マイナス金利解除に関する社説・コラム(2024年3月20日)

日銀の異次元緩和終了 脱デフレ効果あったのか(2024年3月21日『北海道新聞』-「社説」)

 日銀はきのう、デフレ脱却のため黒田東彦前総裁時代から11年間続けた「異次元の金融緩和」政策を終了した。マイナス金利を解除し17年ぶりの利上げとなる。
 目標とした2%の物価上昇が持続可能とみられ、春闘で大手の賃上げも相次ぐことで「賃金と物価の好循環」を確認したという。
 市場に委ねるべき長期金利まで日銀が押さえつけ、マネタリーベース(資金供給量)の拡大を図ってきた異例の政策が正常化する。
 円安や株高が進み市場は活気づいたが、国は国債頼みで財政規模を膨張させて規律が緩み、家計は改善せず個人消費は停滞した。
 緩和をきっかけに物価が上昇し景気が上向く想定だったが、実際に起きたのはコロナ禍やロシアのウクライナ侵攻による原材料価格高騰という外からのインフレだ。
 異次元緩和という劇薬が脱デフレに効果があったのか、日銀と政府は深く検証せねばならない。
 「金利のある世界」の到来で超低金利に慣れた社会が混乱しないかも心配だ。経済格差が拡大しないよう万全の対応が欠かせない。
アベノミクス検証を
 異次元緩和は安倍晋三政権の経済政策アベノミクスの柱だった。政府が日銀にインフレ目標を課すという中央銀行の独立性を損ないかねない共同声明で縛ってきた。
 日銀は2016年に銀行など金融機関に対しマイナス金利を一部で適用した。資金の目減りを避けて銀行が融資などで市中にカネを回す目算である。長期金利を0%程度に誘導する操作も行った。
 だが円安で輸出収益を確保した大企業は国内での設備投資に動かず、内部留保に当たる利益剰余金は総額500兆円台に上る。
 安倍氏は金融緩和と財政政策、成長戦略を三本の矢と称し「政策を総動員する」巨額の経済対策を繰り返した。岸田文雄政権まで続くが成長戦略の決め手はなく、異次元緩和は止められなくなった。
 家計は30年ほど前に年間16兆円の受け取り超過だった利子所得を失った。実質賃金は下がり、展望もなく消費が上向くわけがない。
 経済同友会新浪剛史代表幹事は先週の会見で「金融政策によってデフレを解消できるという経済理論上の大前提が(現実では)そうではなかった」と述べている。
 市場操作で見かけの景気回復を演出するのではなく、技術革新主体の産業政策が必要であった。政府はアベノミクスの誤算を認め国民に明らかにする責任がある。
 追加利上げ注意深く
 政策変更やむなしとはいえ、このタイミングは適切だったのか。
 連合が先週発表した春闘中間集計では賃上げ率が5%超と33年ぶりの水準となり、日銀の植田和男総裁はきのう「判断の大きな材料とした」と述べた。だが今後本格化する中小の動向に確証はない。
 来月日銀が発表する各地域の経済報告「さくらリポート」を待たず決定したのも疑問が残る。
 海外との金利差で1ドル=150円の急速な円安が進む。米連邦準備制度理事会FRB)は今後利下げに転じる方向だが、為替市場の混乱を避けるため、決断は今しかなかったのだろう。
 だが昨年の全国企業倒産の前年比増加率は35%でバブル崩壊以来の高さになった。コロナ禍対策の実質無利子・無担保融資(ゼロゼロ融資)の返済が本格化して中小企業の経営を直撃している。
 金融緩和の修正も段階的に進んでおり、東京商工リサーチの調べでは道内企業の12%が借入金利は「すでに上昇している」という。
 市場には追加利上げ観測もあるが、大企業など一部以外は耐えられず、景気が失速してしまう。
 植田総裁は「当面、緩和的な金融環境が継続する」と強調した。引き締めには注意深さが必要だ。
国債頼みもう通じぬ
 デフレ不況やリーマン・ショックなどで、政策金利はマイナスになる前も超低水準が続いていた。
 政策転換は企業だけでなく個人にも影響する。最も懸念されるのが住宅ローンだ。利用者の7割は当初の金利設定が低いが上昇リスクのある変動金利型だからだ。
 首都圏や札幌圏ではここ数年、急激な地価高騰が続く。借入額が多ければ、わずかな金利上昇でも返済負担は増えてしまう。
 政府は超低金利を基に住宅ローン減税で借り入れを促してきた。過熱する不動産市況の沈静化は必要だが、逆にバブル崩壊を招かぬよう機動的な政策を求めたい。
 そもそも国の財政自体も低金利国債発行に依存し、新年度予算案では元利払いに充てる費用は27兆円と一般会計の24%を占める。
 財務省の試算では金利上昇で27年度には28%に高まるという。
 能登半島地震など巨大災害の対策費や社会保障費は十分に確保せねばならない。政府は財政健全化と両立させる道筋を探るべきだ。

 

マイナス金利解除 金融正常化、着実推進を(2024年3月20日『秋田魁新報』-「社説」)

 日銀が大規模な金融緩和策の柱であるマイナス金利政策の解除を決めた。政策金利の引き上げは2007年以来17年ぶり。今春闘の平均賃上げ率が33年ぶりの高さとなっていることを受け、賃金と物価がそろって上がる好循環が強まったと判断し、13年に導入した異例の大規模緩和策の正常化に踏み切った。

 大規模緩和策は、市場に供給する資金を増やして金利を低く抑え、企業の投資や家計の消費を促す政策。だが長期にわたったことによって、円安など国民生活を脅かす副作用が生じている。これを教訓として日銀は金融政策の正常化を着実に進めていくべきだ。

 マイナス金利政策の解除後は、短期金利の誘導目標を0~0・1%へ引き上げる。同時に長期金利についても上限を1%としていた目標を撤廃し、金利全般を抑制する「長短金利操作」を終了した。

