第96回米アカデミー賞で、米国の映画「オッペンハイマー」が作品賞など7部門を受賞した。日本では29日に全国公開される。
「原爆の父」と呼ばれたオッペンハイマー博士の伝記映画だ。第2次世界大戦中に米国の原爆開発を主導したが広島、長崎の惨状を知り戦後、苦悩する様子を描く。
原爆投下について、米国では今も戦争終結を早めたと正当化する見方が主流だ。そこに一石を投じる作品が米国で制作され、受賞につながった。その意義は大きい。
今年の特徴は他にも戦争を扱った作品の受賞が目立つことだ。戦火が続き核の脅威が増す危うさが監督らの創作意欲をかき立て、観客にも評価された結果と言える。
いずれも戦争とは何かを問う。各作品が持つ意味を考えたい。
「オッペンハイマー」は博士の一人称の視点で進む。ナチスドイツに対抗し原爆開発に突き進みつつも、その正当性に悩む科学者の複雑な心境を浮き彫りにする。
被爆地の惨状は描かれず日本では疑問の声も上がるが、反核の思いがにじんだ作品と言える。
軍事技術と科学者の関係性も重要なテーマだ。今も人工知能(AI)が敵を狙う兵器を巡り、規制を求める声が国際社会で強まっている。決して過去の話ではない。
今年は他にも、ナチスのホロコーストを取り上げた「関心領域」が国際長編映画賞を、またロシアのウクライナ侵攻を伝える「実録マリウポリの20日間」が長編ドキュメンタリー賞を獲得した。
一連の受賞は、アカデミー賞の変容もうかがわせる。
主催する映画芸術科学アカデミーは、白人や男性に授賞が偏っているとの批判を受け、女性や性的少数者などの視点も尊重し、多様性の重視に力を入れてきた。
その結果、社会的メッセージを発信する傾向が強まった。格差社会を描く韓国映画「パラサイト 半地下の家族」やろう者の俳優が出演した「コーダ あいのうた」の作品賞受賞などに象徴される。
今年は世界で深刻化する戦争への明確な意思表示と言えよう。
日本作品では、ともに戦中・戦後が舞台の「君たちはどう生きるか」(宮崎駿監督)が長編アニメーション賞、「ゴジラ―1・0(マイナスワン)」(山崎貴監督)が視覚効果賞を受賞した。
山崎監督は「オッペンハイマーに対するアンサーの映画を日本人として作らないといけない」と述べた。映画人の今後の活躍に期待し、思いを受け止めていきたい。