週のはじめに考える 燃えよ、「部活」のように(2024年3月31日『東京新聞』-「社説」)

 何をもって春だと感じるかは、人それぞれ。野球ファンでも気の早い人は「プロ球団のキャンプイン」と言うでしょう。「いや、高校野球の選抜大会開幕だ」と考える人も、少し後の「プロ野球公式戦のスタート」を挙げる人もいるはずです。
 どれかでなく、その辺りの気分を引っくるめて「球春」という言い方がありますが、この週末には既にセ・パ両リーグでペナントレースも始まったので、ここはもう何はばかることなく「球春到来」と言ってよいでしょう。
WBC効果」の大きさ
 この「球春」という言葉、新聞はかなり前から使っていますが、辞書に載るようになったのは比較的最近のこと。広辞苑なら、2018年改訂の7版でやっと掲載されました。手元の歳時記には見当たりませんが、俳人坪内稔典さんの『季語集』では、春の季語に仲間入りしています。
 さて、そのプロ野球ですが、公式戦の総観客動員数は20年、21年と1千万人に達しませんでした。無論、コロナ禍のせいです。ところが22年は倍増以上の2107万人、23年はさらに増えて2500万人超。まだ、コロナ禍前、19年の2653万人には及ばないものの、かなり順調な復活であることは間違いありません。
 各球団は今季、さらなる誘客に躍起ですが、オープン戦を見る限り、人気上昇は続く気配があります。ソフトバンクは球団史上最多の観客動員を記録、阪神は1試合で4万人超の観客を集めました。素人考えながら、やはり一番の要因は「あれ」ではないか、と。そう、ワールド・ベースボール・クラシックWBC)です。
 大谷翔平選手ら日本代表が、メジャーの有力選手をそろえた米国などを撃破して世界一になったのは昨年3月。あの時の感動が、ずっと効いていると思うのです。
 クラレが発表する小学6年生の「将来就きたい職業」アンケートの結果にもそれはうかがえます。23年も男子の1位は「スポーツ選手」でしたが、内訳では野球(40・3%)がサッカー(25・4%)を大きく上回り3年ぶりのトップに。同社も「サムライたち」の偉業が影響したと分析しています。
「プロらしからぬ」の魅力
 では、なぜ、そこまでWBCは人々の心を揺さぶったのか。試合の細かいところはもう覚えていませんが、今も強烈に残っている、ある印象があります。
 それは、選手らの熱さ、です。ひたむきさ、懸命さといってもいい。常に全力疾走、好機にはベンチから身を乗り出して大声援を送り、仲間の快打には大騒ぎ、ケガを押して守備につき…。中継を見ながら正直、こう思いました。
 これはプロ野球じゃない、「部活」だ-。
 「プロならでは」の高い技術やパワーも無論、魅力ですが、逆に「プロらしからぬ」熱さやひたむきさが、さほどプロ野球に興味のなかった人まで魅了した、とは考えられないでしょうか。
 確かにプロのシーズンは長丁場で、コンスタントな活躍を求められます。野球少年のころには確かにあった熱さやひたむきさは「職業」にした瞬間から、少しずつ失われていくものなのかもしれません。でも、もしファンが本当に見たいのが「プロらしからぬ」熱い「プロ野球」だとしたら? 選手らが球場で「部活」みたいに燃える姿を見せることが「最大の誘客策」になるということでしょう。
 話が桂馬筋に進むようですが、似たことは国会議員にも言えると思います。政治を志した時には誰でも「国民奉仕に身を捧(ささ)げる」みたいな熱い理想、燃える思いを抱いていたはず。まさかそんなころから「パーティー券の売り上げで裏金をこしらえ、選挙資金にしよう」などと考えていた人がいるとは思えません。
 それが、「永田町の論理」にも特権にも清濁併せのむことにも慣れていくうち、初心は消え去り、いつの間にか「議員でいること」が目的に…。そういう議員諸氏には、何とか「あのころ」を思い出してもらいたいものです。
「あのころ」を思い出す
 もっとも、「職業」にすることがもたらすそうした傾向自体は、他のどんな「プロ」にも当てはまるのかもしれません。長い間、同じ仕事を続けていると技術は向上し、要領もよくなるが、気がつくと、若き日、新人のころに抱いていた熱さ、ひたむきさからは、はるか遠いところにいる…。
 教師も技術者もセールスマンも公務員も銀行員も…とにかく、この国のあらゆるプロが「部活」みたいな燃える心を取り戻す-。昔日の勢いを失った「老いたる先進国」再生のカギは案外、その辺にあるのかもと思ったりもします。