「である」と「する」(2024年3月24日『熊本日日新聞』-「新生面」)

 「である」という位置に安住し、「する」という権利の行使を怠っていると、その権利を失いかねない-。そう説いたのは戦後の思想界に大きな影響を与え、1996年に死去した政治学者の丸山真男さんだった

▼例えば金の貸し借り。債権者であっても請求する行為によって時効を中断しない限り、民法から保護されなくなる。自由や権利は「国民の不断の努力によって保持」されると憲法に書かれているのも、同じことだと丸山さんは言う(『日本の思想』岩波新書

▼選挙権という権利も、使わなければ失われてしまうのではないか。新人4人が争った熊本県知事選はきょう投票日を迎えた。果たして有権者の何割が今回、投票権を行使するだろう

▼過去20回の知事選で、最も高かった投票率は51年の88・55%。その後は上昇と低下を繰り返しつつも、全体的には低下傾向となっている。2020年の前回は新型コロナウイルス感染症の影響もあり、45・03%と5割を切った

▼「誰が知事になっても自分の生活は大きく変わらない」といった声を聞く。だが、高い投票率は「有権者は見ているぞ」というメッセージになり、16年ぶりに誕生する新知事に一定の緊張感を与える。少なくとも県民不在の政治はしにくいはず

▼丸山さんはナポレオン3世ヒトラーの統治を例に、国民が主権者でなくなることは「西欧民主主義の血塗られた道程がさし示している歴史的教訓」と警告した。主権者の位置を手放さないように、きょうの投票を第一歩としたい。