 日銀は当面、短期金利を低く抑え、緩和的な金融環境を維持する方針。住宅ローンなどへの影響は限定的とみられる。

 正常化へと踏み出したことで国民生活への影響は今後出てくるだろう。日銀は一つ一つ丁寧に説明しなければならない。

 デフレからの脱却を目指し、当時の安倍晋三首相が掲げた経済政策アベノミクスの「3本の矢」の一つが大規模緩和策。しかし2年で物価上昇率2%を達成するという目標を達成できなかった。そのため16年、金融機関が日銀に預ける当座預金の一部に手数料を課すマイナス金利政策を導入。日銀への預金を避けて企業や個人への融資を増やすよう促した。

 こうした大規模緩和策は11年にも及んだ。日銀の植田和男総裁は会見で「役割を果たした」と述べた。一方で「劇薬」とも言われる措置だけに長期化で副作用も目立っていた。

 国債を大量に買って市場に資金を供給した結果、日銀は国債全体の半分超を保有。これによって金利の形成をマーケットに委ねる市場機能が低下した。財政規律が緩み、政府の国債発行残高は1千兆円を超えている。

 また近年は米欧が利上げを進めたのに対し、日銀は金利を抑え込んだため、円売りの動きが活発化。円安に振れやすくなり、世界的なエネルギーや穀物の価格高騰も加わって物価高を招き、国民生活を圧迫している。

 解除の理由となった賃上げについても、国内雇用の7割を占める中小企業の今春闘の交渉本格化はこれから。賃上げが中小企業にも広がるかは不透明だ。

 国民の生活実態が確実に上向いているとは言い難い。近年の物価上昇は主にエネルギーや原材料の価格高騰と円安が要因であり、企業業績の改善が賃上げや消費拡大につながり、物価も上がるという本来の好循環とは言えないだろう。日銀にはこうした経済動向をよく見極めた上で、金融政策のかじ取りに当たることが求められる。

 

マイナス金利解除/地方への影響まだ見通せぬ(2024年3月20日『福島民友新聞』-「社説」)
2024年03月20日 08時30分   
 日銀が大規模な金融緩和策の柱であるマイナス金利政策の解除を決めた。17年ぶりの利上げとなる。デフレ脱却に向けた異次元緩和を長く続けたことで、極度の円安などによって経済の停滞感が強まるなど負の影響は大きかった。日本経済の正常化に向けた大きな転換点となる。

 日銀は春闘の平均賃上げ率が5・28%となったのを受け、賃金と物価がそろって上昇する好循環が実現する確度が高まったと判断した。株価、為替市場への影響が今後の焦点だ。

 政策決定後の日経平均株価に大きな値動きはなかった。利上げは本来、円高に作用する力があるが、為替市場は円安に振れる動きを見せた。株式と為替の市場は、政策決定前から、マイナス金利解除などを織り込んだ売り買いが行われ、大きな混乱はなかった。

 米欧主要国では近く利下げが行われるとの観測がある。海外の利下げにより、金利差が縮小すれば、円高に転じるとの見方があり輸出産業への影響が注目される。

 日銀の植田和男総裁は政策決定後の記者会見で、マイナス金利などの解除後も、緩和政策そのものは当面継続する考えを繰り返し強調した。長年続けてきた政策を転換する影響は予測しにくい。日銀は混乱を最低限に抑えられるよう、市場や各国中央銀行の動き、各種指標を注視しつつ、慎重な判断が求められる。

 心配なのは、中小企業や地方への影響だ。銀行から借り入れる資金の金利が上昇すれば、設備投資などを行う際の中小企業の負担が増し、体力強化の動きが鈍くなる恐れがある。

 ゼロ金利政策の継続により、円安傾向に大きな変化はないとみられ、物価高の緩和につながる材料には乏しい。大手企業では大幅な賃上げがあったものの、中小企業にまでその流れが波及しているかが判断できるのは夏ごろとみられている。特に地方の中小企業は賃上げが十分に進んでおらず、物価高に追いついていない。

 日銀の政策転換に伴う地方の中小企業や所得が増えていない労働者への影響は見通せない。国は、地方経済への悪影響が生じないようにすることが重要だ。

 国財政の規律を緩めたこともマイナス金利政策の負の側面の一つだ。今後、国の予算を圧迫している国債の償還費の増加が見込まれる。政策転換を経済の拡大に向かわせることができなければ、償還費の負担はさらに大きくなる。借金頼みの財政運営の見直しは待ったなしだ。

 

マイナス金利解除/地方への影響まだ見通せぬ(2024年3月20日『福島民友新聞』-「社説」)


 日銀が大規模な金融緩和策の柱であるマイナス金利政策の解除を決めた。17年ぶりの利上げとなる。デフレ脱却に向けた異次元緩和を長く続けたことで、極度の円安などによって経済の停滞感が強まるなど負の影響は大きかった。日本経済の正常化に向けた大きな転換点となる。

 日銀は春闘の平均賃上げ率が5・28%となったのを受け、賃金と物価がそろって上昇する好循環が実現する確度が高まったと判断した。株価、為替市場への影響が今後の焦点だ。

 政策決定後の日経平均株価に大きな値動きはなかった。利上げは本来、円高に作用する力があるが、為替市場は円安に振れる動きを見せた。株式と為替の市場は、政策決定前から、マイナス金利解除などを織り込んだ売り買いが行われ、大きな混乱はなかった。

 米欧主要国では近く利下げが行われるとの観測がある。海外の利下げにより、金利差が縮小すれば、円高に転じるとの見方があり輸出産業への影響が注目される。

 日銀の植田和男総裁は政策決定後の記者会見で、マイナス金利などの解除後も、緩和政策そのものは当面継続する考えを繰り返し強調した。長年続けてきた政策を転換する影響は予測しにくい。日銀は混乱を最低限に抑えられるよう、市場や各国中央銀行の動き、各種指標を注視しつつ、慎重な判断が求められる。

 心配なのは、中小企業や地方への影響だ。銀行から借り入れる資金の金利が上昇すれば、設備投資などを行う際の中小企業の負担が増し、体力強化の動きが鈍くなる恐れがある。

 ゼロ金利政策の継続により、円安傾向に大きな変化はないとみられ、物価高の緩和につながる材料には乏しい。大手企業では大幅な賃上げがあったものの、中小企業にまでその流れが波及しているかが判断できるのは夏ごろとみられている。特に地方の中小企業は賃上げが十分に進んでおらず、物価高に追いついていない。

