新入学する君へ 広い世界へ踏み出そう(2024年4月2日『東京新聞』-「社説」)

 春うらら、新入学の時期です。真新しいかばんに教科書と期待と不安を詰めて、新しい教室に通う君たちを応援するために、今日は人生の先輩2人が若いころに体験した「出合い」を紹介します。
 まず1人は岐阜県出身の作家、朝井リョウさん(34)です。
 高校時代、受験勉強で国語の過去問を解いていました。出題の文章は、同じ岐阜県出身の作家、堀江敏幸さんの小説「スタンス・ドット」。朝井さんはこの短編にすっかり魅了されて、堀江さんが教える早稲田大に進みます。
 早大在学中に文学新人賞を受賞したほど早熟な朝井さんですが、文壇屈指の純文学作家から指導を受け、さらに才能を伸ばします。今では若手エンタメ作家の代表格として、大活躍しています。
 古典の文法、三角関数、元素の記号…。学校の勉強は時に「何の役に立つの?」と思うこともあるでしょう。でも、君が広い世界に踏み出すきっかけは、朝井さんの過去問のように、思いもかけないところにあるかもしれません。
 それはまた、学校の中に限った話ではありません。
 能登半島の石川県七尾市で、和菓子の店に生まれ育った少年の場合がそうです。小学3年の折、友人の誕生日会で初めてショートケーキを食べて「こんなにうまい食べ物があったのか!」と驚き、洋菓子の道を志します。
 高校を出た後は東京で修業し、日本の洋菓子コンクールで史上最年少の23歳で優勝。後に世界のコンクールでも次々に優勝し、「世界一のパティシエ」となったのが辻口博啓(つじぐちひろのぶ)さん(57)です。
 今では多くの店を経営しつつ、専門学校を開校して後進を育成。故郷で能登半島地震が起きると、「スイーツで少しでも笑顔に」と市役所や避難所に仲間らと共に菓子を届けています=写真中央。
 2人とも、若き日の小さなきっかけがその後の人生につながり、それぞれの分野で社会を豊かにしてくれています。若い君も幅広く関心を持って、さまざまなことを積極的に体験してみてください。そこかしこに思わぬ「出合い」が待っているはずです。