がん患者の自殺対策 心のケアも担える医療に(2024年4月8日『毎日新聞』-「社説」)

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国立がん研究センターは「がん医療における自殺対策の手引き」をまとめ、公表している=後藤由耶撮影
国立がん研究センターは「がん医療における自殺対策の手引き」をまとめ、公表している=後藤由耶撮影

 がんの告知に心を乱されない人はいないだろう。ショックを和らげるケアの充実が必要だ。

 厚生労働省によると、昨年の自殺者2万1837人のうち、原因の6割近くを健康問題が占めた。とりわけ、がん患者は一般の人に比べて自殺のリスクが高い。

 厚労省研究班の分析によると、診断から2年以内は1・8倍、一人で悩みを抱えやすい診断直後の1カ月以内は4・4倍にも上っていた。

国内のがん患者の自殺の危険性について分析した厚生労働省研究班の論文。診断から1カ月以内は一般に比べ4・4倍になることが明らかになった
国内のがん患者の自殺の危険性について分析した厚生労働省研究班の論文。診断から1カ月以内は一般に比べ4・4倍になることが明らかになった

 背景には、将来に対する絶望感があるとみられる。仕事への影響など、暮らしが一変する不安も大きいだろう。しかし、治療で救える命が、うつ病適応障害などが原因で失われることは防がなければならない。

 国は対策の強化に乗り出した。地域の中核となる「がん診療連携拠点病院」に対して、リスクが高い患者への対処方針を整えることを求めた。

 2023年3月に閣議決定した「がん対策推進基本計画」は、自殺の防止を「重要な課題」に位置付け、医療関係者向けの研修の実施や実態把握などを盛り込んだ。

 ただし、取り組みは緒に就いたばかりだ。臨床の現場では、診断結果などを伝える際、心理面への配慮が十分にされているとは言い難い。患者の不安に寄り添い、手厚いケアが求められる人に、きめ細かな対応をすることが肝要だ。

 進行がんや、専門的な緩和ケアを受けていないケースは危険性が高まりやすい。入院中は、複数の医療者が患者の話に耳を傾け、精神・心理的な変調を見逃さないよう連携することが必要になる。

 早い段階から患者が相談できる環境を整えることも重要だ。診断から治療開始までの間は、支援体制が手薄になる。診断前の「疑い」の段階からの体制作りを訴える医師もいる。

 さまざまな現場で取り組みを進め、効果的なアプローチを共有すべきだ。病で心につらさを抱える誰もが、必要なケアを受けられる医療体制が求められる。

 がんの治癒率は上がり、多くの場合、「不治の病」ではなくなっている。しかし、疎外感や周囲からの偏見を感じる患者は少なくない。がんに対する社会の認識を変えることも欠かせない。