 日銀の政策転換に伴う地方の中小企業や所得が増えていない労働者への影響は見通せない。国は、地方経済への悪影響が生じないようにすることが重要だ。

 国財政の規律を緩めたこともマイナス金利政策の負の側面の一つだ。今後、国の予算を圧迫している国債の償還費の増加が見込まれる。政策転換を経済の拡大に向かわせることができなければ、償還費の負担はさらに大きくなる。借金頼みの財政運営の見直しは待ったなしだ。

マイナス金利解除 正常化を着実に進めよ(2024年3月20日『山形新聞』ー「社説」/『茨城新聞山陰中央新報佐賀新聞』-「論説」)

 長らく待たれた金融政策正常化への第一歩である。短期間で終えるはずだった異例の金融緩和を10年以上続けた結果、財政の規律低下や円安など国民生活を脅かす副作用が生じている。日銀はその点への反省を胸に刻み、政策の正常化を着実に進めていくべきだ。

 日銀は大規模金融緩和の柱であるマイナス金利政策をやめ、短期金利の誘導目標を0~0・1%へ引き上げることを決めた。利上げは17年ぶりとなる。同時に、長期金利についても上限を1%としていた目標を撤廃し、金利全般を抑制する「長短金利操作」を終了した。双方は緩和策の中核であり、打ち切りは2013年春に始めた異次元緩和が幕を下ろし、ようやく正常化へ向かうことを意味しよう。

 日銀は決定理由を、今春闘で高水準の回答が相次ぐなど賃金と物価がともに上がる好循環が確認され、物価上昇2%の目標の安定的な実現を見通せる状況になったためとした。だが見落としはないだろうか。

 新型コロナウイルス禍の沈静化や円安で収益が上向き、人手不足もあり賃上げに前向きな企業は増えた。だが中心は大手や若年層であり、中小や中高年層への波及はなお限定的。物価高に賃上げの追い付かない状況も続く。賃上げとほぼ無縁な年金世帯の苦境は言うまでもない。

 この2年ほどの物価上昇は主にエネルギー・原材料価格の値上がりと円安が要因であり、日銀の主張する好循環は依然脆弱(ぜいじゃく)なのが実態だろう。それだけに今後、これらの動向や景気次第では物価が日銀目標に届かない事態が予想される。

 心配するのは、その際に異次元緩和へ逆戻りしてしまう点だ。それを避けるには硬直的な2%目標を見直すとともに、景気が拡大基調ならば正常化を進める強い覚悟を日銀が持つ必要がある。

 「金利のある世界」に復する意義は大きいが、マイナス金利解除は正常化への小さな一歩に過ぎない。日銀が「当面、緩和的な金融環境が継続する」と強調するように、物価上昇率を勘案した実質金利は依然マイナスであり、引き締めには遠いからだ。住宅ローンなどへの影響は限られよう。

 実質金利の低さが円安や株・不動産の資産価格高騰、そして根強いインフレを招いていると考えれば、今後も徐々に利上げしていくのが妥当だ。

 正常化への難路は金利だけでない。まず日銀による「財政ファイナンス」を挙げたい。金利を抑えるための国債大量購入が、政府与党による放漫財政を助長。国債残高は1千兆円を突破し、半分以上を日銀が抱える。

 日銀は今回、長短金利操作を撤廃しながら、長期金利の上昇防止へ国債購入を継続するとした。長期金利の形成は市場に委ねるべきであり、異次元緩和の「後遺症」と言うほかあるまい。

 新規購入の終了を決めた上場投資信託(ETF)の後始末も難題だ。事実上の株式買い入れであり、残高は37兆円余り。日銀が上場企業の大株主となり、株式相場を支える構図が固定化した。

 金融政策の正常化には物価目標の柔軟化に加え、財政規律と国債管理政策、株式市場の透明性などの議論が欠かせない。異次元緩和をアベノミクスの柱とした政府の責任と関与は当然であり、議論を共に始める時だ。

 

マイナス金利解除 正常化への一歩に過ぎぬ(2024年3月20日『福井新聞』-「社説」


 日銀は大規模な金融緩和策の柱であるマイナス金利政策を解除し、短期金利の誘導目標を0~0・1%に引き上げることを決めた。同時に長期金利に関しても上限を1%としていた目標を撤廃し、金利全般を抑制する「長短金利操作」を終了した。長らく待たれた金融政策の正常化への一歩といえる。

 日銀は決定理由を、今春闘で高水準の回答が続出するなど賃金と物価がともに上がる好循環が確認され、物価上昇2%の目標の安定的な実現を見通せる状況になったためとした。確かに新型コロナ禍の沈静化や円安で収益が上向き、人手不足もあいまって賃上げに前向きな企業は増えている。

 ただ、その中心は大手企業や若年層であり、中小や中高年層への波及はなお限定的だ。賃上げとほぼ無縁の年金世帯の苦境は言うまでもない。物価変動を加味した実質賃金は1月まで22カ月連続で前年同月を下回っており、国民の生活実感は上向いていない。本当に好循環が生まれるのか否かを注意深く見ていく必要があるだろう。

 ここ2年の物価上昇は主にエネルギー・原材料価格の値上がりと円安が主要因であり、日銀の言う好循環はなお脆弱(ぜいじゃく)なのが実態だ。今後、これらの動向や景気次第で物価が日銀目標に届かない事態も想定される。その際に異次元緩和に逆戻りしないかが懸念される。それを回避するには日銀が2%目標に固執することなく、景気が拡大基調にあるなら正常化を進めるという強い覚悟が求められよう。

 「金利のある世界」に戻る意義は大きいものの、マイナス金利の解除は正常化への小さな一歩に過ぎないとみるべきだ。日銀は「当面、緩和的な金融環境が継続する」と強調するように引き締めには程遠く、実質金利の低さが円安や株・不動産の資産価格高騰、さらには根強いインフレを招いていると考えるならば、今後も徐々に利上げしていく必要がある。

 異例の金融緩和を10年以上も続けた結果、円安や財政規律の低下など国民生活を脅かす副作用が生じている。とりわけ、金利を抑えるための日銀による国債の大量購入が政府与党による放漫財政を助長。国債残高は1千兆円を突破し、半分以上を日銀が抱える。新規購入の終了を決めた上場投資信託ETF)の後始末も難題だ。残高は37兆円余にも上り、日銀が上場企業の大株主となっている。

