アカデミー賞に関する社説・コラム(2024年3月13日)

受賞作が問う戦争の時代/米アカデミー賞(2024年3月13日『東奥日報』-「時論」)

 

 映画は、悲惨な歴史を変えることはできないが、未来に同じ過ちを起こさないよう、訴えることはできる。

 世界各地で戦闘が続き、核兵器使用に対する緊張感が高まる状況で開かれた第96回米アカデミー賞は、戦争と核に向き合った数多くの作品に贈られた。人々が抱いている危機感や平和への願いが、さまざまなかたちで伝わる機会になった。

 作品賞、監督賞など7部門で受賞した米映画「オッペンハイマー」は、第2次大戦中に、米国の原爆開発を主導した物理学者ロバート・オッペンハイマーの伝記映画。日本初の視覚効果賞に輝いた「ゴジラ-1.0(マイナスワン)」は、終戦直後の日本にゴジラが襲来、原爆投下を思わせる熱線や黒い雨の描写がある。長編アニメーション賞に輝いた宮崎駿監督「君たちはどう生きるか」も、戦時中の日本で母を亡くした少年の物語だ。

 それだけではない。国際長編映画賞と音響賞を受賞した「関心領域」は、ホロコーストの現場となったアウシュビッツ強制収容所の隣で、平穏に暮らしていた所長一家の物語。長編ドキュメンタリー賞を受けた「マリウポリ20日間」は、ロシアのウクライナ侵攻直後、ウクライナ南東部の都市マリウポリに入ったAP通信の記者が現地の惨状を記録した映像だ。

 「マリウポリ20日間」の監督が壇上のスピーチで、ウクライナの歴史の中で初めてのオスカー受賞であることに言及しながら「絶対にマリウポリの人々が忘れられないでいてほしい」と笑顔も見せず語る言葉が今回のアカデミー賞の雰囲気を象徴していた。

 さらに、授賞式会場では、平和を訴える無言の意思表示もあった。歌曲賞を受賞した歌手ビリー・アイリッシュさん、助演男優賞にノミネートされた俳優マーク・ラファロさんら複数が、パレスチナ自治区ガザでの即時停戦を訴える赤いピンバッジを胸元に着けて出席したのだ。 この問題では、これまでハリウッドの監督や俳優から積極的な発言がほとんどなく、ユダヤ系の「大きな力」が取り沙汰されることがあった中で、こうした意思を表明したことに共感し、その勇気をたたえたい。

 ところで、今回のアカデミー賞の中心となった「オッペンハイマー」の日本公開はこれからだ。米国をはじめ韓国や中国を含む世界60カ国以上で昨年7、8月に公開され、既に大ヒットしている。「原爆の父」と呼ばれたオッペンハイマーの栄光と挫折を描いた作品に対して、唯一の被爆国である日本の観客が複雑な心境になるのは確かだし、米国の配給元などが慎重な構えを取ることに一定の理解はできる。

 だが、もし、映画の作り手たちが作品の力を信じているならば、本来は日本で真っ先に公開されるべきだったのではないか。批判を恐れるあまり、見るチャンスを奪ったり制限するのではなく、もっと観客を信じてほしい。

 授賞式後の記者会見で「ゴジラ-1.0」の山崎貴監督は「戦争と核兵器の象徴であるゴジラを何とか鎮めるという感覚を、今、世界は欲しているのではないか」と話した。29日にようやく日本公開される「オッペンハイマー」が、戦争と核兵器廃絶へ向けた新たな議論のきっかけとなることを願いたい。

 

アカデミー賞/強み受け継ぐ環境づくりを(2024年3月13日『福島民友新聞』-「社説」)

 特撮やアニメは日本が長く培ってきた強みの分野だ。インターネット配信の普及により、映像作品市場の成長の伸びしろは大きくなっている。海外との激しい競争の中で、いかに高い評価を得る作品を作り続けることができるかが問われている。

 映画の米アカデミー賞で、山崎貴監督の「ゴジラ―1・0(マイナスワン)」が視覚効果賞、宮崎駿監督の「君たちはどう生きるか」が長編アニメーション賞を受賞した。視覚効果賞はアジアの作品で初めての快挙、宮崎監督は2003年の「千と千尋の神隠し」、14年の名誉賞に続く3度目の受賞となった。日本発信の2作品が映画界最大の祭典で高い評価を得たことを喜びたい。

