下着は男性を喜ばせるものじゃない! 漫画「ランジェリー・ブルース」が描き出す「自分を大事にする」ということ(2024年3月25日『東京新聞』)

 
 「#MeToo」運動やフラワーデモなどジェンダーにまつわる社会運動が広まる中、フェミニズムをテーマにした漫画も多数出版されている。ツルリンゴスターさんの『ランジェリー・ブルース』(KADOKAWA)もその一つ。「下着(ランジェリー)」という言葉は、エロチズムや性的な文脈で捉えられがちだが、下着を切り口にした本作は、そうしたイメージをがらりと覆してくれる。(飯田樹与)
 
 主人公の深津ケイは、契約満了が迫る34歳の派遣社員。ある日、伝説のフィッターがいる下着専門店で試着を繰り返し、ぴったりの下着に出合う。誰にも期待されずに流されるままの自分が自ら選び取った感覚に感動し、その店で販売員として働き始める。
 
「ランジェリー・ブルース」(KADOKAWA)より

「ランジェリー・ブルース」(KADOKAWA)より

 本作は、「下着の漫画を描いてみませんか」という担当編集者の提案がきっかけだった。それまでは、胸を大きく見せ、セクシーに映るブラジャーが良いもので、「自分の体に自信のある人が楽しむもので、私には関係がない」と思っていたという。
 執筆にあたり、下着販売の専門家によるフィッティングを体験。まず衝撃を受けたのは、ワイヤもパットもない総レースのブラジャーだった。下着そのものの美しさにため息をつきつつ、胸の先も透ける下着におののいた。が、「透けてても良いじゃない」というあっけらかんとしたひと言に、下着への先入観が崩れ、心が軽くなった。
 次々と試着するうちに、「下着をつけた体自体が喜んでいるような感覚」に衝撃を受けた。同時に、下着はつける人が楽しむためにあるのに、世間のイメージがいかに男性を喜ばせる方に向いているか、下着や女性の体が他人の視線にとらわれ、窮屈な思いをしてきたかに気づいた。
「ランジェリー・ブルース」(KADOKAWA)より

「ランジェリー・ブルース」(KADOKAWA)より

 終活中の高齢女性や胸の小ささを気に病む女性…。作中にはさまざまなライフステージや悩みを抱える人々が登場するが、いずれも下着との出合いを通じて自分を見つめ直し、前向きになる姿が描かれる。ネット上で連載されていたが、大反響を受け書籍化された。

◆自分のために何かを選ぶ、そのきっかけに

 自身は3児の母。「母親というものに最初、すごく抵抗があった。自分の時間が無いし、母親像を押し付けられているような無言の圧力を感じて、自分が違うものに変わっていく感覚があった」と明かす。作中の下着は実際に身につけているものもある。特に、子育て中の女性の話は、自身が実際に試着してみて感動し、「昔の自分も今の自分も、どちらも大事な自分だと思える気がします!」と言って購入した体験をもとにした。
「ランジェリー・ブルース」(KADOKAWA)より

「ランジェリー・ブルース」(KADOKAWA)より

 母親からブラジャーを買ってもらえなかった女性の話も、反響が大きかったという。作中では「物語のパワーになる」と考えて実際の商品を登場させたが、安価ではなく、さまざまな理由から下着にアクセスしづらい人もいる。そのため、単に下着を買いさえすれば問題が解決するという描き方ではなく、「下着に限らず何かを選ぶ時に、自分が自分のためにそうしたいと思う物を選ぶきっかけになれば」と願いを込めて執筆した。
 「下着本来の美しさというパワーを見せたい」と、表紙カバーに描かれた下着姿のケイは、物憂げながらも凜(りん)としたまなざしで前を向く。露出の多いイラストなだけに、「セクシーであることが悪く見なされがちな日本で、主体的に選択して楽しんでいることを絵で伝えるのが難しかった」と苦笑する。
 
漫画「ランジェリー・ブルース」(KADOKAWA)の表紙

漫画「ランジェリー・ブルース」(KADOKAWA)の表紙

 私たちは何の制約もなく、自由に選べているだろうか。
 「『何かを自分で選べること』がキーワードになると、描きながら思いました。人の尊厳につながる行動なのだと」。ケイが〈何かを選ぶってことは 人生の舵(かじ)を自分でとることにつながっていく〉と考えるシーンと重ねながら、こう続ける。「すごく自然に女性たちは選べなくさせられているし、そのことに気づきにくいことが多い」。

◆自分の魂が死なないように、声を上げ続ける

 実感がこもるのは、出産を機に仕事のキャリアがリセットされた経験があるからだ。1人目の子が産まれた時に正社員のフルタイムから時短勤務になり、2人目が産まれるとパートに切り替えた。3人目の時に職業安定所を訪ねると、職員から「正規雇用でない分はキャリアになりにくい」と言われ、スタート地点に戻らされていることに気づいた。
 「先の見通しが甘かった」と自分を責め、「稼ぎが少ない私が家事をやるのは当たり前」と思ったが、どこかふに落ちない。交流サイト(SNS)を見ると、同じように悩む声がたくさんあった。「みんな違う人間なのに、同じ問題にぶち当たっている。しかも女性ばかり」。問題がテンプレート化していることから気が付いた。「社会がそういう風にできている。私たちはすごく少ない選択肢の中から選んでいたんだ」。それから人権やフェミニズム、多様性について勉強し始めたという。
「ランジェリー・ブルース」(KADOKAWA)より

「ランジェリー・ブルース」(KADOKAWA)より

 出産や育児で仕事を制限されがちな女性を、家庭のケア要員として社会から排除してきた男性優位の社会構造。ここ数年で、多くの女性たちがこうした状況に声を上げているが変化は乏しく、徒労感を覚えることもあるという。それでも、「自分の魂が死なないように、声を上げ続ける。女性の権利を尊重することは、今優位に立っている人たちの権利を損ねるわけではないのだから、怖がらずに変化していってほしい」と力を込める。
 悲しみや苦悩を表すブルースになぞらえたタイトルには、女性に向けられた理不尽な視線を悲しみながらもあらがう意志を込めた。「自分が主体的に選ぶということが、自分を大事にすることにつながっている。物語を通して実感してもらい、『今日も頑張ろう』という力になればうれしいです」

 ツルリンゴスター 1985年生まれ。長男出産後、SNSで育児や家族のエッセーを投稿。2021年にコミックエッセー『いってらっしゃいのその後で』、22年に漫画『君の心に火がついて』を刊行。