 金融政策の正常化には物価目標の柔軟化に加え、財政規律と国債管理政策、株式市場の透明性などの議論が欠かせない。異次元緩和をアベノミクスの柱とした政府の責任と関与は当然であり、ともに議論を始めなければならない。

 

マイナス金利解除 好循環の浸透を隅々まで(2024年3月20日『新潟日報』-「社説」

 経済を回復させ、安定軌道に乗せる契機としたい。それには、景気改善の実感が乏しい地方をはじめ、隅々まで好循環の流れを浸透させていくことが欠かせない。

 日銀は19日の金融政策決定会合で、大規模な金融緩和策の柱であるマイナス金利政策を解除することなどを決めた。

 賃金と物価がそろって上がる好循環が見込めると判断したためだ。利上げは2007年以来17年ぶりで、金融政策が正常化に向けて踏み出すことになる。

 植田和男総裁は、約11年に及んだ大規模緩和策は「役割を果たした」と述べた。

 日銀が利上げに踏み切ったのは、物価が目標である2%以上で推移していることに加え、連合の中間集計で平均賃上げ率が33年ぶりの高さとなる5・28%となるなど、今春闘の好調さがある。

 好調な企業業績と企業間の人材獲得競争の激化で、高水準の賃上げが相次ぐ。今後本格化する中小企業の春闘も、深刻な人手不足で賃上げが広がるとみられる。

 ただ、中小には業績から賃上げに応えられない企業もある。

 物価変動を加味した実質賃金は、1月まで22カ月連続で前年同月を下回り、国民の生活実感は上向いていない。好循環の実現には程遠い状況と言うべきだろう。

 日銀は今回、長期金利を低く抑えるために行っていた長短金利操作を撤廃し、今後は短期金利を主たる政策手段とする。政策金利を0~0・1%程度とし、緩和的な金融環境は維持する方針だ。

 金融機関が短期金利に連動する変動型住宅ローンや、企業の借入金利を上げるかが注目される。

 ローンへの影響を気にする人は多い。植田総裁は「貸出金利が大幅に上昇するとはみていない」と見通しを述べたが、動向を注意深く見ていく必要がある。

 物価目標が維持されれば、今後はさらなる利上げが視野に入る。

 政府はこれまで、国の借金である国債をゼロに近い金利で大量発行して財政運営を続けてきた。しかし金利の上昇局面では、借金頼みの財政運営は続けられない。

 財務省によると、国債の発行残高は1千兆円を超え、返済と利払いを合わせた国債費は27年度に34兆2千億円と、24年度予算案より7兆2千億円も増える。借金依存からの脱却は待ったなしだ。

 企業にとっても、借り入れや社債のコストが増えることになる。金利に負けない成長を遂げられるように変革を迫られよう。

 日銀は株式市場を安定させるための上場投資信託ETF)の新規購入も終了する。中央銀行が企業の株価を買い支える政策は世界でも異例で、買い入れた巨額の資産の処分は課題として残る。

 異次元緩和に慣れきった経済を、金融引き締めに耐えられる姿に再構築しなくてはならない。

 

(2024年3月20日『新潟日報』-「日報抄」)

 

 紀元前18世紀ごろに制定されたハンムラビ法典には、こんな規定があった。商人が穀物を貸借契約に供したときは33・3%、銀の場合は20%の利息を徴収する

▼これを超えて利息を取った場合、商人は与えたものを失うという規定もあったので、金利の上限規制だったようだ(板谷敏彦「金融の世界史」)。モノやお金を借りる場合の借り賃、すなわち「金利」という考え方は、これほど古くから存在した

▼銀行にお金を預ければ、なにがしかの利子が付く。その常識からすると何とも不思議だ。民間銀行が日銀に預ける当座預金の一部にマイナスの金利を適用し、手数料を課す「マイナス金利政策」である

▼モノやサービスの価格が下がるデフレからの脱却を目指し、2016年に日銀が導入した。銀行が企業や家計への融資を増やそうと金利を低くする効果を期待した。異例の措置に踏み切ったのは、それだけ日本経済の傷みが激しかったからだろう

▼どれほどの効果があったかは専門家の判断に任せるとして、日銀はきのう、この政策の解除を決めた。今春闘で大手企業を中心に高水準の賃上げが達成される見通しになったことなどが背景にあるという

▼経済の好循環を実現するには、賃金と物価がそろって上がることが必要だ。40代以下の世代は、賃金のベースアップなど知らなかったという人も多い。真にデフレから脱却するには、何事も安い方がいいという意識を変えねばならない。異例の政策の終焉(しゅうえん)はその第一歩になるだろうか。

 

日銀の利上げ 正常化への一歩ようやく(2024年3月20日『信濃毎日新聞』-「社説」)  


 日銀がマイナス金利の解除を決めた。2007年以来17年ぶりの利上げとなる。

 前総裁の黒田東彦氏が「異次元緩和」を始めたのは13年。その後10年以上、延々と続けた大規模金融緩和策を脱し、正常化への一歩をようやく踏み出した形だ。

 金利を極めて低く抑え、企業が資金を借りやすい状態にする。出回るお金の量を増やし、経済に刺激を与える。これが大規模緩和の基本戦略だった。民間銀行が日銀に預ける預金にマイナスの金利を適用する政策は16年に導入。銀行に活発な融資を促してきた。

 転換に踏み切ったのは、春闘で企業から高水準の回答が相次ぐなか、賃金と物価がそろって伸びる「経済の好循環」が十分に強まったと判断したからだ。

 いずれは避けられない転換だった。実行には市場の動向にも注意が要るが、織り込み済みで大きな混乱は出ていない。順調なスタートを切ったと言えるだろう。

 昨年4月に就任した植田和男総裁は緩和策の副作用も意識し、転換のタイミングを探っていた。これで長期金利の操作や株の買い支えも終え、政策手段を短期金利に集中させることになる。「普通の金融政策」への回帰である。

 ただ、中長期的にはまだまだ課題が山積みの状態にある。

 まず、好循環が見立て通りのものかどうか。賃金上昇は好循環の結果というより人手不足の反映にも見える。物価上昇で多くの人の暮らし向きは依然厳しい。

 利上げの影響がどう出てくるかも注視する必要がある。金利がほぼないような状態が長かっただけに、金利負担に慣れていない企業は多い。借金が多いほど負担は重くなる。住宅ローン金利の上昇などで個人にも影響は広がる。