 「ゴジラ―」の受賞は本県にとって特にうれしいニュースだ。本作は1954年公開の「ゴジラ」の70周年記念作だ。初代「ゴジラ」の誕生に大きな役割を果たしたのは、須賀川市出身の特撮監督円谷英二による、市街地に巨大怪獣を登場させた特撮技術だった。

 今回の「ゴジラ」は米ハリウッドなどの大作に比べて、10分の1程度の予算で製作されたことが注目されている。予算的に厳しい中で迫力ある映像を生み出せた背景には、円谷監督の時代から受け継がれてきた特撮技術と、最新のデジタル技術によるVFX(視覚効果)の融合がある。

 山崎監督は受賞を受け、「ハリウッドが君たちにも挑戦権があることを示した」と世界の製作者へのメッセージを述べた。今回の快挙が、改めて特撮への注目が集まる契機となることを期待したい。

 アカデミー賞を受賞した2作品は、ゴジラ、宮崎監督という既に一定の評価と知名度を持っていた。日本の映画界が世界への発信を強化していく上では、新たな日本ブランドの作品を作り出していくことが不可欠だ。

 円谷監督の功績をまちづくりに生かす取り組みを進めている須賀川市は、市民が専門家の指導を受けながら、特撮作品を作るワークショップを開いている。新たな作品を一から創造する作業の中で、工夫の大切さを学ぶ場は若い人の関心を喚起し、強い訴求力を持つ作品を生み出す担い手を育てるのに有効だろう。

 映像分野は、これまで日本産業を支えてきた工業製品と併せ、重要な柱となり得る。国はアニメや漫画の世界への発信に力を入れてはいるものの、担い手育成は手薄だ。国などには「第二のゴジラ」「第二の宮崎」を生み出し、育てる環境づくりも求められる。

 

底力(2024年3月13日『福島民友新聞』-「編集日記」)
 
 国内総生産はドイツに抜かれ世界4位に転落し、賃金の伸びは物価高騰に追いつかず消費が伸び悩む。「失われた30年」を取り戻す活力源は、いったいどこに。そんな空気感を打ち破るうれしいニュースだ

▼米アカデミー賞で、宮崎駿監督の「君たちはどう生きるか」が長編アニメーション賞、山崎貴監督の「ゴジラ―1・0(マイナスワン)」が視覚効果賞を受賞した。宮崎監督作品の受賞は「千と千尋の神隠し」以来、21年ぶり2度目となる

▼日本のお家芸でもあるアニメ。宮崎監督の盟友だったアニメ映画監督の高畑勲さんによると、その原点は平安末期以降の絵巻物にさかのぼる。絵画の世界に時間軸を導入しており、特に「鳥獣戯画」は視点や空間表現の変化が豊かだという(「十二世紀のアニメーション」徳間書店

ゴジラは、須賀川市出身の円谷英二監督らの時代から受け継がれる特撮手法と、最新のデジタル技術を組み合わせた。巨額の予算を投じるハリウッド映画に比べ少ない製作費ながら、アジアの作品で初の受賞は胸のすく思いだ

▼世界に誇る文化が根付いた土壌で、また輝かしい花が開いた。まだまだ世界に負けていられない―。日本の底力に、元気をもらった。

 

(2024年3月13日『山形新聞』-「談話室」)

 

▼▽今年の米大リーグ開幕戦は日本人スターの競演が見ものだ。20日、韓国で行われるドジャースパドレス戦。ダルビッシュ有投手がパドレス先発として大谷翔平選手と向き合う。両者の対決は、日米を通じて初という。

▼▽米国では他にも日本人の活躍が目立つ。映画の祭典アカデミー賞で「君たちはどう生きるか」(宮崎駿監督)と「ゴジラ-1.0」(山崎貴監督)が、受賞の快挙を果たした。野球にせよ映画にせよ、さまざまな国の逸材が集う多様性の坩堝(るつぼ)で同胞の実力が評価されている。

▼▽そんな様子に接して誇らしさを覚えるにつけ、国内のセンセイ方の行動にはがくぜんとしてしまう。自民党和歌山県連が昨年11月、主催した会合に露出の多い女性ダンサーを複数招いていた。それだけではない。懇親会では、ダンサーに口移しでチップを渡す参加者もいた。

