植田日銀の「バターナイフ利上げ」、市場は無視し円安・株高進む(2024年3月23日)

金融市場の「クジラ」と化した日銀、政策正常化は難路に政府の債務残高がGDP比で260%ほどに達し、急速な高齢化の進む国が、金融の大混乱を引き起こさずに借り入れコストを引き上げた前例もない。日銀は日本の国債発行残高の50%超を保有しているが、この莫大な保有を減らしていくうえで参照できるロードマップもない。

金融の世界は、日銀ほど多く株式市場の一部を事実上、国有化した中央銀行が、ポートフォリオを縮小したケーススタディも知らない。

植田の前任の黒田東彦が総裁に就いた2013年以降、日銀は上場投資信託ETF)の買い入れを通じて日本株の最大の「クジラ」になった。黒田の就任当時、市場は日銀による流動性の「バズーカ砲」について騒ぎ立てたものだ。

日銀による株式の大規模な買い入れは、220兆円以上を運用する世界最大の年金運用機関、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の役割すらかすませた。エコノミストのピーター・タスカーは日銀を、ハーマン・メルヴィルの有名な小説にちなんで「モービー・BOJ」と表現したほどだ。

植田のチームには、金融政策の正常化を進めていく際に参考にできるプログラムもない。日銀がまず国債保有比率を引き下げれば、長期金利が急上昇して株式市場に打撃を与えるのか? 日銀がETFの購入を大幅に減らせば株価は急落し、長期金利は再びゼロ以下に下がるのだろうか。

植田日銀にとって唯一、参照できるものがあるとすれば、日銀自体が前回、金融政策の正常化を試みた時の経験だろう。これは2006~07年に行ったもので、結局うまくいかなかった。当時の福井俊彦総裁は量的緩和を打ち切り、利上げも2回行った。しかし、続いて日本経済はリセッション(景気後退)に陥ったため、政治家の強い反発を招くことになった。後任の白川方明総裁は量的緩和を復活させ、金利をゼロ近辺に戻した。

とはいえ、前回もゴールポストははっきりしなかった。2013年以降は、どこまでが日銀のバランスシートで、どこからが民間部門なのかも不明瞭になってきている。日銀による今回の金融政策正常化の道のりは、前回よりもはるかに大きな危険をともなうものになるだろう。

「日本のバーナンキ」は手探りで進むしかない

植田が日銀総裁に起用された時、彼が米国のマサチューセッツ工科大学(MIT)で研さんを積んだことが注目された。植田はMITで、のちに国際通貨基金IMF)副専務理事や米連邦準備制度理事会FRB)副議長、イスラエル中銀総裁などを歴任する経済学者のスタンレー・フィッシャーに師事した。ベン・バーナンキFRB議長、ローレンス・サマーズ元米財務長官、マリオ・ドラギ前欧州中央銀行(ECB)総裁らもフィッシャーの教え子だ。

サマーズは昨年、植田を「日本のバーナンキ」と呼んだ。バーナンキは1920~30年代の米国のデフレやハイパーインフレの研究などでも知られる。だが、当時、あるいは1980年代、1990年代、2000年代、コロナ禍の時期の危機から得られる教訓で、日銀にとって今日すぐ役立つようなものはほとんどない。つまり、植田のチームは、自分たちで方策を考え出して状況に対処していかなくてはならない。

日銀が賢明に行動すると願うばかりだ。さしあたり、持ち出したのがバズーカ砲どころかバターナイフでは誰も驚かないとだけ言っておこう。とくに、ますます強気になっている日本株の強気派は目もくれまい。

 

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