 もっとも、日銀は「緩和的な金融環境」は続ける構えだ。

 短期金利は今回、マイナス0・1%だったのが0~0・1%になるだけ。今後の利上げペースが注目されるが、対応は慎重にならざるを得ないだろう。

 異例の政策を長く続けた副作用の解消は容易でない。日銀が国債を大量に買い続けた結果、現在では国債の発行残高の半分以上を日銀が保有するという、いびつな債券市場になっている。

 政府財政に及ぼす影響も無視できない。金利が上がると国の借金である国債の利払い費が増え、政策の経費が圧迫される。野放図に借金を重ねる財政運営はもう通用しない。局面の転換を政府も強く認識する必要がある。

 

日銀の政策転換/見極めたかった中小の賃上げ(2024年3月20日『神戸新聞』-「社説」)

 日銀はきのう、大規模金融緩和策の柱となるマイナス金利政策の解除を決めた。利上げは17年ぶりで、歴史的な政策転換である。

 政策目標に掲げた物価上昇率2%がこのところ定着し、今春闘の平均賃上げ率が5%超と高水準だった点が、判断の根拠となった。

 植田和男総裁は、賃金の上昇が伴う形で物価上昇2%に安定させる目標が「実現を見通せる状況になった」と述べた。

 日本経済がデフレ不況を脱却して一定の成長軌道を描き始めたのなら、「金利のある世界」への政策転換は巡航速度を維持するために不可欠と言える。

 だが思惑通りに景気が加速しているかには、不安要素も残る。経済の実態を見極め、日銀は機動的な政策運営に努めねばならない。

     ◇

 大規模金融緩和は、2013年に就任した黒田東彦(はるひこ)前総裁が「異次元」と冠して導入した。日銀は金利を抑え込むため、市場を通じて巨額の国債を購入し続けた。

 10年かけても2%物価上昇の目標を達成できない一方で、行き過ぎた円安を招き、日銀の国債保有額が膨れ上がるなど、長期化の弊害も目立っていた。昨年就任した植田総裁は、正常化に向け政策転換の時期を探っていることが発言の端々から読み取れた。

 今回、日銀はマイナス金利の解除に加え、長期金利の誘導目標も撤廃する。一方で国債買い入れは続け、緩和路線自体を修正するわけではないと強調している。

 政策の急転換による市場の混乱を避ける狙いだろう。しかしすでに市場金利の中には、日銀の利上げを織り込み上昇したものもある。

 市場の動きに追随して今後、日銀が追加利上げする可能性も指摘されている。融資金利の上昇などで企業や個人の負担が増すのは避けられそうにない。

■力強さ欠く経済指標

 懸念するのは、足元の経済実態が好調とは言えない点だ。

 国内総生産(GDP)は力強さを欠く。昨年5月の新型コロナウイルス「5類」移行で内需の回復が期待されたものの、7~9月期のGDP改定値は前期比マイナスとなった。10~12月期も0・1%増にとどまった。

 実質賃金はマイナス基調が続いている。国民の肌感覚からも、景気回復にはほど遠い。

 今春闘で相次いだ高額回答は、物価高や若手人材の確保への対症療法という側面が否めない。景気回復や生産性の向上で人件費を増やした結果とは言い難く、今後も持続するかは疑問符が付く。

 注視すべきは中小企業の動向だ。昨年の企業倒産は4年ぶりに8千件を超え、全体の約6割を資本金1千万円未満の小企業が占める。物価や人件費の上昇が重くのしかかっていることがうかがえる。

 中小の春闘はこれから本番を迎える。働く人の7割が所属する中小の賃上げ動向は、景気の先行きを大きく左右する。その点を十分に見極めないまま、「好循環の実現」を判断したのは早計ではなかったか。

 物価や金利が上昇しても景気が落ち込むスタグフレーションに日本経済が陥れば、回復は難しい。そのことを日銀だけでなく、政府も認識しておく必要がある。

 

マイナス金利解除 金融政策の正常化着実に(2024年3月20日『山陽新聞』-「社説」)

 日銀が大規模な金融緩和策の柱であるマイナス金利政策の解除を決定した。2007年以来、17年ぶりの利上げとなる。今春闘の平均賃上げ率が高水準となり、賃金と物価がそろって上がる経済の好循環が実現する確度が十分に高まったと判断した。

 日銀の大規模金融緩和策は約11年に及ぶ。マイナス金利政策の解除により、日本経済は「金利のある世界」へ一歩を踏み出した格好だ。緩和策の正常化を始めたことで、日本の金融政策は歴史的な転換点を迎えたと言えよう。

 ただ、経済の好循環が見通せるようになったとはいえ、地域経済や、それを支える中小企業に景気回復の実感は乏しい。今後、経済の安定的な成長に向けて、植田和男総裁率いる日銀には、金融政策運営の意図や効果について国民に分かりやすく説明を尽くす努力を求めたい。

 日銀は物価上昇率を2%に安定させる目標を掲げ、黒田東彦氏が総裁だった2013年4月に大規模な緩和策を始めた。16年2月からは、民間銀行が日銀に預ける当座預金の一部に年0・1%の手数料を課すマイナス金利政策を開始。銀行が日銀にお金を預けると損することから、代わりに企業や家計への融資に資金が回るよう促す施策で短期金利を低く抑えてきた。

 ただ、こうした緩和策には功罪の両面があった。世の中に大量に資金を供給することで、日本経済を上向かせ、円安によって輸出企業などの収益が改善。株式市場も活性化した。一方で、日銀が国債の大量購入を進めた結果、政府の財政規律が緩んだほか、金利の上昇を押さえ込んだことで、企業が社債を発行しにくくなるといったデメリットも顕在化した。

 日銀は今回、マイナス金利政策を解除した後も当面、緩和的な金融環境が継続するとの見通しを示している。急激な金利上昇など混乱を招かないよう、引き続き慎重な政策運営が欠かせない。