▼▽ダンサーを呼んだ地元和歌山県議の当初の釈明が振るっている。記者団に語ったのは「多様性の重要性を問題提起しようと思った」。ダンサーの招致や口移しが多様性? 女性議員を中心に、自民内部からも批判が上がるのは当然だ。国際的に日本の品位が疑われかねない。

 

ゴジラからの贈り物(2024年3月13日『産経新聞』-「産経抄」)

映画「ゴジラ-1.0」アカデミー賞受賞記念記者会見に臨む山崎貴監督=東京・羽田空港

「特撮」が初めて注目された邦画は、昭和17年の『ハワイ・マレー沖海戦』(山本嘉次郎監督)だった。真珠湾攻撃を描くため、東宝映画科学研究所の敷地内に造られた海のミニチュアセットは、約6000平方メートルにも及んだ。

▼特撮を担ったのは円谷英二である。きらめく波頭は水に浮かべた寒天で表現したという。戦闘機の編隊が旋回するシーンはミニチュアの機体を固定し、山の模型を動かすことで撮っている。火薬を用いた海戦は実録に劣らず、米軍が記録映画と間違えるほどの精密な映像だった。

▼これらの技が円谷の代名詞である『ゴジラ』作品で花開いたことは、多くの映画ファンがご存じだろう。コンピューターグラフィックス(CG)が幅を利かせて久しい特撮の技術だが、創意と情熱のバトンは、わが国の映画人に受け継がれている。

▼第1作の公開から70年、ゴジラからの粋な贈り物である。映画の最高峰とされる第96回アカデミー賞で、山崎貴監督の『ゴジラ―1・0(マイナスワン)』が視覚効果賞に選ばれた。資金の潤沢なハリウッドに対し、今作は低予算が話題になった。

▼監督自身がVFX(視覚効果)の技術者として腕を振るい、製作費のスリム化に努めたと聞く。戦闘機を人力で動かし、ゴジラに挑む特撮の模様も動画サイトで見られる。個人の感想ながら、現場の汗のにおいが作中に漂い、戦争を切り口にこちらの涙腺を揺する見せ場もある。

▼「邦画をなめていた」と、SNSでは上質の物語に好意的な投稿も多い。より多くの製作費が加われば、どんな作品が生まれるだろう。創り手の熱意と献身に任せきりにするのではなく、日本を挙げて映画づくりを後押しすべき時期を迎えているようにも映る。

 

【米アカデミー賞】日本の力示すダブル受賞(2024年3月13日『高知新聞』-「社説」)

  
 日本映画史に新たな1ページが刻まれた。米映画界最高の栄誉、第96回アカデミー賞で、宮崎駿監督の「君たちはどう生きるか」が長編アニメーション賞、山崎貴監督の「ゴジラ―1.0(マイナスワン)」が視覚効果賞をそれぞれ受賞した。
 日本のお家芸とも言えるアニメーション制作や、長く磨きがかけられてきた特撮映画の分野で、改めてコンテンツ(作品)をつくり込む力を世界に発信した。ファンや業界関係者の支え、励みになる。快挙を喜ぶとともに、世界を魅了する作品がこれからも続くことを期待したい。
 「君たちは―」は、2003年に「千と千尋の神隠し」で受賞歴のある宮崎監督が、引退宣言を撤回し、7年を費やして制作した。
 戦時中の日本を舞台にした異世界冒険ファンタジーで、タイトルの通り、見る人に生き方を問うような哲学的な内容だ。巨匠の集大成と位置づけられた作品は、アニメにとどまらない深い奥行きと、宮崎作品特有の手描きの美しいタッチなどが高く評価された。
 「ゴジラ―」はCGを駆使し、迫力のある映像を作り上げた。資金力のあるハリウッド映画が受賞することが多い視覚効果賞だが、制作陣は創意工夫を凝らし、低予算で米作品以上のレベルを実現した。NHK朝ドラ「らんまん」の主人公2人が主演しており、高知県民にもうれしい受賞だろう。
 ゴジラのシリーズ第1作は1954年。水爆実験の余波で生まれたとの設定には戦争や核兵器に対するメッセージも込められている。
 原爆開発に関わった学者の葛藤を描いた米映画「オッペンハイマー」が7部門を受賞した結果もあわせて、今回のアカデミー賞は、現在の不安定な国際情勢が反映されたという点にも目を向けたい。
 日本関係では、東京を舞台に撮影された役所広司さん主演の「PERFECT DAYS」も国際長編映画賞部門にノミネートされていた。
 日本の映画が高く評価される背景には、人種やジェンダーなど多様性への意識の高まりから、アカデミー会員が国際化したことも影響しているという。一時期、会員が白人男性に偏り「白すぎるオスカー」とやゆされたこともあった。作品が正当に評価される流れは歓迎したい。
 今回のダブル受賞で邦画は勢いがつくことだろう。ただ、日本映画界が抱える構造的な課題もある。
 日本では1本の映画に投じられる製作費が減少傾向にあり、低賃金や長時間労働など製作現場にしわ寄せが及んでいる事例が報告される。若いスタッフの処遇改善を求める声は多い。独立系の作品を多く扱い、映画の多様性を支えてきたミニシアターの数も減っている。
 日本映画は近年、人気作が海外での興行実績を伸ばしており、日本の強みであるコンテンツ産業の一つとして期待は高まっている。映画界全体の底上げのため公的支援の拡充、業界内の新しい連携の在り方などを探っていく必要がある。

