尊富士110年ぶり新入幕Vに関する社説・コラム(2024年3月26日)

角界の歴史に名刻む偉業/尊富士110年ぶり新入幕V(2024年3月26日『東奥日報』-「時論」)

 

 大相撲春場所で、五所川原市出身の東前頭17枚目尊富士(伊勢ケ浜部屋)=本名石岡弥輝也、木造中-鳥取城北高-日大出=が13勝2敗で新入幕初優勝を決めた。新入幕の優勝は1914(大正3)年夏場所の両國以来110年ぶり。角界の長い歴史に名を刻む偉業を成し遂げた。

 初土俵から所要わずか10場所での優勝は110年前の両國の11場所を抜き史上最速となる。また新入幕初日からの連勝記録11は、昭和の大横綱大鵬に並ぶ快挙である。三役以上の上位陣が振るわない今場所で、平幕ながらひときわ輝く活躍ぶりを見せた。

 本県出身力士の幕内優勝は、97(平成9)年九州場所大関貴ノ浪以来27年ぶりだ。県人力士から遠ざかっていた賜杯を、24歳の若武者が四半世紀余を経てつかみ取った。三賞もすべて獲得した。数々の記録を打ち立てて幕内の頂点に立った逸材が秘める大いなる潜在力、将来性に期待が膨らむ。

 今場所は鋭い踏み込みと突き押し、相手に反撃の隙を与えない素早い寄りなど持ち味を存分に発揮して快進撃を続けた。新入幕らしからぬ堂々とした取り口で、中盤まで手だれの幕内力士を続々と撃破。三役を含む上位陣との対戦が組まれた終盤も速攻がさえ、土が付いても大崩れはなかった。

 12勝1敗と単独首位に立って優勝に王手をかけて迎えた14日目の朝乃山戦。寄り切られて2敗目を喫した際、右足を痛めて病院で治療を受けた。千秋楽は休場の心配もあったが、けがを押し右足首をテーピングで固めて出場。豪ノ山を気迫の攻めで押し倒し自力優勝を果たした。勝負にかける闘志、一番一番への集中力は並大抵ではない。

 身長184センチ、体重143キロと、力士として決して大きくはない。鳥取城北高、日大時代はインターハイや学生相撲で団体日本一に貢献したものの、個人でずばぬけた実績はなかった。しかし2022年に入門後、伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士つがる市出身)らの指導や猛稽古で大きく成長。序の口、序二段、三段目、十両を1場所で通過するなどスピード出世を果たした。

 記録ずくめの幕内優勝を飾り、来場所は前頭上位まで大きく番付を上げることが期待される。上位陣との対戦も増え、春場所の勢いを維持できるか真価が問われる。15日をしっかり戦い抜く精神力、スタミナの維持も課題だろう。持ち味の速攻に磨きをかけて精進を重ね、再び賜杯を狙う活躍をぜひ見せてほしい。

 春場所千秋楽まで優勝を争ったざんばら髪の平幕大の里、12日目に大鵬超えがかかった新入幕連勝記録を阻んだ大関豊昇龍は、尊富士と同年代である。角界の新時代を感じさせる、こうした若い力士たちの白熱した好取組に胸躍らせたファンは多かったのではないか。

 「相撲王国青森」とたたえられた本県が輩出した横綱鏡里、初代若乃花栃ノ海、2代目若乃花隆の里旭富士の6人。北海道の8人に次いで2位の多さ。戦後の関取も尊富士を含めて66人を生んでおり、これも都道府県・国別で北海道に次ぐ数字だ。

 しかし、競技人口減少で最近は県勢力士の減少も著しく、ファンならずとも寂しい限り。尊富士や大の里ら若手力士の奮闘が刺激となり、若い世代の競技人口拡大につながることも期待したい。

 

尊富士優勝 若い力の偉業たたえたい(2024年3月26日『新潟日報』-「社説」)

 110年ぶりの新入幕制覇だ。負傷しても気力で乗り越えた。歴史的な偉業を成し遂げた若い力をたたえたい。

 大相撲春場所千秋楽で、初入幕の東前頭17枚目、24歳の尊富士(たけるふじ)が豪ノ山に勝って13勝2敗とし、初優勝を果たした。新入幕優勝は、大正時代の両国以来となる。

