肥満症治療薬 美容目的の乱用防がねば(2024年4月7日『山陽新聞』-「社説」)

 肥満症治療薬として約30年ぶりとなる医療用医薬品「ウゴービ」の処方が始まった。デンマークの製薬会社ノボノルディスクが開発し、公的医療保険も適用される。

 懸念されるのはダイエット目的による不適切な使用だ。同じ成分の糖尿病治療薬は「痩せ薬」として注目を集め、かねて美容のための乱用が問題になってきた。

 本来は肥満によって起こる糖尿病などの病気の改善を目的に使うもので、安易な不適切使用を避けるべきなのは言うまでもない。薬が必要な患者に届くよう、国は供給体制なども適時見直すことが求められる。

 ウゴービは「GLP1受容体作動薬」と呼ばれるタイプで、膵臓(すいぞう)の細胞に作用して血糖値を下げるインスリンを分泌させるほか、脳に働きかけて空腹感を軽減し、食欲を抑える。1週間に1回、自己注射し、薬価は1カ月で最大約4万3千円になる。

 薬の投与には、肥満症と診断された上で、高血圧、脂質異常症、生活習慣による2型糖尿病のいずれかがある▽半年以上の食事療法や運動療法でも十分な効果が得られない▽体格指数(BMI)が一定以上―などの条件がある。

 健康障害を伴わない単なる“肥満”の人ではないことに注意したい。製薬会社によると、対象の肥満症は国内で約33万人が診断されている。

 GLP1受容体作動薬は劇的な減量効果や心筋梗塞脳梗塞、心血管死を減らす臨床試験のデータが出て注目されている。米科学誌サイエンスは2023年の革新技術を紹介する「ブレークスルー・オブ・ザ・イヤー」に選んだ。

 だが、副作用もある。胃の働きを抑えるため、吐き気や胸焼け、さらには便秘や下痢も多い。低血糖にも注意が必要だ。頻度は高くないが急性膵炎や胆石の恐れもあることも忘れてはならない。

 厚生労働省は昨年秋、ウゴービが保険適用された際、不適切な使用を防ぐため、専門医の指導に基づく処方を求めた。日本肥満学会も薬の適正使用を求める提言を公表し、「美容・ダイエットなどの目的で使う薬ではない」と注意喚起した。

 背景には、先に使用された同じ成分の糖尿病治療薬が米国や中国でもダイエット目的で入手希望者が殺到し、供給不足で患者に処方できない事態が生じたことがある。

 日本でも一部の薬が自由診療でダイエットのために使われているとの指摘がある。患者も参加している日本糖尿病協会は、薬が安定的に供給されるよう厚労省に対策を求める要望書を提出している。

 政府は医療機関や医師会、学会などと連携して、薬の適正利用を啓発するとともに、使用の実態を把握して、治療目的を外れた使用を防ぐべきである。安易なダイエット目的は論外だが、新薬だけに治療でも副作用などに注意して使う必要がある。