歩く楽しみを満喫しながら、自然や地域の人々と触れ合う。そんな「長距離自然歩道」が生まれてから、今年で半世紀を迎える。
全国へ開発の波が広がった高度成長期に、自然の尊さを見直すきっかけとして、米国の「ロングトレイル」を参考にした構想がまとめられた。第1号が、東京と大阪をつなぐ「東海自然歩道」だ。
国と都道府県が整備を進め、全国10路線、総延長約2万8000キロに及ぶ。健康増進にも役立ち、年間延べ数千万人が利用する。
しかし、利用の少ないエリアなどでは、手入れが行き届いていない道もある。若い世代の認知度も低い。
このため、伊藤信太郎環境相は今月、歩道の利用促進と活性化を図ると表明した。管理運営の体制整備などを進める方針だ。
参考にするのが、東北の太平洋沿岸で5年前に全線開通した「みちのく潮風トレイル」だ。東日本大震災の津波被害を受けた青森から福島まで約1000キロを結ぶ。
従来の行政主導型でなく、「皆で育てる道」をキャッチフレーズに掲げ、官民協働で管理に当たっている。NPOなど民間団体が運営の中核を担うのが特徴だ。
沿線自治体では、計200回を超えるワークショップが開かれ、生活再建途上の住民たちがルート選定に加わった。開通後は、庭やビニールハウスを休憩・宿泊場所として開放し、お茶や食事などを提供している。地元の小学生は、見どころマップを作った。
地域住民の参加によって、道の魅力と持続性が高まっている。
壊れた道の補修には、ハイカーも参加している。外国人訪問者も増え、海外の主要旅行ガイドに取り上げられるなど、相乗効果が生まれている。
そもそも長距離自然歩道は、高速化・効率化重視の社会において「人間性の回復」を目指す取り組みとして始まった。コロナ禍で、健康志向や自然への関心が高まっている。現代社会のニーズの受け皿としても期待できそうだ。
自然保護への理解を深め、身近な風景、文化の大切さに気付く機会になる。沿線住民とハイカーの交流は、地域の価値の再発見にもつながる。歩く旅の楽しさを、これからも広げたい。