 初土俵から所要10場所での制覇は年6場所制となった1958年以降、最速だ。大銀杏(おおいちょう)を結えない力士の優勝は初めてという。

 60年の大鵬に並ぶ新入幕初日からの11連勝を記録した。殊勲賞、敢闘賞、技能賞の三賞を総なめし、記録ずくめとなった。

 幕尻優勝は、同じ伊勢ケ浜部屋の兄弟子、横綱照ノ富士に続いて4人目となる。

 184センチ、143キロの体は力士としては大きくないが、相撲勘が良く、速攻が光る。特筆すべきは気持ちの強さだ。

 14日目の取り組みで右足首を負傷し、出場が危ぶまれたが、両膝のけがなどで大関から序二段まで転落しながら番付の頂点を極めた横綱に「おまえならできる」と励まされ、奮起した。

 「過去は変えられない。これでやめたら、一生悔いが残る」と決心したという。

 優勝から一夜明けた25日の会見では「少しでも恩返しできた」と横綱への感謝を欠かさなかった。

 腰痛で今場所途中で休場した横綱とともに、来場所はさらに土俵を盛り上げてほしい。

 西前頭5枚目、23歳の大の里の活躍も際立った。入幕2場所目で、髪はざんばらだった。

 初場所で11勝を挙げ、今場所も千秋楽まで優勝争いを演じた。巨体を生かした攻撃相撲に、すごみが増した。

 糸魚川市の海洋高を卒業している。石川県出身力士の奮闘は、能登半島地震の被災者たちにも勇気を与えたことだろう。

 尊富士、大の里は無限の力を秘めている。体をしっかりとつくり、将来にわたって、角界を引っ張っていってもらいたい。

 翻って上位陣には奮起を求めたい。三役では、5勝止まりの大関霧島ら3力士が負け越した。立ちはだかる上位陣が強くあってこそ、若手の成長も促される。

 本県出身力士では、一昨年引退した豊山(小柳亮太さん)に続く、幕内の登場にも期待したい。

 

尊富士の快挙/最速の新入幕優勝に拍手(2024年3月26日『神戸新聞』-「社説」)

 大相撲春場所千秋楽で、新入幕で東前頭17枚目の尊富士(たけるふじ)が豪ノ山に勝ち、13勝2敗で初優勝した。新入幕優勝は1914(大正3)年の両国以来110年ぶりとなる。初土俵から所要10場所での制覇は、年6場所制となった58年以降最速(付け出しを除く)で、大銀杏(おおいちょう)を結えない力士の優勝は初めてだという。

 平幕最下位で臨んだ今場所で、24歳の新星が成し遂げた快挙に大きな拍手を送りたい。

 千秋楽の大一番は多くの人に感銘を与えた。14日目に敗れて右足を負傷し、歩けないほどの状態だったにもかかわらず、テーピングで患部を固めて出場した。豪ノ山を相手に右で張って左を差す。土俵際で粘られても、強く前に出て押し倒した。

 その瞬間、喜びと安堵(あんど)感、充実感に満ちた表情を見せ、その後うれし涙を流した。「気力だけで取った。もう一度やれと言われても無理」と振り返った。想像を絶する激痛に耐えての勝利だったのだろう。

 殊勲賞、敢闘賞、技能賞も受賞した。今場所では初日から11連勝し、60年初場所大鵬が残した新入幕最長記録にも64年ぶりに並んだ。2000年以来、6人目となる三賞総なめにふさわしい大活躍だった。

 尊富士の持ち味は、鋭い立ち合いと一直線に押し出す速攻相撲だ。身長184センチ、体重143キロと近年では決して大型ではない。基本に忠実な技と、50メートル6秒台で走るという瞬発力がその強さを支えている。

 八角理事長も「前に出る勇気があり、勝負勘もいい。全ての動きが的確だ」と賛辞を惜しまない。

 出身は青森県五所川原市で、相撲の強豪・鳥取城北高校、日本大に進学した。高校では左膝のけがに苦しみ、大学でも主要タイトルを獲得できなかった。しかし故障にめげずに地道に続けてきた努力が、今年初場所新十両での優勝、今場所の優勝につながったに違いない。

 幼少期から相撲一筋に打ち込んできたが、趣味はいい香りのするボディークリームを探すことだという。いかにも今どきの若者らしい。

 優勝を決めた尊富士は「記録じゃなく、記憶に残る力士になりたい」とし「いい景色を見たい。横綱大関を目指すのが相撲道」と話した。堂々と目標を語る姿は頼もしい。けがに気をつけながら稽古を重ね、さらなる高みを目指してほしい。


