#MeTooでハリウッドは変わった 「TOKYO VICE」の鷲尾賀代プロデューサーが語る日米の差(2024年4月6日『東京新聞』)

 
 女性の人権への意識が高まるきっかけとなった米ハリウッドでの「#MeToo」運動が始まって6年。当時WOWOW米・ロサンゼルス事務所に駐在し、劇的に変わっていくハリウッドを目撃した鷲尾賀代WOWOWチーフプロデューサーに、当時の様子や日米の違いについて聞きました。(石原真樹)

 鷲尾賀代(わしお・かよ) 青山学院大卒業後にWOWOWに入社。映画部で、来日する映画監督や俳優のインタビュー番組を立ち上げる。2011年に米・ロサンゼルス事務所を開所し、メジャースタジオとの契約交渉や国際共同制作に取り組む。21、22年に米ハリウッド・リポーター誌の「全世界のエンターテインメント業界で最もパワフルな女性20人」に、23年には同誌の「国際的なテレビ業界で最もパワフルな女性35人」に選出。ハリウッドと共同制作したWOWOWオリジナルドラマ「TOKYO VICE」(Season2が4月6日に放送開始)シリーズを手がける。各国の女性監督や俳優が共同制作した米国アカデミー賞歌曲賞ノミネートの映画「私たちの声」(22年)に参加。

アメリカはやはりチェンジの国だった

 ―2023年10月に東京国際映画祭トークセッションに登壇し、17年に始まった#MeToo運動によって米ハリウッドは劇的に変わったのに「日本は変わることが不得意」と指摘しました。
 ハリウッドは#MeToo運動でがらっと変わり、やはりチェンジの国だと実感しました。各部署のヘッドはだいたい白人男性だったのに、何%雇わないとまずい、とにかく女性かマイノリティーを紹介して!と。どうしてこんなに急に、と笑ってしまうくらいで、「これは大チャンス」と思った人も多かったのではないでしょうか。逆に白人男性は「大変だ」と。日本には「取締役が全員男性じゃないか」と言われ続けて20年、みたいな企業がいまだにある。米国には、変えないと後ろ指を指されてしまうという危機感がある。そちらのほうが正しいですよね。
海外でのコンテンツ共同制作について語るWOWOWの鷲尾賀代チーフプロデューサー=東京都港区で

海外でのコンテンツ共同制作について語るWOWOWの鷲尾賀代チーフプロデューサー=東京都港区で

 私からみるとむしろ逆差別なのではないか、実力でやればいいのに、と感じたくらいですが、米国人からすると、女性やマイノリティーは実力をつけるまでに経験を積む機会をもらっていないから、彼らが白人男性と同じスタートラインに立つために今機会を与えなければいけないのだ、という考え方でした。

◆撮影前にハラスメント研修、絶対に週休2日

 ―米国の撮影現場の現状は。
 撮影前にはハラスメント研修が行われます。こうなったらセクハラ、こうしたらパワハラになるので気をつけましょうという研修を全員が受けなければならない。日程が合わない人は後から映像を見ていました。米国でも強い口調になってしまう監督がいたり、人にもよりますが、平均的には昔より良くなったし、セクハラはほぼなくなっているのではないでしょうか。
 俳優組合、監督組合などでは1日12時間以上は撮影しない、それ以上だと追加料金がかかるルールがあるので、11時間を過ぎるとまわりがみんなそわそわしてくる。そして撮影の間のインターバルは12時間必ず取る。いつからのルールなのかは分かりませんが、働き方改革はすごく進んでいると思います。
 WOWOWはオリジナルドラマ「TOKYO VICE」をハリウッドと共同制作しました。週休2日など、ルールに従ってきっちり撮影が行われ、日本のスタッフには勉強になることが多かったと思います。撮影を休む間も倉庫を借りなければいけないのでお金がかかりますが、でも絶対に2日休む。「ホットミール」(温かいご飯)を出さなければいけないのでおみそ汁が付いたり、毎日カフェカーは来るし、心豊かに働ける現場だと感じたのではないでしょうか。
「TOKYO VICE Season2」から(WOWOW提供)

「TOKYO VICE Season2」から(WOWOW提供)