 今後の主な焦点は、金融機関が短期金利に連動する変動型の住宅ローンや、企業の借り入れなどの金利を上げるかどうかだ。

 ただ、銀行などが企業向け融資の金利を直ちに大きく引き上げる事態は想定しづらい。無理に金利を引き上げて融資先企業が返済に窮して倒産すれば、金融機関側の損失も少なくないからだ。金融機関は厳重にリスク管理をしながら、融資先の経営改善に一層力を入れるべきだろう。

 日銀が大規模緩和策を通じて買い入れた巨額の資産の処分も注目される。

 日銀は株式市場を安定させる目的で続けてきた上場投資信託ETF)の新規購入を終了する。中央銀行による購入は異例であり、保有するETF時価は約70兆円に上るとされる。株式市場の混乱を招くことなく資産をどう減らしていくのか。日銀の手腕が問われている。

 

マイナス金利の解除(2024年3月20日『山陽新聞』-「滴一滴」)

 わが国最古の説話集「日本霊異記」に、聖武天皇の時代の商人が鬼と出くわし、賄賂を贈って災難を免れる話がある。注目したいのは、この商人が商品を仕入れる際に寺から資金を借りていることだ。利子をつけてお金を貸し借りする営みが、奈良時代に行われていたと分かる

▼長い金融の歴史の中でも、昨今は異例の状態だった。民間銀行が日銀にお金を預けても、金利を受け取れないどころか、逆に支払わねばならない。日銀のマイナス金利政策だ

▼民間銀行に貸し出しを促し、世の中の金回りを良くしようと導入した。ただ、常識破りの政策には、負の側面も指摘されていた

▼企業が資金を借りるときの金利が極端に下がり高い利益を上げる意欲が薄れるのではないか。国の借金の利払い費が少なくて済むため、財政規律が緩むのではないか、といった弊害である

▼日銀はきのう、金融政策を大転換し、マイナス金利の解除を決めた。大幅な賃上げが相次ぐ今春闘などを踏まえ植田和男総裁は「賃金と物価の好循環の強まりが確認できた」と述べた。日銀が利上げに動くのは17年ぶりである

▼暮らしに影響が及びそうだ。低利で借りているローンがどうなるか。物価上昇で資産を目減りさせないためには、どうしたらよいか。家計のやりくりも、デフレ時代からの脱却を考えていくときだろう。

 

マイナス金利解除 正常化、これからが正念場だ(2024年3月20日『中国新聞』-「社説」)

 歴史的な金融政策の転換点なのは紛れもない。

 日本銀行がきのう、異次元の金融緩和策の一環として2016年から続けてきた「マイナス金利政策」の解除などを決めた。利上げは17年ぶりで、金融政策の正常化へ今後は歩を進めることになる。

 そもそも「劇薬」である、異次元緩和策を長らく続けてきた現状こそ異例だった。市場に大量のお金を流し込んだ結果、財政規律は低下し、歴史的な円安による物価高が、国民生活を苦しめる副作用も起きていた。

 過度な財政出動で低金利に抑え込む強引な手法は硬直化しており、政策を転換したことは評価できる。ただ、引き締め政策である利上げが景気を腰折れさせた失敗例も過去にはある。いかに市場を混乱させずに軌道修正を図るか。政府、日銀は緊張感を持って取り組むことが欠かせない。

 今回の政策決定会合では、異次元緩和の柱であるマイナス金利撤廃のほか、金利全般を調整する「長短金利操作」や、株を買い支える上場投資信託ETF)の新規購入の取りやめも一気に決めた。

 黒田東彦(はるひこ)前総裁が打ち出した緩和策がほぼ姿を消す事態になったことには驚く。植田和男総裁が会見後に「異次元緩和策は役割を終えた」とも述べた。短期金利の調整を軸にした世界標準の手法に戻す強い決意がうかがえる。

 政策転換を可能にしたのは今春闘の賃上げである。連合の中間集計によると、平均賃上げ率は5・28%と33年ぶりの高水準となった。植田総裁が「賃金上昇を伴う2%成長が持続的、安定的に見込めるようになった」とする説明も理解はできる。

 だが、高い賃上げは大企業中心で、中小の状況を全て把握したものではないことは総裁も認めている。実質賃金が22カ月連続で目減りする現状をみれば、今春闘の数字だけで「賃金と物価の好循環を実現」とするには疑問も残る。

 賃上げが広がらなければ、物価高は克服できず、国民は住宅ローンなどの金利上昇に苦しむだけになる。賃上げに縁のない年金生活者には利上げの恩恵もほぼ見込めない。足元の消費はむしろ落ち込んでいる。正常化が頓挫する恐れも否定できない。

 「(日銀の)政策変更をもって、デフレ脱却ということにはならない」とする鈴木俊一財務相の言葉はどこか物足りない。異次元の緩和策を日銀に求めたのは、アベノミクスを推し進めた政府であることを忘れていないか。

 政府は、1千兆円を超す国債残高の半分以上を日銀に引き受けさせ、それを背景に放漫財政を続けてきた。ETF購入を通じて日銀が買い支えた株の保有総額は37兆円にも膨れ上がっている。

 膨大な国債を償還するには政府が安易な財政出動をまずは止めるべきだろう。企業活動を健全化するためには、保有株を売却する選択もいずれは必要になってくるはずだ。

 金融政策の正常化はこれからが正念場である。政府、日銀はそれを忘れてもらっては困る。

 

【17年ぶり利上げ】政策転換の混乱回避を(2024年3月20日『高知新聞』-「社説」)

