米アカデミー賞/日本の創作力示した2冠(2024年3月14日『神戸新聞』-「社説」

 映画界最高峰の栄誉とされる米アカデミー賞で、宮崎駿監督の「君たちはどう生きるか」が長編アニメーション賞、山崎貴監督の「ゴジラ-1・0(マイナスワン)」が視覚効果賞を受賞した。宮崎監督作品の受賞は2003年の「千と千尋の神隠し」以来、21年ぶり2度目となる。

 視覚効果賞はアジアの映画では初めてで、監督として同賞を受けたのは「2001年宇宙の旅」のスタンリー・キューブリック監督以来、55年ぶり2人目である。日本映画界2冠の快挙に拍手を送りたい。

 「君たちは-」は戦時中の火災で母を亡くした少年が、奇妙なアオサギの案内で異世界に迷い込み、さまざまな出会いをする物語だ。83歳の宮崎監督は13年に引退を発表した。それを撤回したのは「もう一本作りたい」との熱意からだった。


 受賞作は葛藤を抱える少年を通し「どう生きるか」を問いかける。テーマの普遍性と多様な解釈を許す深い世界観が共感を得たのだろう。

 「ゴジラ-1・0」はシリーズ70周年記念作で、実写版では30作目になる。「ALWAYS 三丁目の夕日」などで知られる山崎監督がVFX(視覚効果)も担当した。全てを失った敗戦直後の日本で、襲い来るゴジラに人々が立ち向かう。

 撮影では、最新のデジタル技術にミニチュア模型などを使う昔ながらの特撮技術を加え、手作りの温かみを出した。製作費が米映画の10分の1ほどだった点もハリウッドを驚かせた。歴代のゴジラと同様、工夫を重ねて限られた予算内で作る。まさに日本映画の伝統を生かした。

 視覚効果賞はこれまで「スター・ウォーズ」「E.T.」「ジュラシック・パーク」などの超大作が受賞してきた。「望むことすら想像しなかった場所」(山崎監督)に日本の映画人が立ったことは感慨深い。

 受賞2作品は海外でも観客動員数を伸ばすなど、興行的にも成功している。今回の評価が日本映画界全体の底上げにつながり、労働環境が厳しいとされる作り手の待遇改善を促すことも期待される。

 受賞は逃したものの、役所広司さん主演の「PERFECT DAYS」も国際長編映画賞部門にノミネートされた。監督はドイツのビム・ベンダース氏で、トイレ清掃の仕事をする男性の日常を淡々と描いた。ベンダース氏は「東京物語」(1953年)を見て以来、小津安二郎監督を敬愛しているという。

 お家芸のアニメと特撮のゴジラ、小津監督の芸術性に影響を受けた作品と、今年のアカデミー賞では、日本映画が積み重ねてきた創作の力を改めて世界に示した。ぜひ後に続く受賞者が出てきてほしい。

 

アカデミー賞(2024年3月14日『宮崎日日新聞』-「社説」)

◆戦争と核兵器をなくす力に◆

 世界各地で戦闘が続き、核兵器使用に対する緊張感が高まる状況で開かれた第96回米アカデミー賞は、戦争と核に向き合った数多くの作品に贈られた。人々が抱いている危機感や平和への願いが、さまざまなかたちで伝わる機会になった。

 作品賞、監督賞など7部門で受賞した米映画「オッペンハイマー」は、第2次大戦中に、米国の原爆開発を主導した物理学者ロバート・オッペンハイマーの伝記映画。日本初の視覚効果賞に輝いた「ゴジラ―1・0(マイナスワン)」は、終戦直後の日本にゴジラが襲来、原爆投下を思わせる熱線や黒い雨の描写がある。長編アニメーション賞に輝いた宮崎駿監督「君たちはどう生きるか」も、戦時中の日本で母を亡くした少年の物語だ。

 それだけではない。国際長編映画賞と音響賞を受賞した「関心領域」は、ホロコーストの現場となったアウシュビッツ強制収容所の隣で、平穏に暮らしていた所長一家の物語。長編ドキュメンタリー賞を受けた「マリウポリの20日間」は、ロシアのウクライナ侵攻直後、ウクライナ南東部の都市マリウポリに入ったAP通信の記者が現地の惨状を記録した映像だ。

 「マリウポリの20日間」の監督が壇上のスピーチで、「絶対にマリウポリの人々が忘れられないでいてほしい」と笑顔も見せずに語った言葉が、今回のアカデミー賞の雰囲気を象徴していた。

 さらに、授賞式会場では、平和を訴える無言の意思表示もあった。歌曲賞を受賞した歌手ビリー・アイリッシュさん、助演男優賞にノミネートされた俳優マーク・ラファロさんら複数が、パレスチナ自治区ガザでの即時停戦を訴える赤いピンバッジを胸元に着けて出席した。意思表明の勇気をたたえたい。

 ところで、今回のアカデミー賞の中心となった「オッペンハイマー」は日本未公開だ。「原爆の父」と呼ばれたオッペンハイマーの栄光と挫折を描いた作品に対して、唯一の被爆国である日本の観客が複雑な心境になるのは確かだし、米国の配給元などが慎重な構えを取ることに一定の理解はできる。だが、もし、映画の作り手たちが作品の力を信じているならば、本来は日本で真っ先に公開されるべきだったのではないか。

 授賞式後の記者会見で「ゴジラ―1・0」の山崎貴監督は「戦争と核兵器の象徴であるゴジラを何とか鎮めるという感覚を、今、世界は欲しているのではないか」と話した。29日にようやく日本公開される「オッペンハイマー」が、戦争と核兵器廃絶へ向けた新たな議論のきっかけとなることを願いたい。