◆延べ35万人が利用、でもあきらめるお年寄り
「お風呂はありがたい。でも湯船に入るまでに1時間以上かかることもある」。2月半ば、石川県珠洲市の飯田小で自衛隊の入浴支援に訪れた20代の女性介護士は困り顔だった。脱衣場前の待合室で並び、洗い場の前に列ができる。浴槽の高さは60センチほどあり、浴槽の内外に踏み台と手すりがあるが、「深いのでお湯に入らず家族を待っているお年寄りもいる」。
利用のハードルが高い人もいる。自宅が倒壊し、避難所で生活を送る珠洲市三崎町の小泊正子さん(65)は「孫が小さいから最初から諦めていた。人が多くてけがをしたらと思うと心配」。たらいに湯をためて1歳と2歳の孫を入れ、残り湯で髪を洗うなどし、2月に入りようやく、近所の知人宅で井戸水を沸かした風呂に入った。
◆介護仕様も展開「災害関連死防げる」
介護用浴槽を備えた訪問入浴車を派遣する「テルマエ・ノトプロジェクト」は、一般社団法人「危機管理教育研究所」(横浜市)が展開。輪島市や七尾市、志賀(しか)町の高齢者施設8カ所で、延べ520人余りが利用した。2月末まで「お風呂に入りたいのに元日以来一度も入れていない」との声が寄せられていたという。国崎信江理事長は「寝たきりやおむつを使う人は、皮膚のかゆみや床擦れがひどくなっていた。お風呂に入ると、顔色が良くなり、災害関連死を防ぐ最前線にいると感じる」と語る。
水道が復旧しても、ろ過装置やボイラーが壊れて風呂が使えない施設も多い。この法人は寄付金を使って民間の訪問入浴サービスを派遣するが、1人の入浴に4人の介助者が必要で、1件2万円弱かかる。国崎理事長は「1週間に1回はお風呂に入ってもらいたいが、資金が足りず2~3週間空いてしまう施設もある」。漫画家のヤマザキマリさんがイラストを寄せて支援を呼びかけている。
「頭がかゆいのを通り越した」「お風呂に入らなくても死なないって思うようになった」。奥能登地方では、そんな声が聞かれる。段ボールベッドの考案者で「避難所・避難生活学会」(大阪府)の水谷嘉浩常任理事は「自衛隊頼みで風呂の数が少なく、災害のたびに課題になっている。仮設風呂を全国の自治体が備蓄すれば、被災地に集めて利用できる」と指摘する。
水谷さんは入浴の意義として、体を温め、清潔に保つ点やリラックス効果を挙げ「我慢して声を上げない被災者が多いが、避難生活を日常に近づけるために、風呂は必要」と強調する。
自衛隊は26日時点で、能登地方15カ所で仮設風呂を提供。県内の公衆浴場では無料開放もあるが、距離があり、回数を減らす人も少なくない。水谷さんは要介護者も使える浴槽など「支援からこぼれる人がないような想定をして」と語る。