  
 賃金と物価がそろって上昇する好循環が見通せる状況になったと判断された。17年ぶりの利上げであり、「金利のある世界」という言葉も使われている。金融政策の転換が混乱を生じさせないように、細やかな目配りが欠かせない。
 日銀は金融政策決定会合で大規模緩和策の柱であるマイナス金利政策の解除を決めた。長期金利を抑えるための長短金利操作は撤廃し、上場投資信託ETF)の新規購入も終了する。
 日銀は景気を刺激するためマイナス金利政策を導入し、金融機関が日銀に預ける当座預金の一部に手数料を課して短期金利をマイナス0・1%としてきた。解除後は金融機関同士の短期貸し借りの金利を0~0・1%に誘導する。また、市場から国債を買い入れて0%程度に誘導し、上限を1%程度とした長期金利の誘導目標と上限は撤廃する。
 日銀は賃金上昇を伴う形で消費者物価2%上昇を持続的、安定的に達成できる見通しが立てば、政策の正常化を検討する意向を示してきた。そうした状況を確認したことで、大規模緩和策からの転換へと動き始めたことになる。
 直近の国内総生産(GDP)改定値は2四半期ぶりのプラス成長に転じた。能登半島地震の影響はあるが、企業業績は好調に推移している。ただ、物価高で内需を支える個人消費は弱い。実質賃金は低下が続く。食品を中心に値上げが相次ぎ、消費支出は前年を下回っている。
 一方、今春闘の賃上げ率は、これまでの集計では33年ぶりの高水準となっている。こうした動きを持続できるかが注目される。物価高や人手不足が続く中、賃金アップをしなければ人材確保が難しくなっている。賃上げが中小企業にも行き渡るかが鍵を握る。
 日銀は金利を抑え込むために大量の国債を購入してきた。長期金利に上昇圧力がかかり、保有量は市場に出回る国債の半分に達している。この対応は、市場で決まる金利をゆがめる副作用が指摘された。金利の上昇は国債の利払いを増やし、国債頼みの財政運営を厳しくさせる。日銀は金利の急上昇を防ぐために長期国債の買い入れは続けるが、財政規律を緩ませてはならない。
 マイナス金利の解除で変動型住宅ローンや企業の借入金利が上がり、個人消費や設備投資を抑制しかねない。植田和男総裁は、預金金利や貸出金利が大幅に上昇するとはみていないとの認識を示した。当面は緩和的な政策を継続する姿勢なのは、景気を冷やすような急激な変化を避けるためだろう。
 金融緩和の規模が異例の大きさだったため、本来の姿に戻すのは簡単ではない。想定を超えた動きには機動的に対応して沈静化を図る必要がある。国債を無制限に買い入れて金利を抑える枠組みなどを残した。
 政策変更の影響を見極めながら正常化へ歩む必要がある。丁寧な情報発信を通した市場との対話がこれまで以上に重要となる。

 

安いニッポン(2024年3月20日『高知新聞』-「小社会」)

 バブル景気の頃の小話がある。米国から来た男が東京のレストランに入った。女性店員が言う会計はサンドイッチが17ドル、ジュース8ドル。高くて驚く。「ニューヨークの強盗はストッキングを顔にしているが、東京では脚にしている」

 早坂隆さん著「世界のマネージョーク集」から引いた。それも今は昔。3年前の東京五輪では、記者団に弁当が出た。値段は1800円。海外の記者は「おいしい日本食の弁当を1800円で食べられるなんて」。日本の記者は「とても手が出ないよ」。

 バブル期から30年余り。日本の平均賃金は実質、4%しか増えなかった。そこへロシアのウクライナ侵攻や円安による資源価格、輸入品の高騰に伴う物価高。食べ物でなくても、「安いニッポン」を思う場面は多くなった。

 日銀がマイナス金利政策の解除を決めた。賃金と物価がそろって上がる好循環が強まったと判断したという。ただ、今春闘の賃上げ率が高いのはまだ大手の話。地方や中小企業には「どこの世界のこと?」という向きも少なくあるまい。

 実質賃金は1月まで22カ月連続で前年同月を下回っている。生活実感は上向かず、「とても手が出ないよ」と感じることが増えた層も厚いのでは。好循環を言うのであれば、政治にも幅広く恩恵を行き渡らせる政策が問われよう。

 異次元から普通へ、といわれる転換点。安いニッポンにどう作用するかはまだ見えてこない。

 

金融政策正常化 緩和策の検証抜かりなく(2024年3月20日『西日本新聞』-「社説」)

 日銀が金融政策の正常化に踏み出した。これを日本経済の再興につなげなくてはならない。植田和男総裁には、市場との対話と慎重なかじ取りを求めたい。

 日銀はきのう、大規模な金融緩和策は役割を終えたとして政策転換を決めた。

 欧米が利上げに動く中で固守してきたマイナス金利政策を解除する。短期金利と同時に長期金利を操作する長短金利操作は終了し、上場投資信託ETF)の買い支えもやめる。これらは世界の中央銀行で異例の政策だった。

 日銀が大規模な金融緩和を始めたのは、2012年12月の第2次安倍晋三政権発足がきっかけだ。政権の経済政策アベノミクスの主軸に金融緩和が位置付けられ、日銀は13年3月に総裁に就任した黒田東彦氏の下で異次元の金融緩和を打ち出した。

 成果は芳しくなかった。2年程度で物価目標の2%を達成すると公言した黒田氏は、達成できないまま退任した。アベノミクスによる経済再生はかけ声倒れに終わり、カネ余りで資産や所得の格差が広がった。副作用を含む金融緩和策の検証が欠かせない。

 政策転換したのは、エネルギー価格など輸入物価の上昇をきっかけに、国内で物価上昇の動きが広がったためだ。昨年を上回る賃上げの勢いが決め手となった。先週の参院予算委員会で植田氏は「春闘の動向が大きなポイントになる」と答弁していた。

 連合の中間集計によると、平均賃上げ率は5・28%で33年ぶりに5%を超えた。基本給を底上げするベースアップ(ベア)は3・7%に達している。物価高に負けない賃上げ水準と言える。

 これで物価と賃金の好循環が確認できたと判断したのだろう。ただし300人未満の中小組合の賃上げ率は4・42%、ベアは2・98%にとどまる。地方の中小零細企業に賃上げの勢いが波及するかは、なお不透明だ。

 日銀審議委員の時にゼロ金利解除に反対した植田氏は、昨年4月の総裁就任後、政策転換を急がず準備に時間をかけてきた。それだけに今回の判断は重い。

 金融政策だけでは経済を操れないことはアベノミクスの教訓である。金融政策の修正は国民の暮らしや企業活動に直結する。超低金利が長く続いたため、金利の上昇に戸惑う人が出るかもしれない。

 利上げで住宅ローン金利が上がれば多くの人が影響を受ける。利上げを急ぎ、混乱を招かないように留意してほしい。借金を膨らませる国の財政運営も転換が必要だ。

 物価目標の扱いも課題になる。13年に安倍氏と当時の白川方明日銀総裁が物価安定目標の導入に合意し、共同声明に盛り込んだ。2%という数字に金融政策が縛られるのは好ましくない。