 ―#MeToo運動の前から日本に比べ米ハリウッドで女性は活躍していたのでしょうか。
 2011年に米国に赴任してすぐ、映画スタジオには女性エグゼクティブがすごく多いと感じました。半数近かったような気がします。ただ「40歳を過ぎると女優が主役の映画やドラマがなくなる」とは言われていて、それに対して俳優のリース・ウィザースプーンは「であれば自分で作る」と制作会社を自分で立ち上げました。自分で脚本を探し、プロデュースし、お金を付け、主演する。監督も脚本家も全部女性。プロデューサー組合のイベントで彼女が発言するのを聞いて極端だなとも感じましたが、それを堂々とこういう場所で言えるのはすごいことだし、それくらいしないとダメなのだと思いました。
 米国は個人主義のイメージがありますが、シェア文化、助けてあげる文化はすごくあって、何の見返りも求めずに人の紹介などをしてくれる。女性同士の助け合いもめちゃくちゃあります。例えば黒人のエバ・デュバーネイ監督はとてもパワフルな女性で、彼女もマイノリティーを積極的に雇っているそうです。自分は黒人女性として成功したから、同じようにみんなに分けたい、引っ張ってあげたいという気持ちが染みついている。宗教的な側面もあるのかもしれませんが。寄付も、もちろん税金対策の意味もありますが、めちゃくちゃ稼いだから世の中に還元するものだよねという意識がある。日本だとそれを公表すると「偽善者」みたいに言われてしまうのが不思議です。

◆「出る杭は打たれる」が海外では衝撃を与えた

 ―東京国際映画祭トークで韓国の俳優ペ・ドゥナさんが、鷲尾さんが口にした「出る杭(くい)は打たれる」というフレーズに衝撃を受けていましたね。
 日本の文化ですよね。何十年もこの言葉を使っていますが、これほど日本にぴったりな言葉はない。ペ・ドゥナさんがとてもいいことを言いました。「杭が集まればどこに当てたら良いか分からなくなる。始めようとする人に勇気と希望を伝えたい」と。なかなか出る人はいないですが…。教育の問題が大きいと思います。日本は、どんぐりになろうという教育ではないですか。米国では「うちの子はできなくてすみません」なんて言う親はいません。「かわいいでしょ、よくできるのよ!」と。子どものころからそう言われて育てば、違いますよね。
作品への思いを語るWOWOWの鷲尾賀代チーフプロデューサー=東京都港区で

作品への思いを語るWOWOWの鷲尾賀代チーフプロデューサー=東京都港区で

 米国に行く前に日本で働いていたとき、ある省庁のトップに近い人に紹介していただきたい案件があり、担当部の人にお願いしたら「それは良い話だ」と認めてくれました。ところが、「WOWOWの社長か取締役か、誰か偉い人と一緒に来てくれ」と求められて。仕方なく役員にお願いして「でも俺、分からないから何もしゃべれないよ」と困惑する役員に「スーツを着た男性が必要なんです!」と説得した経験があります。米国では、若くても女性でも対等に扱ってもらえて、いい企画さえ持っていれば壁はばんばん破っていけた。人と仕事をしている感じ、というか。日本では名刺やポジションと仕事をしている感覚でした。

◆効率的に家事をこなす The Japan の主婦

 ―世界の女性監督や俳優が共同製作した映画「私たちの声」(22年)に呉美保監督、杏さんと参加。短編「私の一週間」で、2人の子を抱え家事に育児に仕事に追われる母親のせわしない日常を描きました。
 これぞThe Japanの主婦。仕事もあるのにあんなに頑張っている、これが日本のスタンダードではないでしょうか。ほかの作品に参加した海外の俳優から「日本の作品が一番いい」と言われたくらい評判が良かったです。海外の人には効率的にあんなに家事をこなすというのはあまりないみたいです。パンを焼いておしまい、とか。全部食事を準備して、お弁当も作って、というカルチャーを海外に見せられるのは面白いなと私は思っていました。
「私の一週間」からⓒWOWOW

「私の一週間」からⓒWOWOW

 撮影当時は呉監督のお子さんがまだ幼く、杏さんも3人お子さんがいるので、基本的に撮影は午後6時まで。夜のシーンがあったので1日だけ午後8時まで撮りましたが、撮影時間は12時間というハリウッドより短かったです。企画の趣旨が趣旨なので、合わせてやるしかないし、予算オーバーしないならいいですよ、と。ただ商業的な映画だと難しいかもしれない。そうなると別の監督を、となってしまう。
 でも誰かがやらなければならない。実力のある監督や俳優が、「この人を使いたいならこの人の『わがまま』を聞かなければならない」と思わせないと。あえて「わがまま」と言っていますが、そうやって業界を変えていくことは必ずやっていかなければと思っています。
 あらためて呉監督に作品への思いを聞いたら、このような答えが返ってきました。

 金銭の援助もふくめ、男をあえて存在させないことで、シンプルに、働きながら子どもを育てるということがどんな毎日かを描きたかった。主人公の女性の生き方が、細かくて丁寧か、またはそうじゃないかは、見た人それぞれの捉え方でいいと思います。私としては、とにかく、こなさなければならないあらゆるタスクを表現することに注力しました。シングルであっても、そうじゃなくワンオペの方でも、夫婦で共有できている人でも、毎日、頑張ってるよねというエールを送りたい。と同時に一方で、アンチテーゼでもあります。日本の母親(働いていても、専業主婦でも)が担う家事がまだまだ多過ぎるやろ!という。
 そして何より、この生活を知らない、わかっていない人にこそ、見て、感じてほしいとも思っています。家事育児を妻に任せきりで夜に飲み歩く夫たち、いつか子を産むかもしれない女性たちにも。日本は、こんな閉塞(へいそく)感、これでいいんですか?というメッセージを。昨今の性加害報道からみるミソジニー的な感覚にも、すべて結びついているなと、改めて強く思います。