 

ゴジラの70年(2024年3月13日『高知新聞』-「小社会」)

  
 ゴジラ映画は随分見た方だが、1954年の第1作を超えるリアルな映像はないと勝手に思っている。原爆投下から9年。米国の水爆実験で第五福竜丸などが被ばくしたビキニ事件があった年。モノクロの映像を核への恐怖が貫く。

 破壊された街並み、逃げ惑う群衆、病院にあふれるけが人は、空襲や原爆の惨状を思わせる。「また疎開か。いやだなあ」。電車に乗る人々のせりふにも戦争の生々しい記憶がある。

 数年後に公開された米国版は、大きく改変されたことが知られる。主演した俳優の宝田明さんは晩年、「米国にとって都合の悪い部分がずたずたに切られ、反核的な部分が全くなくなってしまっていたんです」と語っている。

 最新作「ゴジラ―1.0(マイナスワン)」が米アカデミー賞の視覚効果賞に輝いた。最新技術を駆使した作品は、第1作の後味とは違う。ただ、70年の時を経て山崎貴監督は言う。戦争と核兵器の象徴であるゴジラを「鎮めるという感覚を世界が欲しているのでは」。

 最新作は、米国で上映された実写の邦画では最高の興行成績になった。公開70年の第1作も、米国で上映会が相次いでいるという。人間の愚かさを見る昨今の世界。核への恐怖は70年前よりもリアルさを増したのだろうか。

 受賞の快挙でまたゴジラが注目されそうだ。その原点を思うべきは、核兵器禁止条約に背を向ける唯一の戦争被爆国にもいるのかもしれない。

 

ゴジラ-1.0』のリアル(2024年3月13日『熊本日日新聞』-「新生面」)

 初代ゴジラの登場は1954年。米国の水爆実験で第五福竜丸被爆反核運動が高まっていた年だ。映画は大ヒットし、ゴジラが東京を焼き尽くすさまを着ぐるみとミニチュアで表現した円谷英二は「特撮の父」と呼ばれた

▼それから70年。特撮職人のDNAは受け継がれていた。米アカデミー賞山崎貴監督の『ゴジラ-1・0(マイナスワン)』が視覚効果賞に輝いた。監督自らVFX(視覚効果)チームを指揮し、実写とCGを組み合わせた低予算にして臨場感あふれる映像は、ハリウッドの称賛を浴びた

▼水しぶきを上げて船を追い、破壊の限りを尽くすゴジラの迫力には息をのんだ。現実との接点が丁寧に作り込まれ、架空の物語がリアルに立ち上がってくる。だからこそゴジラとの戦いに重ねられた元特攻兵のドラマが、切実に胸に迫ってきた

▼見る人を空想の世界に誘う映画は、社会を映す鏡でもある。戦争をテーマにした作品が今年のアカデミー賞を席巻したのも、今の国際情勢と無関係ではないだろう

▼作品賞など7冠を獲得した『オッペンハイマー』は、原爆開発者の葛藤を描く。月末から日本でも公開される。広島や長崎の惨禍が表現されていないなどの批判もあるが、「私の両手は血にまみれている」と語った物理学者の苦悩に触れたいと思う

ゴジラは「祟[たた]り神」であり、戦争や核兵器の象徴と山崎監督は語る。「鎮めるという感覚を世界が欲しているのではないか」。だからこそ多くの国でゴジラ映画が求められたのだろう。

 

 
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