 今場所では、入幕2場所目で11勝を挙げ、最後まで優勝を争った大の里も2度目の敢闘賞と初の技能賞を獲得した。大の里も23歳で、相撲界では若手の台頭が目立つ。一方で横綱照ノ富士は腰痛で途中休場し、4大関も万全とは言えない。上位陣にもぜひ奮起してもらいたい。

 

不屈のドラマ(2024年3月26日『高知新聞』-「小社会」)

  
 柔道の山下泰裕さんといえば、ロサンゼルス五輪(1984年)の活躍が語り草である。右ふくらはぎを負傷しながらも勝ち進み、決勝も一本勝ちして金メダルを手にした。

 表彰台での痛々しい姿をよく覚えている。肉離れを起こしていたというから、普通なら試合に出られる体ではなかったろう。後に振り返っている。「最初で最後の五輪」と心に決め、臨んだ大会だったと(著書「我が道」)。

 その4年前のモスクワ五輪には日本のボイコットで出場できず、そうこうしているうちに体力的に「満月が欠け始めた」。けがだからと途中離脱するわけにはいかなかったようだ。

 山下さんは恩師から「次のチャンスがあると思うな」との教えも受けてきたという。トップ選手ともなると、一戦一戦に懸ける思いは「また次がある」と思いがちな私たちとは違うようだ。大相撲春場所で記録ずくめの初優勝を飾った尊富士もそうだったのでは。

 前日の取組で靱帯(じんたい)を損傷しながらも千秋楽に挑んだ。大相撲は年6場所あるが、110年ぶりとなる新入幕での優勝が懸かった大一番。当人はけがを押して土俵に上がる選択をする。「これを止めたら後悔しますよ」。師匠の伊勢ケ浜親方も認めたとテレビ中継で語っていた。

 どんなスポーツも歴史に残る勝負や記録の裏には必ずドラマがある。不屈の人間ドラマが。これこそ単なる勝ち負けでは語れないスポーツの奥深さだろう。

 

大相撲界を大掃除?「尊大」よりしっくり…頑丈そうな「大尊」時代到来の予兆に胸躍る(2024年3月26日『サンケイスポーツ』-「甘口辛口」)

 

技能賞、敢闘賞、殊勲賞の三賞を受賞した尊富士(左)と技能賞、敢闘賞を受賞の大の里(右)

 

■3月26日  「尊大時代」の到来予告か。110年ぶりという尊富士の新入幕優勝で幕を閉じた大相撲春場所は、ちょんまげの尊富士と新入幕の先場所に続き11勝したざんばら髪の大の里の2人が全てだった。前日右足を痛めながら「ここでやめたら一生悔いが残る。この先が終わってもいい」と千秋楽の土俵に上がった尊富士の精神力には恐れ入る。

 殊勲、敢闘、技能の三賞も総ナメした。日大時代は付け出し資格になる個人タイトルがなく前相撲からスタートし、わずか10場所での幕内優勝は驚異というほかない。プロ野球なら2~3年目の無名の新人がいきなり首位打者打点王本塁打王の3冠に輝いたようなものだ。

 ケチのつけようがない優勝だが、背景には大関ら上位陣のふがいなさもある。かつての〝土俵の鬼〟初代横綱若乃花の二子山理事長時代なら「ちょんまげに優勝されて悔しくないのか!」と、カミナリが落ちて当然の状況だ。サンケイスポーツ評論家の藤島親方(元大関武双山)は「それもあるが、尊富士と大の里がすご過ぎる。あの2人は別格」と舌を巻いた。

 栃錦、初代若乃花の「栃若」、大鵬柏戸の「柏鵬」、北の湖、輪島の「輪湖」…。両雄並び立ったこれらの時代名は相撲史に特筆大書されている。尊富士と大の里も大相撲を背負って立つライバル同士として歴史に時代名を残せるか。「記録も大事だが、記憶に残る力士になりたい」と尊富士もその気だ。

 いまのところ春場所の偉業で尊富士が一歩先んじて「尊大」だが、人を見下すような感じで語呂はよくない。大の里が巻き返して上になれば「大尊」。頑丈な掃除機みたいで時代は長持ちしそう。勝手な想像が膨らむばかりだ。(今村忠)