◆漫画原作、人気俳優ばかりがメインストリームでいいのか

 ―日本の映像作品のクオリティーを上げていくためには何が必要だと思いますか。
 観客の認識を変えることしかないと思います。ペ・ドゥナさんがトークセッションで、韓国のコンテンツ力が上がっているのは韓国の観客のレベルが上がっているからだと話していました。観客の目が肥えていて、面白くない作品にはブーイングするし、観客に育てられた、と。日本で、漫画原作とかドラマのスピンオフとか、有名な俳優が出ているとか、そういう作品がメインストリームになる流れを変えないとダメなのではないでしょうか。主役の人気がないと数字が落ちてしまうビジネス構造なので難しくはありますが。
インタビューに応じるWOWOWの鷲尾賀代チーフプロデューサー=東京都港区で

インタビューに応じるWOWOWの鷲尾賀代チーフプロデューサー=東京都港区で

 見せるものを変えることで見る側を変えていくことも大事だと思います。ディズニー映画の「リトルマーメイド」(2023年)で、マーメイドたちは多種多様な人種でした。男性も女性もLGBTQの方々も(それぞれが)分かるように描かれている。私自身は「ここまで描かなければダメなのか」と違和感がありましたが、それがスタンダードなんだ、と。日本はドラスチックには変えづらいので若干の違和感、たとえば政治の会議にせめて3分の1は女性が座っているとか。もうそれだけで「え」となる人もいると思いますが、そういう人には「え」と思っていてもらい、今後の教育のために、意識して現実よりちょっと先を描いていく。そうしないと全然進まないので、作り手が大丈夫かな?と違和感を覚えるくらいやっていくべきだと思っています。

◆方向転換のきっかけは「グレーゾーン」

 ―なぜこの仕事に就いたのでしょうか。
 米ニューヨークの国連で弁護士として働いていた親戚にあこがれ、海外に興味を持ちました。大学では国際弁護士を目指して国際法を学び、白黒はっきりさせることが法律だと思ったのに、学ぶほどに法律にはグレーゾーンが多くて、性格に合わないなと途中で方向転換。人に興味があり、海外でいろんなことをしている人を日本に紹介できる仕事、テレビ局のリポーターがいいなと。WOWOWに入って最初は営業で電気屋さんを回った後、映画部に異動して映画を見始め、映画の裏には命をかけて2時間の映像を作っている人たちがいることを知りました。
 洋画を担当して彼らが来日するときにインタビューをするようになって、もう映画の世界にどっぷり。やはり何かを成し遂げた人の話はすごく面白くて。私の原動力は「この人と仕事がしたい」です。「ムーランルージュ」のバズ・ラーマン監督にインタビューしたときに、まだ20代だったのに「一緒に何かやりたいです!」と訴えていました。2011年に米国の事務所に赴任してすぐ、ドラマのマーケットでHBOのドラマ「ニュースルーム」の1話を見て号泣。組織にあらがって頑張る報道人の話で、絶対にこれを日本で見せたいと思いました。その後、企画・製作総指揮のアーロン・ソーキンにインタビューする機会があり、その時にも「この人と絶対に働きたい」と恐れ多くも思ってしまいました。

◆「何をやりたいか」を持っていればチャンスはある

 ―「出る杭は打たれる」のはしんどいですよね。
 気づいたら、出ているんですよね…。打たれようと思っているわけではないのですが、いつも出てる。もうどうしよう、という感じです。人間なので、しゅんとなる時もあります。ああ受け入れられないんだなあ、と。たまにおとなしく目立たないようにしようと自分に言い聞かせる時期もありますが、何かやりたいことが出てくると、飛びついてしまうのですよね。それで意外と辞めずにここまできてしまいました。本気で辞めようと思うタイミングで、何か起きて。それが正解だったのかは分かりませんが。
 私もめげるときもありますが、でも周りになんと言われようともやっぱり「自分は何がやりたいか」というのを持っていれば、めげても、変えられないです。それがチャンスにつながっていくのではないでしょうか。
 お金をもらうことが働く目標で、昇進していくことにやりがいを感じる人も当然いる。それは悪いことではない。でもそうなると群れに溶け込んでいかに気を使ってやるか、となっていく。新聞社もそうではないですか。「1足す1は5じゃない」と思っていても「そうですね、5になることもありますよね」と言えるか。私は絶対に言えないです。