 目標に幅を持たせ、中長期に達成すると位置付けるなど見直しを検討すべきだ。

 

マイナス金利解除 ひずみへの対処が課題だ(2024年3月20日『熊本日日新聞』-「社説」)

 「異次元」とも称され、長期に及んだ日銀の金融政策が正常化に向けてようやく動き出す。日銀は19日の金融政策決定会合で、大規模な金融緩和策の柱であるマイナス金利政策の解除を決め、17年ぶりの利上げに踏み切る。

 目標としてきた2%の物価上昇が持続的かつ安定的に図れ、賃金と物価がそろって上がる好循環が実現できる確度が高まったとの判断からだ。最終的な決め手となったのは今年の春闘だ。連合の中間集計によると、平均賃上げ率は5%を超え、歴史的水準になった。

 今回の決定で「金利のある世界」に扉が開かれたことになる。ただ、企業の借り入れや住宅ローンの金利動向にも関わるだけに、これまで以上に細心の政策運営を心がける必要がある。

 会合後に記者会見した植田和男総裁は、異次元の金融緩和策は「必要なくなり、その役割を果たした」と説明した。今後は長く続いた緩和策の下で生じたひずみにどう対処するかが課題となりそうだ。

 日銀は、物価が持続的に下がるデフレからの脱却を目指して大規模な金融緩和策に力を注いできた。日本経済は1990年代以降、デフレ状態が継続。2%の物価上昇を達成できずにいたが、新型コロナ禍とロシアのウクライナ侵攻を転機に物価が上昇。ここにきて人手不足感を背景に企業の賃上げの動きにも力強さが増し、政策判断を変更するに至った。

 マイナス金利は、民間銀行が日銀に預ける当座預金の一部にマイナスの金利を適用し、手数料を課す政策だ。安倍晋三政権が進めた経済政策「アベノミクス」の目玉として2013年に始まった大規模金融緩和策の一環で、16年2月に開始。銀行は日銀にお金を預けると損するため、企業や家計への融資を増やそうとして金利を低くする効果が期待された。

 今回の政策決定会合では、長期金利の上昇を抑え込む長短金利操作の撤廃も決めた。ただ、国債を無制限に買い入れる「指し値オペ」と呼ばれる枠組みは残した。大規模緩和の「出口」戦略を間違えば市場が混乱しかねない。金利の急騰を避ける狙いがあり、着実に出口へ向かおうとする日銀の意図がうかがえる。

 今回の決定は日本経済にとって歴史的転換点と言えるが、賃金と物価がそろって上がる好循環を持続できるか不透明な部分もある。賃上げの動きが出ているとはいえ、大企業が中心で中小企業にどこまで広がるか。物価高が続き、実質賃金のマイナスは継続。国民の生活実感は上向かず、個人消費も勢いを欠いている。

 市場から買い入れてきた上場投資信託ETF)の新規購入の終了も決めたが、これまでに保有した大量の資産の処分をどう進めるかなど、課題は山積みだ。

 「金利のある世界」となって、金利が上昇すれば当然ながら国債の利払いも膨らむ。今回の決定は国の財政の持続可能性について本腰を入れて考える局面に入ったことも意味していよう。

 

マイナス金利解除(2024年3月20日『熊本日日新聞』-「新生面」


 「異次元」とも称され、長期に及んだ日銀の金融政策が正常化に向けてようやく動き出す。日銀は19日の金融政策決定会合で、大規模な金融緩和策の柱であるマイナス金利政策の解除を決め、17年ぶりの利上げに踏み切る。

 目標としてきた2%の物価上昇が持続的かつ安定的に図れ、賃金と物価がそろって上がる好循環が実現できる確度が高まったとの判断からだ。最終的な決め手となったのは今年の春闘だ。連合の中間集計によると、平均賃上げ率は5%を超え、歴史的水準になった。

 今回の決定で「金利のある世界」に扉が開かれたことになる。ただ、企業の借り入れや住宅ローンの金利動向にも関わるだけに、これまで以上に細心の政策運営を心がける必要がある。

 会合後に記者会見した植田和男総裁は、異次元の金融緩和策は「必要なくなり、その役割を果たした」と説明した。今後は長く続いた緩和策の下で生じたひずみにどう対処するかが課題となりそうだ。

 日銀は、物価が持続的に下がるデフレからの脱却を目指して大規模な金融緩和策に力を注いできた。日本経済は1990年代以降、デフレ状態が継続。2%の物価上昇を達成できずにいたが、新型コロナ禍とロシアのウクライナ侵攻を転機に物価が上昇。ここにきて人手不足感を背景に企業の賃上げの動きにも力強さが増し、政策判断を変更するに至った。

 マイナス金利は、民間銀行が日銀に預ける当座預金の一部にマイナスの金利を適用し、手数料を課す政策だ。安倍晋三政権が進めた経済政策「アベノミクス」の目玉として2013年に始まった大規模金融緩和策の一環で、16年2月に開始。銀行は日銀にお金を預けると損するため、企業や家計への融資を増やそうとして金利を低くする効果が期待された。

 今回の政策決定会合では、長期金利の上昇を抑え込む長短金利操作の撤廃も決めた。ただ、国債を無制限に買い入れる「指し値オペ」と呼ばれる枠組みは残した。大規模緩和の「出口」戦略を間違えば市場が混乱しかねない。金利の急騰を避ける狙いがあり、着実に出口へ向かおうとする日銀の意図がうかがえる。

 今回の決定は日本経済にとって歴史的転換点と言えるが、賃金と物価がそろって上がる好循環を持続できるか不透明な部分もある。賃上げの動きが出ているとはいえ、大企業が中心で中小企業にどこまで広がるか。物価高が続き、実質賃金のマイナスは継続。国民の生活実感は上向かず、個人消費も勢いを欠いている。

 市場から買い入れてきた上場投資信託ETF)の新規購入の終了も決めたが、これまでに保有した大量の資産の処分をどう進めるかなど、課題は山積みだ。

 「金利のある世界」となって、金利が上昇すれば当然ながら国債の利払いも膨らむ。今回の決定は国の財政の持続可能性について本腰を入れて考える局面に入ったことも意味していよう。