元帥没後60年(2024年3月31日『高知新聞』-「小社会」)

 かねて入ってみたかったその部屋に先日入らせてもらった。皇居前広場向かいの第一生命ビル。6階の一角に、連合国軍最高司令官だったマッカーサー元帥の執務室がほぼ当時のまま残されている。

第一生命、マッカーサー元帥の執務室を公開 |

 革張りのソファ。その前の大きな机に引き出しはない。もとは同社の石坂泰三社長が使っていた。物事を早く決める、書類を寝かせない。そんな石坂の流儀に元帥も共鳴したという。

 女性参政権、教育の自由化…。この机の上をどれだけの書類が通っただろう。軍人でありつつ戦争を憎んだ。いずれ大統領にという野心もあった。誇り高き男、理想家、エゴイスト、慈悲深い心…。作家の故半藤一利氏は彼をいろいろな言葉で表現した。

 日本人に自由をもたらし、自立した国をつくる―と自らの仕事にまい進した。しかし、冷戦が始まるとワシントンの方針は一転。元帥の意に反し、日本の再軍備などを次々と求めた。軍事だけではない。以後、日本の従属はあらゆる面で続いていく。

 農業も、半導体も、金融も。日本の力をそぐ多分野の対日要求に日本がほぼ付き従う構図は誰が首相になっても、いつになっても変わらない。変えようともしない。この卑屈な構造を思想史家の白井聡氏は「永続敗戦論」と呼んでいる。

 マッカーサーがこの世を去って来月で60年。彼は今の日本をどこまで想像できただろう。近く訪米する岸田首相。今度は何を約束してくるだろう。