体)のことで、都道府県から開催地の負担が大きいとの声が上がっており、昨年11月の知事会で見直しの検討を決めたが、「廃止」の言葉が出たのは初めてだ。

 国体は1946年に近畿圏で第1回大会が開かれた。「広く国民の間にスポーツを普及し、国民の体力向上を図るとともに地方スポーツの振興と地方文化の発展に寄与する」とうたった。今読むと「どこの国の話?」といった感じだが、戦後の混乱の中で国民に希望を与えることが目的だった。

 それから78年。日本では夏冬合わせて4度の五輪が開かれ、各競技の世界選手権やW杯が頻繁に開かれるほどスポーツは普及した。2巡目の国体開催で各都道府県のスポーツ施設は充実。全国津々浦々までスポーツは国民生活に浸透し、所期の目的を十分すぎるほど達したのではないか。


 今年秋に名称変更後初の「国スポ」を開く佐賀県などは施設整備費に約540億円と平均の4倍をかけた。最近の大会では運営費だけでも平均で約200億円ほどといわれ、大部分は一般財源で賄われるというから負担は大きい。それでも、34年までの開催地が決まっているのは国威ならぬ〝県威〟発揚のためらしい。